第62話 新たなる開扉
レオと記憶を共有してから、もう二年が経った。けれど私の周りには目立った変化はなく、静かに時が流れていった。
そして今日——ついに、学園入学の日がやってきた。
前の人生では通わなかった学園。
運命を変えるために選んだ道だけれど、どこか胸の奥には楽しみや期待もあった。私にとって、初めての学園生活が始まるのだ。
広い門をくぐると、制服姿の生徒たちがにぎやかに行き交い、早くも華やかな雰囲気に包まれていた。
「……なんで、レオも一緒なの」
思わず口をついて出た言葉に、レオが少し笑って振り返る。
「私は納得がいかない。弟と一緒だなんて……」
不満を装いながらも、正直なところ、ホッとしている。
人付き合いの得意ではない私にとって、知っている顔がそばにあるだけで心強かった。
「だってしょうがないよ。僕、優秀だから」
レオはいたずらっぽく笑いながら、私の荷物を持ち上げるとスタスタと歩き出した。
「それに、姉上がまた無茶しないように見張ってなきゃね」
「……無茶なんてしないわよ」
私がそう言い返すと、レオは得意げに鼻を鳴らした。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
見覚えのある金髪の王子、アベル。そしてその隣にはイザベラとミアの姿もある。
アベルは、イザベラにやけに近い距離で話しかけている。
「イザベラ、君の隣の席、空いてるよね?」
目を輝かせながら聞くアベルに、イザベラは少し困ったように微笑む。
「ええと……」
すると、割り込むようにしてミアがやってきた。
「アベル様の隣、わたくしがいただきますわ!」
と、当然のようにイスを引こうとする。
イザベラは明らかに動揺していて、目が泳いでいた。
その様子を見かねて、レオが静かに一歩前に出る。
「イザベラ嬢、こちらのお席はどうでしょうか?」
彼は自分とクロエの間にある空席を指し示した。
イザベラはほっとしたように微笑んで、軽く会釈してその席へ座る。
アベルは少し唇をとがらせ、ミアはあからさまに不満そうな顔をしていた。
そんな中、レオがイザベラに小さな声で言う。
「今は王室の方に近づくと、何かと噂されますから……。僕たちなら、そのあたり心配はありません。辺境の伯爵家ですから」
その言葉に、イザベラがふっと肩の力を抜いて笑った。
──そんな穏やかな時間も束の間。
教室では「歓迎パーティ」の告知がなされる。
「仮面舞踏会、ですって」
レオが紙を手に取って読み上げる。
「新入生の歓迎行事として、仮面をつけて舞踏会を行うそうですよ」
「仮面……」
私はその言葉に妙な引っかかりを覚えながら、ふと窓の外を見つめた。
放課後、寮の部屋へ戻る途中、校舎の前でルーカスの姿を見つけた。
彼は制服のまま木陰に立ち、まるで誰かを待っているように見えた。
「クロエ」
そう呼ばれて立ち止まる。
「学園で君と過ごせるのが、実はちょっと楽しみだったんだ」
彼はいつもの王子らしからぬ、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ここではただの生徒だよ。ルーカスって呼んでくれて構わない」
その言葉に、私はうまく返事ができなかった。
「それと……仮面舞踏会、楽しみにしてる」
そう言って、ルーカスは軽く手を振って立ち去った。
寮の部屋に戻ってからも、彼の言葉が頭の中に残っていた。
──仮面舞踏会、楽しみにしてる。
あれはただの挨拶だったのか、それとも……
その夜、学園にはこんな噂がささやかれ始める。
『仮面の生徒が現れる夜、運命が一つ動く——』
私はまだ、その意味を知らないまま、そっと制服の胸元に手を当てた。




