第39話 セドリック様の執事
夕方になり、セドリック様がお屋敷に戻ってきた。
いつもながら使用人のきれいに並んでのお出迎えは素晴らしいと思う。ただいつもと違う事が一つ。
いつもなら、ルディス様が真っ先に出迎えるのだが、今日はそれができない。
セドリック様はすぐにモーリス様に尋ねた。
「ルディスはどうした?」
モーリス様は他の使用人に聞こえないくらいの声でセドリック様に耳うちをした。
「そうか、それならば仕方ないが、このままモーリスは部屋に来てくれ」
モーリス様は
「かしこまりました」
と頭を下げた。
セドリック様は特に何も気にしていない様子だった。
僕は少し小さな声で
『心配しすぎたかな』
その声にマクシム様が
『何?何かあったのか?』
小声で聞いてきた。
僕は何も知らないふりをして
『マクシム様、今日はルディス様はどうされたのでしょうか?お出迎えにもいらっしゃいませんが』
マクシムは、あぁなるほど!っといった表情を見せて
『さっきモーリス様に聞いたんだが、実家からの急な呼び出しらしいぜ』
『そうなのですか?誰かご病気とか?』
『そこまでは聞いてはいないが、急遽セドリック様の執事の配属をしなければならないとモーリス様が言ってたからな』
『だったら、ここはマクシム様じゃないですか?サブですし』
『どうかな?今はお前の指導者だしなぁ。セドリック様についたら、教える時間なくなるけど・・・まーお前なら大丈夫か』
すごい信頼されている。
逆にプレッシャーをかんじるんですけど。
何気に後方にいるレックス様が見えた。
レックス様の表情はどこか固く、目が泳いでいるように見えた。
気のせいか?
いや、ここで見逃してはいけない。
私はこっそりとマクシム様に
『この後、剣術の復習をしたいので、今日の残りの業務があるのなら、1時間後にしてもよろしいでしょうか』
初めて休みというか時間が欲しいと願い出た私に、マクシム様は少し驚いて、
『お前の業務は夕方で終わってるだろう?あとは、片付けの当番は明日だから自由にしてくれていいんだ。お前にしては珍しく、剣術でつまづいたのか?』
『・・・そうですね』
僕はマクシム様に苦笑いをした。
セドリック様が部屋に戻っていく姿を確認してから、
モーリス様が
「みんな解散!持ち場に戻りなさい」
と声をかけてから、セドリック様の部屋へと向かった。
「レオ、剣の稽古頑張れよー」
マクシム様はそう言って僕に背を向けて業務に戻っていった。
レックス様が気になって見渡すけど、もういないみたいだ。
声をかけに行きたかった。このことが原因で悪い方に事態が進まなければいいんだけど。
「仕方ない、セドリック様の様子を見に行くか」
僕はみんなに気づかれないようにこっそりセドリック様の部屋まで向かった。
「あれ?」
部屋の前にティーセットを持って誰かが立っている。
今からディナーなのに?まさかお客様が訪問してるとか?それはないな。そうだとしたら、マクシム様が準備しているはずだ。
だってあそこに立っているのは、メイドのリリーさんだ。
でも入りづらいのか、なかなか扉を叩こうとしない。
僕はそっと近づいた
「リリーさん、どうされたのですか?」
僕の声にビクッとして
「あぁ、レオ君かぁ」
「ここでじっとしてたら怪しまれますよ。どうして中に入らないのですか?」
「うん。そうなんだけど」
「何かありましたか?」
8歳の子供にこんな事を話すのもおかしいかなと言うのをためらっていたようだったが、このままじゃらちが明かないので、リリーさんが話してくれた。
「セドリック様の部屋にお茶を頼まれたのだけど、今からお夕食があるのに、飲むのかしら?と不思議に思ったの。でもこの紅茶は本日取引様より手に入れたものがやっと届いた品物で届いたらすぐに試飲するからと言われてたそうなの」
「それって、ディナーの後じゃダメなのですか?」
「そうでしょ?私ももう思ったけど、せっかく作ってくれていたし、セドリック様のご命令ならば、持って行かない選択肢はないのよ。でも先にモーリス様が部屋に入られてしまって、中からセドリック様の大きなお声が聞こえるの。怖くては入れなくて困ってたのよ」
「え?セドリック様が怒っているのですか?」
「そうなの。珍しいでしょ?もしかしたらルディス様はセドリック様に何も言わずにお屋敷を出て行ったのかしら?」
確かに、ルディス様は何も言わなかった。言えなかった。すぐにお屋敷を出たのだから、そのせいで、モーリス様が怒られているのだとしたら、僕が持っているルディス様の手紙が役に立つのかもしれない。
「わかった!僕今日の業務は終わってるから僕が中にティーセットを運ぶよ」
「駄目よ、それだと私が怒られてしまうわ」
「でもここでずっと入れず、待っている方がもっと怒られない?厨房の準備で急遽呼ばれた事にして、
僕が変わりに来たっていうよ。ちなみに、この仕事は誰に頼まれたの?」
リリーさんは少し不思議な顔をして、
「セドリック様が頼んだとレックスさんが言ってたの」
レックス様!?
「わかった、じゃあ僕に任せて!業務に戻っていいよ」
「ありがとう」
リリーさんはすぐにこの場からいなくなった。
扉の向こうからは確かにセドリック様の声が聞こえる
でも僕は躊躇せずに扉をノックした
コンコンコン
中からセドリック様の声で
「誰だ!」
少し怒った口調だった。
「レオです。頼まれていたティーをお持ちしました」
その声に慌てて中から扉が開いた
ガチャ
「なぜ君がここにいるのかね?」
モーリス様が怪訝そうな顔で僕を見た。
「メイドがこちらにお持ちしていましたが、厨房に急遽呼ばれていたので、僕が変わりにお持ちしました」
「誰もお茶なぞ頼んでおらぬが?」
部屋の奥からセドリック様の声がした。僕に気づいて、怒りが収まったのか、いつものセドリック様に戻っていた。
「こちらはやっと入荷した茶葉で、到着後はすぐに試飲するためにすぐに部屋にお持ちするようにとセドリック様のご命令だとか」
「ん?・・・・そうだったか?ルディスがいなければわからんな」
「でしたら、こちらはお食事の後に淹れなおしてお持ちいたします」
「いや、待て!モーリスは下がってよい。レオ食事の前にそれを試飲しよう。中に運んでくれ」
モーリス様が
「レオはまだ見習いですので、ここは私がいたします」
「モーリスは下がれと言ったのだ。レオに任せるから大丈夫だ。それにすぐにディナーの為に着替えたらすぐにダイニングに向かうからいいであろう?」
「かしこまりました」
そう言ってモーリス様はセドリック様に頭を下げ
「レオ、くれぐれも粗相がないように」
僕を心配して、声をかけてくれた。
「はい。頑張ります」
モーリス様が部屋を出て足音が遠くなってから
セドリック様が優しい口調で
「レオ、特に変わった事はないか?屋敷での生活は大丈夫か?すまない。第一王子様からの頼みであるそなたを構う事も出来ずに。」
セドリック様は僕がなぜこのお屋敷に侵入しているのかを分かっているお方の一人だが、内密な為、贔屓もできない。
「セドリック様、お気になさらずに、僕は僕で上手にやっています。しかし、信頼できる者できない者を見極める事が難しく、いまだに怪しい者を見つけられません。」
「そうか。苦労かけてすまない」
「僕の事は気にせず、御自身の心配をお願いいたします」
「何か変化があったのか?」
「セドリック様はおかしいと思いませんか?急なルディス様の里帰りを」
「あぁ、それで先ほどモーリスに問いただしていたのだ、それが真実なのかと。ルディスは実家との縁をほとんど切っておった。自分が負担になってはならないと。なのに、急に手紙が来るだろうか?事前に状況も報告もなく・・・しかもルディスは私の帰りを待てないほど、実家に帰りたかったのだろうか」
「やはりそうでしたか、セドリック様、僕がルディス様よりお手紙を預かっております。」
「なんだと?モーリスはそんな事言ってはいなかったが?」
「モーリス様はルディス様を心配されてすぐに帰しましたので、モーリス様の判断が間違っているとなっていけないと私がこっそりルディス様に手紙を書いてもらったのです。」
僕は懐からルディス様の手紙を出して、セドリック様に渡した。
「ルディス様の文字で間違いないでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だ。私がルディスの字を見間違うわけがない。」
そう言ってすぐにセドリック様はルディス様の手紙を読み始めた。
その顔はどんどん真剣な表情へと変わっていった。
「レオ、やはり何かがおかしいな」
「えぇ。僕もそう思います」
そして二人でティーセットを見つめた。
「あれは、調べる必要があるかと思うのですが」
僕はティーセットを指さして答えた。




