幕間「前光配尊のアベコベ“信”霊」
妖怪の山で、巫女と魔法使いと天狗が弾幕ごっこに一区切りつけてた頃。
人里近く、命蓮寺へ続く道を1人歩く聖白蓮。
歩きがてらに西向き東向き、今日訪ねて回ったあちらこちらに思いを馳せる。
「私って……こういう事、向いてないのかしら」
遠い夕日をしんみり見つめて聖が、ぼそり一言。
山で「もも」と一悶着あった後、ナズーリンを連れて寺に戻るも、即戦力な情報は特になし。
ナズーリンを風呂に入れて、今日は寺に泊めてやり、代わりにナズーリンの情報を頼りに「ねひりん」を探してみるも空振り。
集会場の情報を2,3手に入れるまでは進んだものの、向かってみてももぬけの殻。
きっと噂が巡る内に、集会場の場所がズレて伝わるようになってしまったのでしょうね……。
「かと言って、あの子たちみたいに手荒な真似に出るなんて以ての外だし……」
集会場と聞いた場所に行くと、決まって杜撰な「気配隠しの気配」。超人・聖白蓮の6つのセンシズとかそういうアレで目ざとく暴き出すと、どれも聖的に“哀れな”身なりの人間や低級妖怪。
情報に得た「ねひりん」の集会場は、どこも後ろ暗いか過酷な場所ばかり。けれど見つけた誰も彼もが、そんな所に出入りの慣れた風体にゃ見えない。
身元を問うてみれば、素直に「ねひりん」の者だと答えてくれる。
しかし、「ここは集会場か」と尋ねてみれば、「全然違う」「存在は聞いた事あるが詳しく知らない」「そんな場所、聞いた例も無い」。
そして二言目には口を揃えて、「真っ当な地から追いやられて彷徨っているだけ」。
これには上人、良くも悪くも慈悲深いものだから、たちまち憐れみ、真に受け信じ、詮索するのも憚られ。
元よりこうして「ねひりん」を探るのも、寺の面子だの、新興宗教にかぶれた衆生を救い上げるだの。つまり一日二日を争う急ぎでも無し。
ナズーリンや「もも」を兵器で巻き込むオチャメガール達みたいな事もしたくない。
そんなわけで、どこぞの縊り鬼が吐いたように「ねひりん」に値踏みされた結果と知る由もなく、ろくな成果も無いまま日が傾いて、すごすご家路についた次第。
「やっぱり、明日からの調査はナズーリンに委ねましょう。私は……勤行の傍ら、『ねひりん』の方々を見つけたら寺に迎え入れて、せめて暖かい湯と食事だけでも──」
ついつい頭の中身を口から溢したりしていた聖の足がはたと止まる。
「あら、これは……お神輿の予定でもあったかしら?」
命蓮寺に続く、そう広くもない道。
道の脇の草っぱら、茣蓙を敷いて腰を下ろす者、土が付くのも気にせず寝そべる者、突っ立って空ばかり眺める者。
皆、通行人の聖を気にも留めない。静かなものだが、何かに浮かれてるようにも見えて、なんなら道の先へ向かってひれ伏したり、延々虚空へブツブツ何か唱えてる者もある。どうにも異様な雰囲気。
そんな人の列が屋台のように道の先まで続いていて、立ち止まるわけにもいかずに聖はちょっと警戒しながらその間を歩く。
「ちょっと、普通じゃないわね……何が起きてるのか聞いたほうが……あっ、あの人とか良いかも」
少し圧倒されてる聖は、聞き込みの相手もほんの少々選り好み。
見つけたのは1人のお婆さん。地べたに小ぢんまりと正座して、神仏習合によくある形ばかりの合掌が仏教徒の目に安心感。表情も和やかにニコニコしている。
ただ、年の割に派手めな化粧と、痩せた足を晒して着崩した服装が少し目立つ。普段は何をしている人なのだか、聖には今ひとつ合点がつかない。
「あの、もし……よろしいでしょうか」
「むにゃむにゃ……はあい、いらしゃんせえ」
優しそうに聖を向いて返事するお婆さん。普段入れ歯を着けずに過ごす人なのか、幾らかまとめて抜けたままのキレの足りない滑舌。
「私、この先に住む者なのですが、今日は何か、催しなど御座いましたでしょうか?」
「はぁ~……あぁ~ええ、ええ。この度は、どうもおめでとうございます」
お年寄り特有のウェイトを挟んで、急にお祝いしてくるお婆さん。
「は、はあ? あの、お恥ずかしながら寡聞なもので、心当たりが……」
「はいはい。なんでも『しゃいたん』であらしぇられるそうで、何にしてもありがたいことでございます」
「『しゃいたん』? あ、あのぉ……」
「そうなんでございますよ。『しゃいたん』はそれはもうおめでたいそうで、お陰でわたくしも皆々様に大層助けていただきまして。本当にありがたいことでございます、なんでもおめでたい『しゃいたん』だとかで、むにゃむにゃ」
お婆さん、今度は聖に向かって拝み始めた。
そろそろ聖も直感的に「この会話は埒が明かない」と察し始めた。生老病死に四苦八苦、誰しも望んでこんなやり取り交わすのではない。
こういう時、1対1では中々切り上げるチャンスが無い。良くも悪くも上人は人が好い。
そこへ幸か不幸か割り込む、若い女の声。
「あ、いたいたぁ。和尚サマぁ、何してるんですかぁ~?」
進行方向、命蓮寺側の方から手を振りやってくる女。
魔理沙が入ったあばら家で教隕に茶汲みしていたあの女。
延々語り続けるお婆さんを無視して、聖の腕を取って、来た道を引っ張って返す。
「え、あ、ちょ?」
「ほぉら、こっちですよぉ。私ぃ、和尚サマをお迎えする役買っちゃってぇ、本当~に暇だったんですからぁ」
「あ、貴女、どこかで見覚え……って、ウチの檀家の!?」
この女、実は命蓮寺とは顔見知り。
「どこに行ってたんですか、ご実家にも寺にも顔を見せずに! ご両親が貴女の素行を正すよう私に頼まれた事、ちゃんと心得ているのですか!?」
「良~いじゃないですかぁ、私が立派になれるならぁ、別に和尚サマのお陰じゃなくってもぉ」
「そ、それは、確かに見返りや功績などは決して……い、いえいえそういった事も大切な話ではありますけれど、まずはこの状況の説明を……!」
「私も知りませんよぉ。それより私ぃ、このお役目、自分から請け負ったんですよぉ? ちょぉっと待ちくたびれてダラダラしちゃったりもしましたけどぉ──」
聖が少し辟易した顔。女の悪い癖が始まった。
何の話題からでも女は「ところで私は」に繋げる。まるで世の中が自分の事を気にかけてしょうがないと言わんばかり。真面目に話題を戻そうとすると、女は露骨にへそ曲げる。まるでこっちが正しい話題を捻じ曲げて嫌がらせしてると言わんばかり。
付き合えば付き合うほど、聞いて無駄、応えて無駄と感ずるばかりであり、学習しきってしまった聖の無意識が女の声から意識を外す。
とりあえず道の脇の人々を眺めていると、最初に出くわした時とは何だか雰囲気が違う。
余りにも身なりの整わぬ者が増えている。同時に、身なりを小綺麗にしている者もいるが例外なく、心ここにあらずな様子。
流れていく人垣の中、一際印象に残ったのが、母子連れと思しき二人組。初老の女と、20は過ぎただろう童顔の男が並んで茣蓙敷き座っている。
女の方は聖と目が合うなり、恨みとも生き恥とも取れぬ湿っぽい顔で睨みつけてから目を逸らす。ついでに男を聖から隠すように座り直す。
男の方は髪と服だけは小ざっぱり。女が整えたのか。しかし口は下の前歯を見せて半開き。目元は一見キリっとして見えるが、瞳が遠くを見て動かない。これではむしろギョロリ。
何より目立つのは、真横に大柄なその体躯。手前の女が座り直してみても前後幅がまるで隠れない。若くして恵比寿のように肥える者も珍しいというほどではないが、それにしても首やら頭やら異様なほど肉を蓄え、後頭部や首の段々が虫々の節のよう。
「──ア、ほらほら見えてきましたよぉ!」
急にグイと強く引かれて聖が我に返ると、女が前を指差して、そのまま腕を解いて1人で駆け出した。
走ってく先は命蓮寺。もう夕餉の支度の頃だけに、門はすっかり締め切っている。
そして、その門前に人影がひとつ。
門の梁に頭がぶつかるか突き抜けそうなほど、高い高い人影。
「教祖サマぁ~、ちゃんと和尚サマをお迎えしてきましたよぉ~♪」
女が走っていって人影に飛びつく。
門前の人影が女を受け止め、幼子にするみたいに頭をポンポン叩いて労っている。
「うんうん、骨折ってくれてありがとうね。それじゃあ、見栄えの良い所で一休みなさい」
「はぁ~い♪」
女が道の脇をキョロキョロして、空いてそうな場所を見つけると、様付けした人影に挨拶もせず軽い調子で去っていく。
帰る家の前に立たれては致し方なく、聖は間合いを見計らいつつ人影に歩み寄る。
今もすぐ後ろまで続いてる人垣は十中八九、この人影が招いたもの。警戒するには十二分。
「……『教祖』と、呼ばれていましたね?」
「ええ、『ねひりん教』の顔を任されております。寺のお主様、聖白蓮様で、お間違いありませんかな」
「はい。『ねひりん教』ですか……お初にお目にかかります。丁度、訪ね歩いておりました」
「それはそれは、お手間を取らせてしまい。手前、『三千久辺 教隕』と、名乗らせていただいている次第」
「『いただく』……どなたによって?」
「皆々様に」
「……」
聖の目には教隕が、他の幻想郷の大物と居並ぶようには見えなかった。権威のような、芯のようなものが足りていないと感じる。
しかし教隕の地金がどうであろうと、ここに来るまでに居座っていた人々が丸ごと「ねひりん」の信者であるなら、どうにも只事ではない。よもや暴徒となって境内に押し入られてはたまらない。
空はそろそろ、黄昏時の赤みも失せてきている。
「もう日も暮れようかという頃です。御用でしたら日を改めて」
「お気遣いどうも。さても、鉄は熱い内に打てとも言う。すぐに済みますよって、今しばし──」
「無闇な騒ぎは好みません。どうぞ、お引取りを」
「お宅様とは、争うつもりはございません。この通り、お寺の耳を煩わせず皆、穏やかなものです」
「日の入り近くに、これだけの数が悟らせもせず居座っては、どうにも“穏やか”とは思えませんが」
「おや、言われてみれば。ははは、疎まれるのは、もうはやウチの慣わしじみたものですが、これはとんだご無礼を」
教隕が軽く頭を下げても、まだ聖の首が上を向く身長差。
既に聖は、いつでも能力を開放する準備ができている。
人を寄せ集めて取り囲んだも同然で、わざわざ互いの首脳をカチ合わせたなら、それはもう喧嘩の合図。少なくとも僧侶的には。なんなら指でもボキボキ鳴らしたい。メンチはもう斬ってる。
一方、教隕の方は自然体。聖の向こうの空を見上げると、少し遠くで誰かが弾幕ごっこしているようで、光の粒がアッチコッチ。
それを確かめてから、教隕が口を開く。
「もう少し、かかるかな……2つ、お尋ねしたい」
「…………何でしょうか」
「ずばり……信仰とは、何でしょうな?」
「よくご存知なのでは?」
「それがそうでも無い。ある者に問うたのです、信仰とは何ぞやと。すると、こう返ってきました」
「……」
「『そりゃぁお前、漬物の事だろう』」
「……はい?」
「まあこれはアレ、『信仰』なんて言葉しらんものだから、『お新香』と取り違えたという愚にもつかん話ですわ。ははは」
無性にイラっとくる聖。
相手が殺気ムンムンだというのに、教隕は至ってマイペース。
「しかし、これが意外と大真面目。本気でそう答える者が多いのです。名前などとは、げにあやしきもの。『信心』と問えば『野菜』と答え、『仏』と問えば『ノザが抜けとる』と訳知り顔で……斯様な方々の信仰とは一体、如何様なりとするものですかな」
「……それは、蒙を啓くべき者達。七慢を説き、導くべき信仰です」
口を開くまで少し間が空く聖。いかにも問答じみてきて、僧侶の性分が頭に昇った血とぶつかり一瞬、答えを出しあぐねた。
「ふむ。それもまた奇天烈な」
「……?」
「善人なお以て往生を遂ぐ、況や悪人をや……でしたかな。今しがたの『お新香』の者とは、これ即ち善人……仏に己の無力を委ねられず、自らに由りて自らを善と謳う者。いかがでしょう?」
「概ね、差し障りありませんが」
「しからば、往生を遂がすはどちら様でしょう……。いずれ等しく浄土へ迎えられながら、その迎え手も知られぬ善人、それを導こうと心動かすのは……嫌味を承知で言うならば、それこそが七慢では?」
「盲の方が往く家路に、さしたる小石の無い事が、付き添わなくて良い理由にはなりません」
「ん? ……ありゃま。そりゃごもっともだ」
目をパチクリさせてきまり悪そうに頭掻いてる教隕。
「ん~……これは失敬、見下していたのは私の方だった。素直にお恥ずかしい限りで──」
「ふざけているんですかッ!!」
聖はもう、本気で怒ってるのやらツッコミ入れてるのやら空気が迷子。
教隕は相変わらず笑ったりしながら、チラとまた、向こうの空を見る。
「うん、そろそろ頃合いだ」
「先程から何を待っているのです。不埒な企みでもあるなら、力ずくでも取り止めてもらいますよ!」
「大した事では……ちょっと、人目を引きたくて」
「人目……?」
「話は戻りますがね。貴女にとっては戯れ言でも、今まさに戯れ言が精一杯な者も……おるのですよ」
そう言い終えた時には、聖の視界は真っ白になっていた。
「くっ!? ひ、光……!?」
どうにか視力を整えて見据えると、教隕の背後……命蓮寺の敷地を踏み潰すかのように光の柱が聳えていた。
「命蓮寺が……、貴方という者はっ!!」
事こうなれば、もう手を拱く理由もない。真正面から、地面が抉れるほど踏み込んで、弾幕もへったくれもなく、教隕の鳩尾目掛けて正拳突きを打ち込む聖。
「ご心配には及びません」
が、聖の拳が止められた。
教隕の鳩尾から生えた、光り輝く2つの掌で包み込むように。
「お寺の皆様も、私の大切な信者達も、何より貴女ご自身も。皆、少しばかり眩しい思いをしただけです」
命蓮寺の敷地から、困惑する家族達の声がする。
聖が安否を思ってふと見上げると、光の柱はずっとずっと高く巨大で、間隔を空けた遠くからもう一つ伸びていて、ずっと高くで1つの胴となり、人の形に枝分かれしている事が辛うじて分かる。
柱に驚いた近くの鳥が、混乱の余り光の中に飛び込んだが、そのまますり抜けていった。
「さしものお主様でも、この場では私をおいそれとは下せません。ここには山ほどございますから」
「何の話です……!」
「集めたのですよ……“お新香”を。この日のために、こうするために、こうなるために」
ここでようやく聖は、教隕に捕まえられた自分の手が引き抜けない事に気付く。
光の掌は感触が無いのに、確かに聖の剛力を阻んでいる。
「この光……害する相手を選んでいる!?」
「それはもう。私からして、都合の良い存在ですからして」
「どういう事です!?」
「私はね。正体というものが無いのですよ。本当は『ねひりん』とは由緒の欠片も無い、デタラメ千万なのですから」
「は……?」
「信仰が、私を生み、名を与えたのです。『死後の救済などというブツを信じる』……それっぽっちの賢しささえ許されぬ者たちの、浅ましい今生のための信仰が。されど等しく救わぬ苦海が故に、諦観へと逃げた信仰が」
「なら、貴方は……」
「神の御霊が信仰によって形を得て、それを『神霊』と呼ぶならば……さしずめ私は、まず信仰があって魂を形作った……『信仰の霊』とでも呼びましょうか」
鳩尾の掌から続きが生えて腕になり、聖を軽々と宙に浮かせた。
「な、何を……待ちなさい!」
「すみませんな。ここで人を待っておる次第でして。先に会わねばならぬ者があるのです」
教隕と同じくらいの細さの光の腕が、益荒男のように太く猛々しい輪郭に膨れ上がった。
「お主様。お尋ねしたかったもう1つ……答えは後ほど伺います」
聖を見上げる教隕の顔は、宴席帰りの友人を見送るようににこやかだった。
「私はね、やろうと思えばここで全てを投げ出せるのです。私には自由意志があって、しかし私は自分の望みでもって信者の願いに沿い従って、こうしております。さて……お主様に斯様な荒事を見舞っているのは……一体、何者の手なのでしょうなあ?」
聖が紫色の空に投げ捨てられて、見えなくなった。
山の方角へ。先程、誰かが弾幕ごっこしていたらしき辺りよりもずっと遠くへ。
原作の神霊の定義は自分なりに調べたつもりですが、もしかしたら微妙に違うかもしれません。その辺は二次創作という事で何卒。




