幕間「青麗凛淑のオノビシ客」
人里の昼下がり。「くりや」の騒ぎがすっかり落ち着いた頃。
「ごめんください。今、やってるかしら?」
貸本屋「鈴奈庵」に来客一名。「くりや」から少し離れた鈴奈庵には、例の霊夢が起こした騒ぎは聞こえていない。
「はーい。ごゆっくりどうぞー」
返却本の手入れを終えた小鈴が、本棚から本棚へ行ったり来たり。
「では遠慮なく……そうそう、店員さん。そのままで良いから、ちょっと聞いてもらえるかしら」
「良いですよー。何かお探しですか?」
お客が良いと言ったのなら遠慮はしない。その金髪の来客の脇を抜けながら、本の山をえっちらおっちら。
「んーとね……私ね、最近『くりや』の娘さんと仲良くなったのよ」
「へー、『おこん』ちゃんと。最近すっかり元気ですものねー」
小鈴の声はちょっと嬉しそう。あの図体を相手に「ちゃん」付けな所に、日頃の関係が伺える。
臥せっていた頃はしょっちゅう借りに来ていたそうだから不思議ではない。
「そうなの。それでね、話してる内に興味が湧いてきて……彼女が一番最近借りた本、紹介してもらえないかしら?」
「あー……あれですかー」
煮え切らない返事。
仕事の手をハタと止めて、初めて来客をちゃんと見る。
客の年頃は、見かけ霊夢たちと同じか若干年上。恐らく少女と呼ぶに差し支えない。けれど何やら、落ち着きというか気品というか、漂うオーラ。
小鈴の露骨に迷う顔。頭も掻きつつ。
「んーーーー、見たと、こ、ろ、は~……」
「……うふふっ。あらあらもしかして、病弱な娘さんの読む本が、『妖魔本』だったりでもしたかしら。……本居小鈴さん?」
「おおう!?」
「噂は聞いてるわ。私、人よりちょっと耳が良くってね。私は読める側……そう言えば充分かしら。ふふふふ……」
上品な笑い方で、文字で見るよりは全く屈託ない。
けれど客の方から切り込まれた後だと、小鈴としてはちょっと身構える。名乗る前から名前で呼ばれるのも落ち着かない。
とはいえ、只者じゃないなと思うには充分。
「う~ん……まあ、私も『アレ』がどういう事なのか、ちょっと困ってた所ですし……こっちです」
「ありがとう、楽しみだわ」
案内されて、本屋の片隅。店先からは結構な物陰。ここなら、病床の大女が物色しててもすぐには見つからない。
棚から取り出した本を差し出す小鈴。
「これです。元は海の向こうの経典みたいなんですが……」
「どれどれ」
丁寧に受け取って、適当なページを広げる来客。
「書体は古いけど、日本語に訳してるし、今様の文に慣れてても読める程度……まあ、それは当たり前ね。彼女も読んでるんだし」
「『おこん』ちゃんのトコから返ってきて、何日か……一週間? そのくらいから、急に『力』みたいなのを感じるようになったんです。私が『力』を感じる本は大抵、妖魔本なので……」
「なるほどね。これは、いわゆる妖魔本……では無いわね」
「わ、分かるんですか?」
「結果的には似たものだけど、根本が違うのよ。これはむしろ、そう……私に近いモノ」
「え?」
客の目がほくそ笑むように細る。
「ううん、こっちの話。うふふふ、うふふ……」
「は、はあ……」
「『経典みたい』って分かるなら、一度読んだことがあるのよね? ちょっと、大筋を聞かせてもらっても良いかしら。手短に、バッサリで良いから」
「は、はい。えっと、雰囲気は伴天連の経典に似てるんですけど──」
お話の主役が、地上に降りた「神様の御使い」なんです。
その御使い達は、人間を悪い誘惑や災難から守って共に生きるために、神様の許しを得て地上に降りたそうなんです。御使いの資格を失って、御使いと比べたらずっと賤しいはずの人間と限りなく同じ存在になってまで。
その本が書かれた頃の宗教では、御使い達は人間の悪い暮らし方に興味を持ってしまって、神様の元を勝手に去って堕落してしまった存在として伝えられてるんだそうです。
御使いと人間の間の子たちも、お互いに争い合って共食いまでしてしまう野蛮で恐ろしい巨人達だったと、その頃の宗教ではそう言われてたんだとか。
けどその本は、世の中のその解釈は間違ってるぞって事を伝えたいらしいんです。
御使いは自分達を身も心も低いものに変えてまで人々を守ってくれたし、御使いの子たちは、争いたがる人間たちが傷付け合うのを嫌って、自分達が身代わりに戦って死んでいったんだぞって。
「つまり、ある宗教に対しての反論、あるいは新たな解釈を提示しているのね。悪く汚いとされた堕天使と巨人は、実は人々を守るために犠牲になった……と」
「外の世界の宗教なんて私、全然ですけど……もし本当なら、かわいそうだなって」
「確かにかわいそうかもね。そして……どんなにかわいそうでも、御使い達が落ちぶれた事、巨人達が殺し合った事は、この本でも認めてる。体が大きければ食べ物も沢山必要になるでしょうから、大飯食らいは必ずしも歓迎されないでしょうし……」
「良くない部分もあったって事ですか? ……でもそれって、守ってもらってる人間側の都合じゃないですか。自分達のためにそこまでしてくれてる存在に、結果が良くないからってそんなの……流石にちょっと、その……」
「世の中、意外と結果しか残らないものなのよ。どんなにドライに考えていても、何もかも諦めて斜に構えたつもりでも、必ずその斜め上を行くくらい、容赦なく……ま、それはそれとして♪」
ページを優しく閉じる。
「こうして幻想郷に流れ着いたのなら、この教えは定着せず……歴史に埋もれた『偽典』ってトコかしら。ますます興味が湧いて来たわ。お借りできるかしら?」
「え、ああ……えっと、じゃあ、はい」
「ちょっと強引すぎた?」
「いえ、折角なら私が原因を突き止められないかなーって思ってたので」
「あらあら欲張りさんね。うふふふ」
「でも私が読み返してみても何も起きなかったですし……代わりに何か分かったら、教えて下さいね」
「ええ。ご期待に沿えるかは分からないけれど」
一旦、仕事を中断。受付に移動して貸出手続きする小鈴。
「アそうそう、小鈴さん。『くりや』から通り2つ向こうにお菓子屋さんがあるの知ってる?」
「あ、知ってます! あそこの鯛焼き、大好きなんですよ」
「あら気が合うわね。鯛焼きも幾つかあったけど、一番美味しいのが──」
「小倉よね♪」
「白あんですよね♪」
「「……」」
「ま、まあ、宗派は色々……ですから?」
「そ、そうよね。和の心が大事よね……」
ちょっと気まずくなったりしてる間に手続き終了。
「じゃあ、これで貸出完了です。期日は忘れずにお願いしますね」
「ありがとう。任せて、決まり事には自信があるの♪」
謎の自信を見せつけて店先へ去る来客。敷居を跨ぐ直前、振り向いて借りた本を小鈴に見せつけるような仕草。
「ところで、この偽典が力を持った原因……多分、もうすぐ向こうからやって来るわ。あなたが『これやこの』と理解できるかは別にして、ね」
「え? はあ……?」
本を胸元に抱え背筋を伸ばして去っていく客の後ろ姿は、小鈴にはどうもどこかでチラっと見たような気がしてならなかったが、しかしどうにも思い出せず、そんな些細な既視感は半刻もしない内に忘れ去られた。




