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東方オリスト「東方光隕誕」   作者: 三郷吾請
17/40

魔理沙・文編幕間「飄々俯瞰のセタカイ教祖」


 昔々……芦原の国が生まれるよりもずっと前から。高天原よりもずっと高く空の彼方に。下々には名すら知られぬ、世界の創り主らが住まう国があったそうな。


 創り主らは遠い昔から、天にも地にも愛想を尽かしておいででしたが、いつの世にも例外というものはあるもので。

 ただ一柱、「ねひりん」様という、それはそれは巨大なお方が遥か下界の芦原の国を見守っておいででした。

「ねひりん」様には、下界の者の手だけで創られた芦原の国が珍しく、とても愛おしく思えたのだそうな。


 しかしある時「ねひりん」様は、下界見たさに身を乗り出しすぎて、国の端っこから滑って転げ落ちてしまいました。

「ねひりん」様は、どこまでもどこまでも落ちて、高天原を突き抜けて、とうとう芦原の国に激突してしまいました。

 なんでも、大きな大きな「ねひりん」様が落ちた衝撃で、かつて大陸の一部だった日ノ本がポキリと折れて今の島国に相成ったとか。


 いかに創り主と言えど、こんなに高くから落ちてはひとたまりもなく、「ねひりん」様はお亡くなりに。

 そして、「ねひりん」様の遺骸に群がる影が幾つも幾つも……。

 それは、その頃の芦原の国において、歴史にも人の口伝にも遺されぬ命たち。真に賤しく、それ故に憐れみも向けられず、存在しない事にされた、人に獣に虫に草木に以下省略。


 賤しい命達は、我先にと「ねひりん」様に駆け寄り、その血肉を貪りました。

 何故なら、存在自体を忌み嫌われる彼らは、物言わぬ食物たちにさえ嫌悪され虐げられ、「食わせて」もらう事など無く、日々渇き、飢えておりました。


 そうする内、「ねひりん」様を食らう命たちに変化が訪れました。

 ある者は苦しみのたうち、やがて事切れ、あるものはたちまち見にくく老いさらばえて、何が起きたかも分からぬ内に、腐って骨だけとなり大地に還っていきました。

 しかしそれを見た命達は、少しも恐れる事など無かった。むしろ歓び、ますます「ねひりん」様の屍肉に食らいつきました。「奇跡だ」「恵みだ」「ご加護だ」と。


 彼らには死すら許されていなかったのです。何も驚く事じゃあありません。

 例えば想像して御覧なさい。蛇にカエルにナメクジに、ゲジゲジヤスデアブラムシ、そういった物々が群れに群れてまとめて馬車にでも轢かれ、道いっぱい埋め尽くすほどグチャグチャの死体を晒している様を。そしてこれからその上を歩かねばならない己の気分を。

 ただでさえ汚く、不愉快とされる者共が、この上に死の穢れまで纏うなど「はた迷惑」なのです。

 挙げ句に死体は病を運ぶし、己が死体の始末は余所に丸投げ。ただでさえ意地汚く誰の得にもならぬ厄介者どもに、そんな「悪行」は許されない。

 彼らは死をも取り上げられ、足元の土にさえ「お前たちに足蹴にされるこっちの気持ちを汲み取る情も無いのか」と罵られながら、生きていながら存在しない事を求められ、苦しい地に必死に蹲る……それが賤しい命たちの宿命でした。


 この世ならざるお方な故に「ねひりん」様は賤しき命を否定せず、更には「ねひりん」様の遺徳は賤しき命に「生まれた意味」をお授けになりました。

 屍肉を食した賤しき命たちは生きる者もあり死ぬ者もありました。

 死した者は、万物自然に見放された身のはずでありながら、大地の肥やしとなり、花を芽吹かせました。

 生きた者は、己を嘆き、他者を憎む気力を得ました。望むと望まざると、生きて動けば何かに出会い、そして結局は退けられ、大層憎まれました。

 正しき者たちは、盛んとなった賤しき命たちを嫌悪し、近づかれる事を恐れ、自分達を法で律して賤しき命を排除し、団結力を増していきました。


「迷惑だから、生きるな、死ぬな、跡も残すな」と、そう正しき命たちに課されてきた賤しき命たちは、この日、奇跡を賜りました。正しき命の礎になれるという奇跡を。


 ねひりん教の信者とは、この「ねひりん」様を食らった者の末裔とされております。集うべくして集うのです。遥か昔に刻まれた、血のお役目に導かれて。

 さしずめ「ねひりん」様こそが、釈尊や八百万に値するのでしょう。しかしねひりん教は公式な偶像を定めておりません。何故なら、毛の一本、骨の髄すら残さず平らげた信者の身肉こそが、「ねひりん」様そのものなのです。


 そして、ねひりん教の教義とは大まかに言えば、「今日の苦難は代々の定め。ただ今日を生きるだけで、今日も『ねひりんでない』人々の支えとなる」。

 正しき命たちは、醜く悪しく脆弱な、そんな命たちを憎むからこそ、己の生き様を「正しい」と信じ、こうはならぬと倫理を志し、法を生み技術を生み結束を高め、明日を信じて生きられるのです。

 そして信者は、ただそこにあるだけで良い。それは「あなた」のせいでは無いのだから。

 貧しいのも、許せぬもの恐ろしきものばかりなのも、性根の醜さに散々振り回されるのも、全てこの世界から「賤しい」と定められて、そうせざるを得ないように生み出されたからです。

 だから逃れる術はありません。「じゃあ何しても良い」と開き直り暴れ狂っても、「心入れ替えるぞ」と種々の努力を試みても、望みが叶う事はありません。それらの醜さも全てが定めの内だからです。そしてだからこそ信者は、時に行住坐臥が反面教師となり、時に正義を求める者どもへ供される駒となり、世界の平和を保つのです。

 事実、ねひりん教に戒律らしい戒律はありません。自殺すらも禁じていない。死ねば草木や虫を育めるのですから。さしずめ釈尊が飢えたる虎に身を捧げたように。




「と……まぁ~あこんな所ですかね。ねひりん教のアウトライン」


「辛気臭っせぇ宗教だなあ」


「信者にロクな顔ぶれ見ない理由が、少しは分かりました。少しは」


 ここは妖怪の山の麓。河原から少し外れた森の中。

「いつき」が魔理沙と文を連れて、森の奥まった方へと案内している。

 ついでに「いつき」は人生の敗北者特有のボロ服状態。


「半分くらい聞き流したけど、つまり何か? いかにもな口上並べて喧嘩売ってきたのも、私らにノされるためか」


「しかもあっさり撃墜されましたよね。元々大して強くないでしょう、あなた」


「えぇ~全くその通り。あなた方、信者の見込みがありますからねぇ」


「信者側のぉ? 心外以外の何者でもありませんね。それに、私達の勝利にあなたが身を捧げたのだから、我々は『正しき命』というやつの側なのでは?」


「……あなたがたみたいなのばかりですよ、ウチは……クク」


 弾幕ごっこ前にも見た、いけ好かないツラで語る「いつき」。

 魔理沙にも文にも、どういう意味だか見当がつかない。


「ま~そろそろ、わたくしのトーク力なぞじゃ間が持たない頃でしょう。丁度良く到着しましたよ」


 平常時のペッタリ営業スマイルに戻った「いつき」が、2人に森の少し先を指差す。

 指し示す先にはあばら家が一軒。一応民家の形をしているが、漁師が荷物置きで浜辺に掘っ建てたような極めて粗末なもの。


「あれが本当の集会場か……玄関通るだけで服が汚れそうだ」


「隙間だらけなのに空気が澱んでるようにしか見えませんね……」


「ま~ま、ウチの信者の大半は食うにも困るようなモンばかりですから、むさ苦しいのはご容赦下さい。それに……」


 話す間にも三人ともズイズイ歩き、「いつき」があばら家の玄関に手をかけた。


「教祖様は人並み外れて清貧にお強いもので。教祖様が滞在なさる場所は、どこもこんな塩梅ですよ」


「『どこも』ですか……まさかここまで引っ張っておいて、『今日は不在で~す』なんて事ないでしょうね?」


「で、『どこか』を探してみろってか。あり得る。コイツ何か信用ならんし」


「だ~いじょぶですダイジョブゥ。これでもわたくし、お側役の一人ですからして。教祖様から離れすぎないのがお仕事です」


 2人のジト目を、手をヒラヒラして打ち消しながら「いつき」があばら家の戸を開いた。

 真っ先に、割り込み気味に、文がカメラ構えてあばら家を覗き込む。

 そして、屋内を一瞥するなり、カメラを降ろしてスッと一歩引いた。


「……魔理沙さん。教祖の見た目の特徴だけ、代わりに覚えといて下さい」


「あ? 何だ、入んないのか?」


「念のため、私は外を見張る役を……という事でひとつ」


「何か企みでもあるのか? ……まあ良いや、覚えてたら教えてやるよ。有料な、あいつ(霊夢)ならそうする」


「茶屋で1食奢る程度の予算でお願いしますね」


 文が身を隠すように玄関脇に移動。


「ウチにゃ~伏兵張るような立派な知恵も力も持つ者ございませんが、ま~ご自由にどうぞ」


 魔理沙があばら家に入り、「いつき」が後に続いて玄関を閉じる。

 仮に閉じ込められてもこんなオンボロ、霊夢並の結界でも無きゃチリも残さず吹っ飛ばせるしな。


「教祖様~、お客人です~。先ほどお知らせした二人組のご片割れで~す」


「──ああ。ご苦労さま」


 落ち着き払った返事。音程低め。

 狭いボロ小屋、見渡すほどの手間も無く、玄関入る前からチラチラ見えてた。

 小屋の中には女が2人。片方はいかにも人里のどこにでも居そうな女。つまり教祖はもう片方。

 背中丸めて床に湯呑、お茶請けなし。人里の女が茶だか白湯だか継ぎ足している。

 ますます縮こまって湯呑を持ち上げ静かに啜る、教祖らしきその女、こうしていても見るから大柄。

 隣の人里の女より二回り以上は縦にでかい。そこに居るだけで迫力が出てくるくらいには。

 人里の女が、しきりに教祖らしき女の顔を覗き込む。


「教祖サマ教祖サマ、お代わりいかがです? あ、それとも温め直して来ましょうか?」


「そうさな……次はぬるいのも飲んでみたい。湯呑を乾すまで、少し待っていておくれ」


「はーいぃ♪」


 客人を招き入れたばかりだと言うのに、人里の女は魔理沙に目もくれない。

 教祖らしき女が再び湯呑に口を付けて、それから魔理沙の方に向き直る。


「思っていたよりだいぶ早いが……『ねひりん』を調べ上げんとする方々の一人、ですかな?」


「……まあ、そんなトコだな」


 見た目は若いが教祖の女、どうせ上っ面だろうが、好々爺のようなゆったりした物腰。ガタイのでかさと足して割ると、ヅカとかワイルド系な雰囲気が小さじ一杯。

「いつき」みたいに慇懃無礼を隠そうともしないようなヤツよりマシだが、魔理沙にとってはこういう相手は大概苦手。喧嘩っ早くて気風の良い連中と違って、やけに話をはぐらかしたがる。そんな偏見がある。


「霧雨魔理沙だ。アンタらが何かやらかす気なら、どこぞの巫女よりも速く、アンタらをこらしめる名だ」


「勇ましく、一本気……輝かしいお嬢さんでらっしゃる。そうそう、自己紹介の礼も返さねば。私は──」


 教祖の女がのそっと立つ。

 思った通りの高身長。いや、思った以上に高身長。

 教祖が魔理沙に歩み寄るほど、予測していたよりどんどん首を上にあげなきゃならぬ。


「私は、『三千久辺(みちくべ) 教隕(きょういん)』と名乗っておるもの。今はこうして、教祖だなんだと持て囃されたりなどしている次第」


「……な、名乗るだぁ?」


「少し、生まれが訳ありでしてな」


 ただ突っ立ってるだけの教祖に見下ろされてるだけで圧を感じる。漫画だったら冷や汗が湧いてくる。

「教隕」と名乗る女が、魔理沙の様子を察してか、膝を抱えるようにしゃがんで目線を合わせる。結局体格差があるので、それもそれでギョッと来る。


「……巫女さんに、勝ちたいのですかな?」


「は……は?」


「言葉尻をあげつらうようで恐縮ながら……『誰より』でなく、『巫女より』速く、と。少し気にかかったもので」


「……か、勝ち負けとかはどうでもいーんだよ。あいつはこういう時の専門家だからな。専門家のお株を横から掻っ攫えば、つまり私はプロを超えたアマ、才能の塊──って、私の話はそれこそどうでもいーんだよ!」


 急に早口気味になったがすぐに我に返った。

 箒をグッと持ち直し、スペカを取り出し、魔理沙がアリクイのように威嚇する。


「ふふ、『いつき』の見立てはよく当たる。確かに『向いている』のかもしれません」


「教祖サマー、そろそろお代わりどうです? ぬるまってきましたよ? ね?」


「ああ、そろそろいいかな。先の残りを飲んでしまうから、もう少しだけ」


 再びゆっくり立ち上がり、人里の女の方へ帰る教隕。

 人里の女は、教隕に注ぐためだけに急須を持っている。

「いつき」は小屋のスミで顛末をニヤニヤ眺めている。誰も客に茶を出す気は無いらしい。


「(な、何か気に食わねえな。教祖と言い、この空間と言い。憂さ晴らしに粗の1つくらい見つから……あ、あった)」


 困り顔くらい拝んでやりたくて記憶を探ると、気になる物言いが一件ヒット。


「やい教祖、さっき、私の来るのが『思ったより早い』とか何とか言ってたよな。ありゃどういう意味だ?」


「そういう意味ですよ」


「私が思、う、に……な、なんて?」


「隠す理由もありませぬ。遅かれ早かれ、力ある者が『ねひりん』に探りを入れるだろう、と。そうなるように、事を運ばせていますから。お嬢さんが思う通り、『そういう意味』です」


「……へっ。そいつはいい……思ったよか話が早えな!」


 巫女や権力者が首突っ込むような事を起こす予定だと、そういう言質が今、取れた。

 八卦炉に火を入れて、箒に乗って機動力確保、触媒をゲーミングに光らせて準備万端。

 ちょっと締まりが無いが、一足先に黒幕を叩けるなら好都合。

 ついでに辛気臭い小屋も吹っ飛ばそう。山の空気がきっと一段とうまく感じられる。

 教隕は人里の女にお代わりを注いでもらいながら、まったり笑って魔理沙を見ている。


「ふむ……ならば失敬。私は尻尾を巻いて逃げるしかない。他にまだ仕事も残っておりまして」


「今更言い訳が通るかよ!」


「いやいや。情けない話、スペルカードを作っておらぬのです」


「……は?」


 一瞬、言ってる意味が分からなくなる魔理沙。


「幻想郷で争うのなら、決闘のルールは守らねば。お嬢さんも、身一つで怪力乱神を打ち破っているわけではありますまい」


「お、おう……え、いや……えぇ~~?」


 教隕がお代わり飲み干し、人里の女を立たせて、ついでに「いつき」を呼ぶ。

 すると「いつき」が玄関を開けて待機。

 教隕はリラックスした足取りで魔理沙の脇を抜けていく。


「教祖サマ教祖サマ、弾幕ごっこって、私にも出来ますかぁ? 教祖サマと戦えたりしちゃいますぅ?」


「さてねえ。まずは弾幕を作れるような『力』が無い事には──」


「え、いや、ちょ、ちょちょ、ちょ待て、待てぇい! いかにもらしく煽っといて何だよそれは!?」


 触媒を光らせるのだけとりあえず止めて抗議する魔理沙。

 一瞬でやり合う空気じゃなくなったのは分かっているが、ビシッと決めといた直後で引っ込みがつかない。


「……どうしても辛抱たまらないなら、後ろからでも撃てば良い」


「!?」


 教隕の声色が若干変わった。


「若木を手折るより大樹に斧を入れたい。反面、急いででも手柄を知らしめたい。お嬢さん……お嬢さんの性根は、今この場で『どちらも欲しい』と駄々をこねる。無理だと分かっていて、お嬢さんもほとほと困って、それでも性根の声は許してくれない。性根の声は、そのしがらみを余所に投げる。お嬢さんの理不尽でなく、余所の不実がお嬢さんの苦悩を生むのだと。お嬢さんはただ振り回され、うろめくばかり……」


「な、何言ってんだ急に? そんな面倒くさい人間いるワケ……あと『お嬢さん』て連呼するの何かやめろ」


 困惑したり怪訝そうにしたり魔理沙は忙しい。

 本当に、魔理沙にはそんなジレンマだかクズの正当化じみたものに心当たりは無い。ただ教隕のドタキャンと、格好つけて誤魔化してるようなスカした態度が気に食わないだけだ。

 顔だけ振り向いた教隕が、魔理沙の「何いってんだコイツ」な顔を見て、自信満々に微笑んだ。教隕の中では、教隕の勘ぐりの方が正しいらしい。魔理沙のリアクションまで含めて「思った通り」と言わんばかり。


「本当に、向いているよ、君は。未来と己に嘆く日には、是非『ねひりん』を信じてみなさい。──“霧雨の”お嬢さん」


「教祖サマ教祖サマ、あの金髪の子、可愛いですよねー。あったわー、私にもあんな頃が──」


 人里の女が割り込んで、談笑しながら「ねひりん」一派が小屋を出てった。


「……何だよ。“今の”はどう意味だよ、おい……おい!」


 吠えてはみたものの、何故だか足が動かない。

 火が入ったままの八卦炉を正面構えて、スペカも無視してぶっ放してやるぞとポーズを決めて、やっぱり何も出来ず。

 取り残されたような気分で、一派の気配が消えるまで立ち尽くしていた。




 少し置いて、魔理沙があばら家の玄関を蹴飛ばして出てきた。文字通り、蹴飛ばした。

 魔理沙のために「いつき」が開けっ放していった戸板をわざわざ閉め直して、それから蹴って、飛ばした。

 見た目に相応しいボロボロスカスカの戸板だったので、少女の脚力でも面白いように飛んでいった。魔理沙の顔は全然面白そうじゃなかった。


「あ、やっと出てきた。もー、何もない所で何してたんですか。わざわざ待っててあげたんですよ?」


「ったく、何なん……あ? あー、おう、完全に忘れてた」


 ブツクサ出てきた魔理沙に、出迎える文。


「ま、忘れられてたろうとは思ってましたがね。あの女に何か言われたのかも知れませんが、気に留めるだけ損ですよ」


「あの女……? お前、最初から知ってたのか!? 教祖の事!」


「は? あ、あーあー、こりゃ失礼。そっちじゃありません。教祖って、あの見るからに背丈のある方でしょう? その隣です」


「隣……? ああ、そういや何か居たな、お茶汲みしてたのが」


 魔理沙の記憶では、例の人里の女は酷く解像度が低かった。

 茶は出すよりマジで出されたいタイプだが、誰が出すかまでは気にしないんだ。私ほど寛容なやつはいない。


「あやや? あの女が原因でない? しかも印象にも残って無くて……なのにヘソ曲げてらっしゃるんです?」


「うるせー余計なお世話だ。それにアッチはどう見てもただの人間だろ? 何してくるってんだよ」


「ふーむ……私なんて、あの女が居たから適当こいて入るの止めたくらいなのに……そのくらい教祖の方がインパクトあったって事ですかねえ」


 あの女はですね。一度、別件の取材があって、話した事があるんですよ。

 何と言いますか、まー……話をしたんなら、ありませんでした? 空気読まずに話遮ってどうでもいい話を始めたり、目の前で見聞きしてたはずなのに中途半端に頭に入ってなかったり。

 渋々話を合わせてみても、口を開けば内容もトンチンカンばっかりでして。例えるなら……。


 私が何の気無しの雑談でもしてて、「道が2つに分かれていたから、枝を倒して右に行ってみた」って話をするとします。普通だったら「へー」とか「それで何かあったの?」とか、そんなんでいい話じゃないですか。

 でも彼女の場合、「私が左の道を選んだら何が起こったと思う?」ってな具合ですよ。何でこの程度の話で、そんな方向に膨らませて、付き合わなきゃならんのだと。


 何より距離感がトチ狂ってると言いましょうか、初対面で、仕事で声かけてきただけの私に妙に馴れ馴れしい上に独善的で。

 途中から取材をぶった切って「折角会ったんだから、こんな事してるよりそこの茶屋で一服しよう」ですよ。「奢ったげるから」とかそういう問題じゃないんです。

 丁重にお断りすれば、まるで私が酷い裏切りでも働いたように露骨に機嫌悪くして、私が誘いに乗らないのがいかに不誠実かと説教まで始める始末です。


 結局、ろくな情報も得られず、あの女の自分語りに半刻余り付き合わされましたよ。

 あんなのはもう二度とゴメンだと思ってたら、向こうは顔覚えてる上に人里で私を見つけると、まるで友人にでもなったかのように声かけてくるんですよ。物陰で張り込んでようがお構いなし……。


「ほーん……聞いててもやべーやつって感じはしないけどな。妖精とかも大概そんな感じだろ」


「あなたは少し、人間である自覚を取り戻すべきです。社会で生きてる妙齢の人間が妖精じみてるなんてどうかしてますよ。それに百聞は一見に如かずです。こうして口で説明するだけでは、あの厄介は伝わりきらないんでしょう。それにあの女は──」


 魔理沙の中で、文の話に共感できたのは一点。「自分語りに付き合わされた」。

 記憶の中から、人里の女の振る舞いをどうにか掘り起こすと何となく分かる。

 お茶汲みしながら客のもてなしに無頓着。教隕に対しての懐いてるような、自分が面白がる道具に使ってるような態度。話題の端々から当てずっぽうに自分を絡めて割り込んでくる。

 人里の女のあれは、周りを無視しているのではない。自分の話しか出てこない気質なのだろう。きっと何を学んで弁えようとも。結果は似たようなものだが、根本が違う。


「──そもそもですね、匂うんですよ。世の中ままならないのを余所の所為にする連中特有の臭さがプンプンと。あーいう手合は大抵、『働きもせずグータラし通しの自分が金持ちじゃないのは他人のせいだ』とか大真面目に吹聴するんですよ。貧しいなりに粋筋探して働く河原者の尊さとは雲泥の差です。妖怪だろうが人間だろうが最も軽蔑に値します。外の世界じゃ、ああいうのが増えてるそうですよ。職も無く、学も無く、社会がハードモード過ぎるのが悪いって戦う前からダラけて、異国の皇子様みたいな救いだけ要求するようなのが。誰しもが平等に世界に己を示し戦い続ける中、容易く成功する抜け道が自分に無いのは不公平だと心の底から嘆き……ちょっと、聞いてます?」


「んにゃ全然?」


「でしょうねえ……」


「『でしょうね』も何も、気に入らないやつの話なんか、楽しくも無いだろうにいつまで続けてんだよ」


「ぐ」


 自覚が無かったわけじゃないが、まさか魔理沙に、さっきまでご機嫌ナナメだった少女に刺されるとは思ってなかった。


「それより『ねひりん』だろ? っあーくそ、何か仕事があるとか言ってやがったが、結局はぐらかされちまった。これじゃ振り出しじゃないか」


 魔理沙の方はすっかり落ち着いている。努力タイプは切り替えも早い。


「……オッホン。そうですかそうですか。魔理沙さんはこの後、どこに行けば良いかアテが無いと?」


「ああそうだよ。あの教祖、偉そうに人の事勝手にあーだこーだ言うだけ言って……おい何だよ、その気味悪いニヤけ面は?」


「いえ、ねえ。いえいえ……フッフッフッフ」


 目も口もほっそりさせて、あからさまに魔理沙を見下してくる文。

 手に持った手帳をチラつかせてくる。


「あー……出てきた連中から何か聞いてるのか?」


「はい、せいかーい♪ これでイーブンとしてあげましょう」


「何の話だ?」


「いえいえ私事です。先ほどですね、3人組の中で『いつき』さんが別行動とりまして、見るからに私を探してらしたので会いに行ってやったわけです。あの女が完全に消えたのを見計らってから」


「天狗でもただの人間そこまで嫌えるモンなんだなあ」


「それで『いつき』さん曰く、教祖から言伝がある、と。文脈的に、魔理沙さんに言いそびれた事がある印象でしたね」


「お……?」


「『どうしても競いたくなったら、お山の高くに、ウチの有力者が屋敷を借りている。そうお嬢さんに伝えてほしい』……と」


 手帳に書き写した文面読み上げる文。

 手帳から顔を上げると、魔理沙の眉間がシワだらけ。


「あんにゃろう……あっちから煽っといて何様のつもりだッタク!」


「山の上の屋敷なら心当たりがあります。案内しますんで道中、一部始終と教祖の情報、よろしくお願いしますね」


「前金制な」


「やれやれ、そういったとこは抜け目ないですねえ」




 フワリと浮かぶ魔理沙と文。

 文が財布を取り出し一握り手渡し、魔理沙が受け取ると、ほぼ同時にスタートダッシュ。山の山頂付近へ。

 スピードタイプの2人には、これでもまだまだ徐行運転。




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