魔理沙・文編02「朝妄晩枯のサエバラ老百足」
竹林で隠岐奈の関係者を散々追いかけ回した魔理沙と射命丸。
その関係者と余り関係ない所で、「ねひりん教は山の麓の河原で集会を開く」という情報を得た。
何はともあれ妖怪の山へ向かった2人。
結構な広さの河と砂利と大小の岩、更に外側は森ばかり。
魔理沙と文は、転がってる岩に適当に腰を降ろして、ぼけーっとしている。
「寄り合いなら、この辺が一番勝手が良さそうなんだが……だーれも居ないな」
「今日は開催日じゃないのかもですね。毎日こんな所に通うなんて、妖怪だってそうそうやれっこないですし」
「『こんな所』なんて言うほど悪い場所にも見えないがなあ。酒と肉持ち寄って火でもおこせば盛り上がりそうだぞ。何なら風が凌げりゃ野宿も悪くなさそうだ」」
「ふっふっふ。そんな呑気が言えるんだから、良い時代になったもんですよまったく」
「何だ、急に老け込んで?」
「玄人のコメントってやつです。河原ってのは、昔からろくでもない場所と相場が決まってるんですよ」
射命丸先生の歴史講座。
「河原者」という言葉がある通り、河原は共同体から追い出された老病人、貧乏人、不具者に前科者、様々な厄介者が流れ着く場所なのです。
河原は簡単に増水氾濫してしまう危険な土地でして、やむなく住み着く者は雨が降る度に身を震わせるのです。命も財産も、土地の原型ごと跡形もなく流されてしまいますからね。
ちなみに、先ほど立ち寄った竹林も、昔の人間にとっては似たようなものだったんですよ。
土の下まで竹に占拠されてるので農作物が作れない。なのでお上が管理を放棄した無法の土地であり、筍ばかり齧って、涙ぐましく竹細工を拵え、遠い都とを往復して今日明日生きる小銭をどうにか稼ぐだけの毎日……。
竹やぶの奥で隠れるように、痩せ細った先行き短い老夫婦一組だけが労働漬けの虚しい余生を送るなんて最底辺の生活が、ほんの少し前まで現実にあったわけです。
「河原が大体開けた形してるのも、洪水が土地を削り続けた証ですからね。歴史を知る者にとって、まあ何とも使うに難い土地なんですよ」
「ほーん。竹やぶで河原の話聞いて微妙そうな面してたのも、ゲンが悪いからか?」
「そこは『お上が管理を放棄』って部分です。『河原』と『沢』の区別は曖昧で、そして『沢』とは古来より『山』の対極、火と水のような関係とされるのです。すなわち、『ここ山って言って良いか分かんないし、遠いしすぐ氾濫するしで、管理するの面倒くさいけど、縄張りって事にはしときたいのよね』という切実な事情が」
「あー、天狗も放っぽってるから、『ねひりん』が勝手してても文句言いづらいってか。くっだんねーなー」
ケラケラ笑う魔理沙。
ヘソ曲げたフリとかしてみる文。
ちょっと置いて、ウフフアハハと笑い合ったり。
とても和やか。
野生のナズーリンも、見知らぬ妖怪にのどかに齧られている。
「お前ら! 頼むから、現実を見アイダダダダダッ! 変な所を齧るな!」
「むが、がもも……どうもコクが足りんが、腹が減っては贅沢は言えん」
助けを求めるナズーリン。
服ごと噛みついてるので布の味しかしてない見知らぬ妖怪。
「ところで、用のない現実にわざわざ思い悩む事ほど、時間の無駄になるものは無いと思うんですよ」
「河原の話か? 面倒ってんならもう、その辺の妖怪にでもくれちまえよ。でなきゃほら、守矢の奴らなら土地なんて幾らでも欲しがるだろ」
「いやー、事故を呼ぶ物件なんて、結局どこも本気で取ろうとしないものでして。天狗の中にも意見としては、河原がフリーの土地であるからこそ河原者を育む土壌とでも言いましょうか──」
「お前ら覚えてろぉッ!」
改めて、2人の目の前で、ナズーリンが妖怪に齧られている。
放っといて河原を散策したいのが正直な所だが、この妖怪が地味に邪魔。
何と言っても、胴が長い。
全体の輪郭は人型だが、腰の辺りから服と胴が幾らでも伸びて、とぐろを巻いた胴体だけで魔理沙達の居る側の砂利を横断せんばかり。ナズーリンを胴体で雁字搦めにして動きを封じているが、自分の胴が邪魔で捕食が全然進んでいない。
物珍しいのと、これから「ねひりん」探しで運動するのを考えると弾幕ごっこもちょっとめんどい。ひとまず河原の清水でも飲みつつ一息ついていた所。山のお水は河童と守矢の太鼓判。
けれど雑談が終わってみても、生存競争はまだ決着ついてない。
「……そろそろネタ尽きたな。この調子だと、マジで日が暮れるまでやりあってそうだ」
「全く、小物同士の泥仕合は見るに堪えませんねぇ」
「小物ねぇ……あの『もも』とか言う長っがい妖怪、一応『百足』なんだろ? 山の百足っつったら、いつだったか心当たりあるんだが……」
「私もその心当たりは存じてますが、アレとは同じ『百足』でも似ても似つかないくすんだ紛い物です。昔は大妖怪だったとは本人の弁ですが、さてどうだか」
「今じゃ小動物齧ろうとして手間ばっか食ってるもんなあ」
「だから、ネズミを甘く見るなと言ダダダダダダ耳はやめろ耳はッ!」
「もぐもぐ、むが……うむ、額に矢を受けてしまってな」
ナズーリンを噛みほぐそうとしていた「もも」という百足妖怪が、獲物から顎を離して、よだれをボタボタ落としながら魔理沙達の会話に割り込んだ。
「いや聞いてたんかい」
「二言目には毎度『額に矢』ですよ。何なら三言四言目でも脈絡無視して繰り返します。本当に『聞いて』いたのかも怪しいです」
「んにゃー、ちゃんと聞いとったよ。しかし、今では額に矢を受けてしまったのでな。んがぁ」
「噛むなぁッ! 離せぇッ!」
「本当に繰り返しやがった……これでも大百足だとはなあ」
「麒麟も老いては駑馬に劣る……とりあえず、埒が明かないなら仕方ありません。面倒くさいですが、まとめて吹っ飛ばしてあげましょう」
本当に本当に面倒くさそうに立ち上がり、文が葉扇をセット。
「お、おい待てッ! 私は被害者だぞッ! おい!?」
「そーれどっこいせ……っと」
ナズーリンの渾身の抗議。耳には聞こえても頭が聞いてない。
葉扇を一振り。雨粒みたいに砂利が浮き、「もも」の巨体も浮き上がる。
「もが、ぉご……? ぉがががが……!」
「ぬあああああああッ!!」
砂利礫を浴びせられつつ、グルグルガラガラ飛んでいく。
一回地面にワンバウンド、衝撃で横の力が上になり、空高く跳ね上がる。
しかし二度目の落下予測地点、よく見ると人影がひとつ。
「「あっ」」
魔理沙と文が、「これは流石にスプラッタ?」とでも思った時、人影と「もも」がピタリと重なり……。
「せぇいっ!!」
あわや潰れるその瞬間。人影から、おしとやか+威勢の良い声。
「もも」とついでにナズーリンが、ガシリと人影に受け止められた。
「ありゃ!? た、手力男でもおいでなさいました!?」
「いや、今の声、聞き覚えが……」
呆気に取られてる内に、人影が「もも」を脇に荷降ろし。巨体に登ってナズーリンを回収し、河の水で頭を洗ってあげている。
「歯型だらけですが、大きな傷は無さそうですね。よかった」
「うぅ、ひどい目にあった……」
その辺りで、ようやく「もも」が日陰になって曖昧だった人影の正体が見えてくる。
「あ……やっぱり聖だ」
「あらまあ命蓮寺のご住職。永遠亭に行ってると聞いてたのに、現場で会えないと思ったら」
聖白蓮ご住職、ナズーリンを軽く洗い終えると、魔理沙と文をチラと見た後、「もも」の容態を確かめる。
「お、ありゃあアレだな。『死亡確認』ってなるやつだ」
「亡くなってません、気絶してるだけです! 全く、あなた方自身が下手人になる事をそんな楽しそうに揶揄するなんて、呆れてものも言えませんよ」
ツッコミを欠かさないまじめなご住職。しっかり振り向いて、ちょっと遠くの魔理沙の目をまっすぐ見つめながら。
「だって私、関係ないしなあ。ヤッたのはコイツだし」
「どうもどうも、ご紹介にあずかりました私です。私も、妖怪やら魔法使いやらがヤッたヤられたに目くじら立てるなんて、わけが分からなくて二の句が継げませんよ」
「あぁもう、あなた達は……」
ご住職、深くため息。「もも」の体の砂利を払い、よっこら担いで河原の端まで運んで、斜面だか崖だかに寄りかからせる感じで休ませる。
とりあえず情報になりそうだからと、その後ろをブラブラついてった魔理沙と文。もちろん手伝ってない。
運搬作業が一段落して、向かい合う魔理沙と文と聖白蓮。
ちなみにナズーリンは河で疲労困憊。ため息挟みながらノロノロと、ベッタベタのよだれを落とせるだけ落とそうとしている。
「どうもどうも、改めて私こと、清く正しい『文々。新聞』です。本日は、住職自らこんな辺鄙な所へどういったご用で──」
「誤魔化さないでください。罪もないナズーリンが襲われるのを放置して、あまつさえまとめて危害を加えようだなんて……経緯に携わらずとも、見れば分かるんですからね」
「おやおや坊主がお冠」
聖の眉間がいい感じに寄っている。
魔理沙が「こりゃあちょっと長くなりそうだ」と言いたい顔。
「あいすみません和尚様、些か素行が過ぎました」
「んえっ!?」
「あ、あら……?」
ノータイムで射命丸がまさか繰り出す、幻想郷最速のスピード謝罪。しずしず頭を深く下げて、ついさっき煽ったばかりの同じ口で。
魔理沙も唖然、聖も困惑。
「そ、そうやって上辺だけ取り繕おうとしたって──」
「『ねひりん』の尾も掴めず仕舞いで、らしくもなく気が立っておりました。差し支えなければ後ほど日を改めまして、お詫びと言っては失礼ながら心ばかりの品を備えて正式に──」
頭を上げないまま、形式張った言葉が流れるように。
「え、え? ちょ、ちょっと待ってください! そこまで畏まらなくても……お、表をお上げください!」
たちまち聖の怒りもどこへやら。しどろもどろで文を諭す側に。
深々垂れた頭の下で文が微笑む。
これぞ人間臭い天狗社会を生き抜く処世術。上司への外面はそのまま外への礼儀に応用可能。態度ひとつで取材が進むなら安いもの。
プライドでネタが集まるものかってんですよ、はっはっは。
「そう言っていただけるのでしたら、こちらも恐縮ながらご厚意に甘えまして……」
頭を上げつつ、滑らかにペンと手帳と営業スマイルを取り出す射命丸。
「お互い目的は同じはずです。今しばらくばかり切り替えて、互いの知恵を分け合いませんか。ええもちろん『ねひりん』について」
「あ、あら……? は、はい……」
「……」
魔理沙は口をぽかんとあけたアホ面のまま、文と聖の顔を交互に見るばかりだった。青春真っ只中の少女には、文が何を思って何をしたのかわけが分からぬ。
「えぇ~、一旦まとめますと……まず、かねてより和尚様も『ねひりん』について気にかけており本日、永遠亭の兎から『集会』の情報を得て、そして先程まで河原を捜索していたと」
「はい。やはりお医者様の元にはかねてから『ねひりん教』の方々が訪れていたらしく」
「部下を引き連れてたのは、得意のダウジングでもさせるためか?」
「部下ではありません。ナズーリンには前々から頼んで、『ねひりん教』の信者の足取りを迷惑にならぬ範囲で追わせていたのです。恐らく、ナズーリンも同じような情報を得てここに来たものかと」
「ふむふむ。つまり偶然居合わせたと……(本当に迷惑のない範囲だったかは別として)」
「で、運悪く百足に出くわしたと。そんで聖は何か見つけ……てたら、今頃こんな所まで来て私らと駄弁ってるはず無いか」
「お恥ずかしながら……下流から上流まで歩いてみましたが人っ子一人も見つからず。往復して調べ直す途中でした」
「(飛べば良いじゃないかよ……)」
「(相変わらずちょくちょく肉体派大僧正ですねえ)」
「それにしても、ここ数日雨も無いのに、焚き火であるとかの人が居た形跡すらも無いなんて……率直に言って、本当に集会があるのかも、私には少し……」
「おや、それは確かに気になりますね。私達も和尚様も『河原』と記憶しているからには我々の勘違いという事も無いでしょうし」
「少なくとも集会をどっかで開いてるって事自体はガセじゃないはずだな。こっちは2人分裏取ってるんだ」
「例えば、こう考えるのはどうでしょう。ガセの居場所を告げて誘い込み、隙だらけの入信希望者を後ろから……」
「それでは今頃、宗教として世間に知られては居ないはずです」
「河原の追い剥ぎの噂が立つな」
「ですよねー。となると……捜査は行き詰まり、ですかねぇ」
「だったら、信者の足取り少しは寺の方で掴めてんだろ? 何人か紹介してくれよ。『河原に何も無かったぞ』とか言えば何かボロ出すやつも出てくるだろ」
「騙されてると決まったわけではありませんが、聞き込み自体は悪くないですね」
「他人様のプライバシーを明かすのは気が進みませんが……判断はナズーリンに任せます。私は一度、ナズーリンを寺で労ってから今一度──あら、ナズーリンは?」
河を見る聖。ナズーリンの姿がない。
「ああ、それなら話の最中に、百足の方行ったぞ。あ、ほらアレだ」
ちょっと離れた「もも」を指差す魔理沙。目覚めた途端に餌扱いされては鬱陶しいので、誰ともなしに距離開けてた。
未だに「もも」は意識も体も伸びに伸びている。もとい、意識は気絶から昼寝にシフトしてるくさい。
そんな「もも」の適当な胴体を、ナズーリンが執拗に踏みつけている。「もも」は鼻提灯でも吹かしそうなほど安らかな顔だった。揺り籠くらいに感じてるのかもしれない。
「こ、こら、おやめなさいナズーリン!」
駆け寄る聖。魔理沙と文も後を追う。情報が得られるかはナズーリン次第なので仕方ない。
「この、この! 散々弄んでくれやがって、この……!」
「やめなさいナズーリン、いくらあなたでも見過ごせませんよ!」
聖がナズーリンを引き剥がし、ついでにびっくり。河で洗ってる最中にズッコケたらしく、足の先までグッショリ。
「この耄碌薄らボケ虫! 転んで水浸しになってもまだヌルヌルする! 百足は唾きにまみれる側だろうが!」
「暴言は撤回なさい! 生老病死に四苦八苦、誰しも望んで零落などしないものです!」
「だったら分相応に慎むのが道理ってものだ!」
「それでもあなたは御使いですか! 頭を冷やしなさい!」
「頭以外は冷え切ってそうですがねえ」
「それにしても何か……あ、やっぱりクサい! こんだけ丸洗いされてるのにまだよだれクサっ!」
「うがあああああっ!!」
「ナズーリン! ああ、もう……ごめんなさい!」
聖の脳天チョップが炸裂し、ナズーリンは静かになった。
「死亡確認だな」
「生きてますから!!」
何やかんやあって、聖はナズーリンを抱きかかえて命蓮寺へ、風呂を沸かしに帰っていった。
「結局、信者の居場所聞けずじまいだったな」
「ま、あの様子じゃとても聞き出せなかったでしょうし。あんなにブチ切れてたのに、私達でなく無力な百足に当たり散らしてたのが如何にもって感じでしたねえ」
「いやはや、あの野ネズミさんだけなら、『お誘い』しても良かったかもしれませんがね~」
「「……ん??」」
もう一人、会話に割り込んできた。今は二人っきりのはず。
後ろを向くと、これまた見知らぬ女が宙に浮いてる。足音がしなかったので気付くのが遅れたようだ。
「お初お目にかかります。一部始終は見受けさせていただきました。わたくし……『ねひりん』の者にございます」
ちょっとナズーリンを荒ぶらせ過ぎたかもしれませんがご容赦下さい。




