たった一つの可能性
お待たせいたしました。
今回は少し短いです。
「じゃあ、これからの事を真面目に話そうか……ふっ」
「………何が可笑しいんですか?」
「いや、だって……ぶふっ!」
「一回本気で殴られたいっすか?」
先ほどから二人の顔を見てニヤニヤが止まらない葉山に対してジト目で睨む八咫と神條。
迂闊だった。
あんな光景を一番見られたら嫌な人物にガッツリ見られてしまっていたのだから。
もう二人は羞恥心と後悔で頭がいっぱいだ。
「し、失敬失敬……!くくっ……!!」
バンバンと机を叩き笑いを何とか堪えている葉山を見てもはや殺意まで湧いてくる。
今から滑って頭をぶつけて記憶が無くなってくれないかと密かに思う二人に対して葉山は遂に笑いが堪えきれなくなってしまった。
「はははっ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!いひっ!イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「なぁコイツ一回本気で殴っていいか!?ここまで笑われることなのかよ!?」
「悠々真……!堪えて……!私も同じ気持ちだけどここで手を出したら何か負けた気がする………!!」
まるで壊れた機械のようにぶっ壊れた笑い声を上げる葉山に怒りのゲージが有頂天に達するが何とかあの顔を殴る事を堪える二人。
だがここで葉山が爆弾を投下する。
「ぷぷぷ……!!あーお腹が痛い。いやー、あの動揺の仕方最高に初々しかったよ!さながら全く経験のない陰気童貞くんと陰気処女ちゃんを見ているみたいだった!」
「「あぁん!?」」
この腐れ畜生をぶっ殺すべき各々の異能をガチ展開する神條と八咫。
だが、これにより図星だったという証明になってしまった事を彼らは知らない。
葉山はケラケラと笑いながら改めて今の状況を整理するためモニターをつける。
するとそこには無数のカメラ映像が映し出された。
映像から町の至る所に警察の手がまわっていて着々と逃げ場が無くなっているのが分かる。
あと一時間もしないうちに居場所もバレるだろう。
その光景に神條は舌打ちをし、八咫は暗い表情を浮かべる。
「さて、これからの事だが……キミたちには三通りほど選択肢がある。まず一つは別の島への移住。だがこれは成功する確率は極めて低いうえに十中八九近いうちにその島でも狙われることになるだろう。つまりただの時間稼ぎにしかならないしあまりオススメしない。二つ目は素直に投降する。八咫くんは百二十パーセント殺されるだろうが、神條くんは生き残ることが出来るけど……」
「ふざけんな」
「だろうね。キミはそんな選択肢はしない、つまり必然的に最後の選択肢に行くしかなくなる……私にとっては残念な選択肢だけどね」
そう言うと葉山は残念そうにモニターにつながるパソコンのファイルを開く。
するとあるビルの立体図とそこに存在している思われる地図、そしてそのビルの中の部屋がが映し出される。
「先に言っておこう。八咫くんの中にある神焉の巫女はもう完全に取り出すのは不可能だ。それは私が意地悪でしない訳じゃない。肉体と完全に融合しているため取り除くことが出来ないんだ。彼ら警察が殺すしかないと言ったのはコレも関係しているんだよね」
「それじゃあ解決策なんて……」
「そう思うだろう八咫くん。でもあるんだなこれが」
「ッ!?それって一体……!?」
「まぁまぁ神條くん取り敢えず私の話を聞きたまえ。まず私たちは研究を一度失敗しているんだよ?神焉の巫女の制御不能によって十年前の大規模な事故を起こしてしまった。だけどね、そんな勿体ない失敗をもうするわけないだろう?」
そう言うと葉山はポケットから一つのリングを取り出した。そのリングには何かが元々埋め込まれていたのか不自然な窪みのようなものがある。
「なんだこれ?」
「リング?」
「私が開発したEVOL抑制装置だよ。これを付けた者のEVOL細胞を強制的に抑制させて異能力すら封じ込めることが出来る」
「「はぁ!?」」
「まぁ、まだ未完成なんだけどね」
神條と八咫は驚愕し目を見開いた。
それも当然だ。
絶望しかない状況で二人が生き残ることが出来る可能性が出てきたのだから。
夢でも幻でもない、本当のハッピーエンドへの道が切り開かれた。
心から安堵する二人を横目に葉山はずっとでも実験がなぁとぶつぶつ呟きながら渋い顔をしている。
「そ、それで!どうすれば完成できるんですか!?」
「はぁ……えっ、あぁそうだった。このリングはそこにある窪みにとある石をはめ込むことで完成するんだ」
「石……か……それで?その石は何処にあるんだ?
「このモニターに映っているビルだよ。君たちには頑張ってこのビルの最上階にある石をとってきて欲しいんだけど…………」
「そんくらいなら別に大丈夫だけどさ。そこ何処なんだよ?」
問いかける神條に葉山は汗をダラダラとながし顔を横に逸らす。
それ聞くよねーと言わんばかりに目が泳ぎまくっておりモジモジと身体をくねらせる。
………何か嫌な匂いがぷんぷんとしてきた。
「………本部」
「あ?」
「火ノ鳥島警視庁本部……実は昔に取られてたんだ〜あはは……テヘ♡」
唐突な死刑宣告に神條と八咫はまた頭を抱えた。
〜???〜
「準備出来たか?」
俺は仲間である三人の顔を見て聞いてみる。
「オッケーッス」
「だ、大丈夫です」
「………貴方はどうなの?榊原くん?」
まさか返ってくるとは思わなかったな。
「俺は大丈夫さ………多分な」
「多分ってそんな曖昧な」
曖昧って言われてもなぁ……。
俺自身あんまりわかってねぇし。
だって初めてなんだから。
初めてあいつと………。
やべぇ、考えただけで手が震えてくる。
不安で?恐怖で?
いや違う。
「あのー?やっぱり大丈夫じゃないッスよねー?」
「………いや、やっぱ大丈夫だわ」
「その隊長の自信は何処から来るんですか?」
「さぁね……」
雨宮が聞いてくるけど俺は軽く流して指をポキポキと鳴らす。
この震えは恐れなんかじゃねぇ。
一体何かわかんねーけどそれだけは今分かる。
「さぁてと!行きますか!!」
俺は気合いを入れてアイツの元に向かう。
俺の我儘、付き合ってもらうぜ?悠々真。
〜第一区火ノ鳥島警視庁本部周辺〜
「うっわぁ………」
「どう?」
「ダメだわ百パー突破不可能だわ」
神條はそう言うと葉山から借りた双眼鏡をしまいため息をつく。
あのクソッタレな事実上の死刑宣告を受けて、二人は何とか警視庁内に侵入出来ないか探っていた。
だが、警戒体制は常にマックスであり入るどころか近づくことすら出来ない。
という訳である程度離れた場所からチャンスを伺っていたのだが、そんな簡単に入れるはずも無くお手上げ状態であった。
「どうする?最悪警官の姿に偽装して入る?」
「いや、見た感じ入るには顔認証と指紋認証が必要っぽい。もし人の目は騙せても結局入れねー」
「そっかぁ………事情を聞いてくれれば楽なんだけど」
「まぁ誰も信じねーだろうな」
「だよねー」
本格的にどうすればいいのか分からなくなってきた二人。
こうしている間にも捜査範囲は増えていきいずれ捕まってしまうだろう。
すでに地上には大量の警官、上空には無数のヘリが飛んでおり、迂闊に移動すら出来ない状態だ。
「こうなったら最悪正面突破するしかねぇか」
「望みは薄いけど、そうするしかないかもね……」
「取り敢えず一回戻って作戦をー」
そんな時だった。
彼らの背にゾワリとした悪寒が急にはしった。
まるで背後にキンキンに冷やした缶ジュースをいきなり押しつけられたみたいな少し痛みが来るような寒気のようなものに近かった。
「(八咫)」
「(うん、わかってる。誰かに見られてる)」
これにより彼らは直ぐに臨戦態勢に入り、後ろを振り向く。
だが其処には誰も居なかった。
何もない道だけが広がっているただただ静かな風景がそこに広がっていた。
それだけのはずなのに神條と八咫は警戒心がより強まり大きな違和感を感じていた。
「悠々真…おかしくない……!?」
「あぁ……おかしい……あまりにも静かすぎる……!!」
そう、無数のヘリや警察官がいたはずなのに音が何一つ聞こえないのだ。
機械や足跡、声すら聞こえることはなく、ただただ静寂がその場を支配していた。
よくよく辺りを見渡すと、さっきまでいた警察官や上空を飛んでいたヘリがそこにはなかった。
まるで彼らとそこの場所だけ切り取られて何もない別の世界に無理矢理貼り付けられたような不思議な感覚。
「よぉ」
そんな静寂を破ったのは神條でも八咫でもない一人の少年だった。
神條と八咫が其方を向くと其処には黒いスーツを見に纏い三人の少女を連れている赤髪短髪の見知った少年の姿があった。
相変わらずピアスをつけておりチャラチャラとした見た目をしているがその目には普段の優しい彼とは違う獲物に狙いを定めた肉食獣のような眼力を此方に向けている。
榊原新太。
神條にとってもう一人の大切な存在が其処にいた。
「クッソ早い再会だな、新太」
「………………………………………」
「何か言えよテメェ……言っとくが八咫は殺させねぇぞ…………………!!」
神條は咄嗟に八咫を庇うように榊原の前に立ち塞がる。
何時でも戦闘できる態勢をとって最大限の警戒を彼に向ける。
だが榊原からは殺意はおろか敵意すら感じられなかった。
そして、まるでいつものノリのように榊原は清々しい顔でこう言うのだった。
「なぁ悠々真、俺と一対一してくんね?八咫眞尋のこと関係無しに」
「………………………………………………………………………………………………はぁ?」
「頼む!」
「えっあっえっ?や、八咫は関係無しにって………?」
「大丈夫、絶対に手は出さねーよ。ただただお前とぶつかりてえんだ」
拳を突きつけて意気揚々と頼み込む親友に神條はただただ困惑した。
よくよく見ると彼の背後にいる少女たちも頭を抱えてやれやれと言わんばかりにため息を吐いている。
つまり本当に八咫を殺すためではなく、何故か自分と喧嘩するためだけにここに来たのか?
一体何の為に?
頭に?が大量に浮かぶ神條に榊原は真っ直ぐな目で此方を伺っている。
はぁぁぁっと深いため息を吐き神條はしょうがなさそうに返事をする。
「いいけどよ………ボコされても文句言うなよ……!」
「サンキュー!マイベストフレンド!!」
神條悠々真と榊原新太。
今までぶつかってこなかった彼らが初めてこの日ぶつかり合う。