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ヒーローの目覚め


〜廃病院の入り口前〜



「……よし!」


朝の五時半ごろ。

八咫は一人でその場を後にしようとしていた。


「(……もう、巻き込めないよね)」


廃病院の方を振り向き、八咫は神條のことを思い浮かべる。

たった数時間だけの関係だったが彼女にとってもっとも大切な人物だった。

できることならもっと彼のことを知りたいという欲が出てしまう。

だがそれは出来ない。

これ以上神條と関わると彼も巻き込んでしまう。

彼を失うことは今の彼女にとって最も苦痛なことであるから。


「……元気でね、悠々真」


もし、今から自分がすることを知ったら彼はどういう反応をするのだろうか?

怒るのか?

悲しむのか?

それとも………。

ダメだ……辛い………。

八咫は首を横に振り考えらことを辞めて、よしっと気合いを入れて足を進める。

そんな時だった。

心臓の部分がぎゅっと握られるような激痛が走った。

それと同時に彼女の瞳から一筋の雫が頬を伝る。


「あれれぇ…?まだ完治してないからかなぁ……?痛すぎて涙まで出ちゃったよ……ははっ……はははっ…!」


流れる雫を拭いながら彼女は歩みを止めない。

だが涙が枯れることと胸が締め付けられるような痛みは消えることはなかった。



〜???〜



ここは、何処だ?


周りを見渡すとそこは真っ暗闇の世界だった。


何も見えず、吐き気を催すほどの異臭と微かに啜り泣く声が聞こえてくる。


俺は鳴き声の方向へゆっくりと向かっていく。


そちらに進むにつれて、声がどんどん大きくなっていく。


どんどん歩いていくと少し先に、うずくまっている人が微かに見えた。


外見から見るに六歳くらいの少女だろうか?


少女の外見をよく見ると至る所に傷があり、服もぼろぼろだった。


俺はまた足を進めようとするが、足が固定されたように動かなくなってしまった。


「……いで」


少女の言葉が微かに聞こえてくる。

その声に俺は驚愕した。


「や……た…………?」


そう少し声は幼いがその声に纏っている雰囲気は俺が知っている八咫眞尋とそっくりだった。


そしてそう認識するとその少女の外見は俺の知る八咫眞尋の姿に変わっていた。


「一人に……しないで………!」


その時、彼女を覆いつくすように黒い闇が津波のように襲いかかっていく。


「八咫!八咫ぁ!」


俺は動かない足を必死に動かそうともがき、手を彼女に伸ばす。


彼女はこちらに気づき反射的に手を伸ばそうとするが少し迷った後に此方に悲しげな笑みを見せると、後ろを向き自ら闇の方向へと歩んでいく。


行くな…。


やめてくれ…。


「やめろ…やめろ…!!」


俺は静止を促すが彼女は気にすることなく遠くへ歩いていく。

そして、歩みを止めて彼女はまた俺の方に振り返るとまた悲しげな笑みを浮かべ、その瞳から涙を流しながらこう言った。


さよなら……っと。


「やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


俺の叫びは虚しく、彼女は闇に取り込まれてしまった。



〜廃病院の手術室〜



「うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああいう!!」


神條が飛び跳ねる勢いで目を覚ますとそこは昨日と同じくぼろぼろの手術室であった。

身体は熱があるのかと錯覚するくらい熱く、至る所から汗が噴き出しており、心臓の鼓動もとても早かった。


「さっきのは……夢……?」


さっきの光景が夢だと分かると神條はホッと胸を撫で下ろした。

それにしても非現実的な夢でありながら妙にリアリティのある夢だった。

いやあれは夢というより何か違うものと言ったほうが神條をとってしっくりとくる。


「まったく疲れた………おや、神條くん起きたのかい?かなりうなされていたけれど気分はどうかな?」


神條が悪夢のことを考えていると少しぐったりしている葉山が部屋に入ってきた。


「葉山……さん…」


「それにしてもよく寝ていたねぇ。もうお昼の二時に差し掛かる時間だよ?いつも不摂生な生活をしているんじゃないかい?」


「……余計なお世話っすよ。それよりも八咫はどうしたんですか?姿が見えないんですけど?」


神條は辺りをキョロキョロしながら問いかけた。

八咫が寝ていたであろうベッドの布団は綺麗に畳まれており彼女の痕跡はなかった。

葉山はんーっと身体を伸ばしながらこう答える。


「八咫くんかい?あぁそれならキミが目覚める八時間ほど前に出て行ってしまったよ?」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」


彼女の気の抜けた返事に神條の脳は停止してしまった。

昨日あれだけのことがあったにも関わらず一人で出て行ってしまったのか?

葉山からは八咫は神條よりも深い重傷を負っており傷も癒えるには時間がかかると彼は聞かされていた。

そんな状態で警察のホルダーたちと会ってしまっては、今度こそ殺されてしまうだろう。


「どうして……!?どうして止めなかったんだ!?」


「いや、私も止めようとはしたよ?でも彼女がどうしてもって言うから仕方なく……ねっ」


「なんだと………!!」


「おいおいおいおいおい!?あくまで自分一人で大丈夫って言っていたのは彼女なんだぞ!?私は殴られる筋合いはないんじゃないかな!?ほらほら、そうかっかするんじゃないよ。ほらリラックスリラックス」


「……くそっ!!」


神條は彼女を突き飛ばし勢いよくドアを開け外に出ようとする。


「やめておけ」


だがそんな神條を葉山は銃を突きつけて無理矢理止めた。

神條は葉山を睨みつけるが、彼女は涼しい顔をして一歩も引かない。


「うるせぇ!!アンタには関係ねぇだろうが!」


「そういうキミだって関係ないだろう?ここから先は彼女の問題だ。赤の他人であるキミがどうこうするもんじゃないよ。それにキミが行ったとしてもどうするんだい?相手はこの国が誇る最高戦力であるホルダーなんだ。無能力者のキミが行ったとしても犬死にするだけ、いやむしろ足手纏いになるだけだろうね」


「………だけど!」


「それにこれは彼女からの約束でもあるんだ。キミのことを守ってほしいというね」


その言葉に神條は驚いた表情を浮かべた。

葉山は銃を下ろし、彼女には珍しい真剣な眼差しで神條を見つめる。

そして、彼女はおもむろに八咫の過去話を始めた。


「ずっと研究対象として見てきた私には分かるんだけどさ、八咫くんはね、幼少期からずっと孤独だったんだよ。怪しげな研究をしている親の娘というレッテルを貼られてね。友達ができるどころか壮絶なイジメを受けていたんだ」


葉山は立て掛けていた写真に視線をおとす。

そこには彼女と八咫の父親と母親が写っていた。


「五年前のある日、彼らは神焉の巫女を八咫くんに埋め込むさいの手術中に起こった暴走事故により亡くなった。八咫くんにとっては地獄そのものだっただろうね。唯一愛情を注いでもらった家族が死んでしまったのだから。まぁ厳密に言えば真の愛情は注がれていなかったのだけれどね。そこから彼女は凄かったよ。彼女は腐らず日々努力し、打ち解けられる友人を一人、また一人増やしていったのだから。……だがそんな友人たちも、彼女の素性を知ると誰一人として居なくなった…むしろ騙していたと大バッシングさ。まったく可哀想だね〜」


「それが俺を守るようにすることと関係あるのかよ?」


「うへぇ。ここまで聞いてまだ分かんないのかい?キミは本当にニブいねぇ」


やれやれと言わんばかりに肩をすくませる葉山。

彼女の行動にイラついてしまうがグッと堪えて話を聞く。

しょうがないようにため息をつき葉山は神條を指差しこう言った。


「彼女はさ、キミに好意を抱いているんだよ」


「……俺、に?」


困惑する神條に葉山はうなずき理由を説明する。


「だってそうだろう?キミは彼女の素性を知ったとしてもキミは彼女を見捨てず守ろうとした。いいかい?さっき言った通り、彼女は誰からも慕われなかった、誰からも受け入れてくれなかったんだよ。そんな中、キミだけが彼女に手を差し伸べた。キミだけが彼女を本気で思い救おうとしたんだ。……キミは何も役に立たなかった。だけど彼女は言っていたよ。キミが素性を知っても八咫くんを庇った時、キミが危険を顧みず逃げろと言った時、とても嬉しかった、救われたってね」


「……なんだよ、なんだよそれ……!!」


神條は歯を食いしばり、血が滲むほど力強く拳を握った。


「ふざけんな……!!」


さっき見た夢を神條は思い出す。

あれは夢なんかではなかった。

あれは八咫のいつも見て、感じている世界そのものだった。

つまり八咫は今もあんな暗闇の中に囚われているのだ。

それなのに彼女は神條の救いを拒否した。

彼がこの闇の中に引きずり込まれることが嫌だったから。

神條のことが大切だからこそ彼を彼女は否定した!


「葉山さん……俺、やっぱり行くよ………」


「聞いていたのか?キミが行ったとしても………」


「足手纏いになるなんてわかってる!!」


神條は真剣な眼差しで葉山を見つめる。

普段光の灯ってなかった彼の瞳に炎のようなメラメラとした闘志が宿り輝いていた。


「でも、俺はもう決めたんだ」


「………キミは何でそこまで彼女のことを庇う?キミは彼女と接点なんてなかったはずだよ?」


「……そんなの決まってる」


神條はそっと目を閉じ、手の平を胸に当てて思い出す。

実は彼自身、今の今まで分からなかった。

何故こんなにも八咫のことを気になるのか。

何故初対面の相手にここまで感情移入をするのか。

今なら分かる。

彼はもっと彼女のことを知りたい。

もっと色々なことを話したい。

平和な日常を共に過ごしたい。

そして……。

神條はまた思い出す。

初めて会った時に話した時の彼女の笑顔。

悲しげな笑みではなく含みのあるような笑みでもない、ただ純粋な彼女の笑顔。


「俺はアイツが心の底から笑ってる姿をまた見たい!!当たり前な日常ってものを八咫と一緒に過ごしてみたい!!……くだらない理由かもしれない、そんな理由で他人を巻き込むなって言う奴がほとんどかもしれない…だけどそんなの知らねぇ、俺が過ごす世界にはもう八咫が必要なんだ!!!!」


クサイ言葉(セリフ)かもしれない。

世界を相手にするには薄い理由かもしれない。

だが彼にとっては充分だった。

神條悠々真にとって、立ち上がるにはこれ以上ないくらいの動機だった。 

そんな彼を見てもう無駄だと悟ったのか葉山は大きなため息を吐いた。


「……キミが起きる前、警視庁捜査一課の第八番隊隊長である榊原新太くんが訪問してきた」


「新太だって…!?」


初めて知る事実に顔を顰める神條。

こうなってしまっては彼と激突するのは間違いないだろう。


「彼はこう言っていたよ……『もうアンタの実験はここまでだ、今日中に神焉の巫女は破壊する』とね」


「ッ!?それってまさか!?」


「彼女の居場所が特定出来る状態になったのだろうね。隊員の増強や避難準備とかも考慮すると……多分夜の八時くらいには全部隊が作戦を決行するだろうね」


「クソッ!急いで八咫を探さねぇと!!」


「まぁ、待ちたまえよ」


急いで八咫を捜索しようとする神條を葉山はまた止める。

彼女は近くにあったパソコンにUSBメモリを挿すと、モニター上に火ノ鳥島の地図とその中に赤く点滅している光が一つあった。

取り出したタバコを吸いながら彼女は淡々と説明する。


「実は彼女に発信機を付けていてね。役に立って良かったよ」


「よし!じゃあ今からここに向かえば………!」


「いや、まだだよ」


彼女はタバコの煙を吐きながら近くにあった試験管を手に取る。

神條がそれをよく見ると赤い細胞が凄い勢いで分裂と死滅を繰り返しているのがわかる。


「な、なんだよこれ?」


「なぁに、ただのEVOL細胞だよ」


彼女はニチャニチャしながら試験管を弄ぶ。

その姿はどこからどう見てもマッドサイエンティストそのものであった。


「神條くんこんな言葉を知っているかい?目には目を、歯には歯を、そして……ホルダーにはホルダーを」


「………まさか」


「そう今からキミにこの細胞をぶち込む」


「………大丈夫なのか?」


「元々ホルダーに埋め込まれいるTRIGGERもそもそもはEVOLを制御できるようにしたものだからね。原理は同じだよ……ただし、制御できない分肉体がEVOLの侵食に耐えられるかは分からないけど……どうする?」


「おいおい……八咫から死なせないようにって約束されたんじゃなかったか?」


「んーそれはそうだったんだけどさぁー」


葉山は甘ったるい猫のような声をしながらとぼける。

そしてとてつもないほどのゲス顔を浮かべて言い放つ。


「実は私、そんなことを守る義理はないんだよねぇ」


「ハッ!やっぱアンタ真正のクソだな!!」


「ハッハッハッ!褒め言葉として受け取ろうかな!……それで、どうする?八咫くんのために死ぬ覚悟はキミにはあるかなぁ?」


煽るように聞いてくる葉山(クズ)に対して、不敵な笑みを浮かべながら神條は答えた。


「そんなのやるに決まってんだろうが!!」


「ハァーッハッハッ!!やっぱキミもイカれてるよ神條くん!!でも、そうこなくっちゃねぇ!」


神條の返事に対して、愉快にただただ愉快に笑う葉山。

目指すは八咫眞尋の救出。

彼女にとってのヒーローが今立ち上がる。


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