巫女と愛情
〜〜火ノ鳥島警視庁捜査本部〜〜
八咫を奇襲した日から丸一日が立ち、捜査本部では作戦が失敗したせいか辺りはピリピリとしていた。
榊原たち八番隊はそんな中の作戦会議に出席していた。
「神焉の巫女に重傷を負わせといて逃げられただぁ?テメェらどう落とし前つけんだゴルァ!!」
と1人の青年が榊原たちに怒鳴り上げた。
彼の名は桐生凪ト。
第三番隊の隊長で、いつもグラサンをかけており格好もスーツを着崩して金髪でオールバックにしているため、警察官というよりもヤクザに見える。
そんな桐生に対して、榊原は深いため息をついた。
「なんだテメェ!!何か文句あんのか!!」
「いや、テメェみたいな単細胞が隊長かって思ってよ」
「あぁ!?」
「御二方、今はそのように争っている場合ではありませぬ。今こそ自分たちが力を合わせ、困難に打ち勝つ時でありましょう?」
二人の仲裁に入った軍服のようなものを着た少女の名は黒鉄刀華。
第四番隊の隊長であり、とても真面目で誠実な少女であるが苦いものと怖いものが超が付くほど苦手であり、よく他の隊長格にいじられる。
「はっ、そもそもコイツら八番隊がしくじらなきゃこんな事にはならなかっただろーがよ!!」
「いや、其れは榊原殿が説明したように一般人が巻き込まれていたから仕方ないと…」
「うるせぇ!!ギャーギャー言ってるとゴーヤをテメェの口にツッコむぞ黒鉄ェ!!」
「ひぃ!?」
桐生の可愛すぎる脅しに黒鉄はガタガタと震える。
よっぽど苦いのが嫌いなのだろう。
「いいかげんにしてください」
と、ここで第一番隊隊長である天道寺巴が活を入れた。
とても可愛らしい少女で、白と言う言葉がとても似合う女性だ。
その柔らかそうな肌も瞳も長い髪もその着ている和服も全てが真っ白である。
そして、隊長格の中でも一五歳と一番の年下なのに、一番大きく見えてしまう。
「それよりもいち早くに彼女を捕らえることが先決です。言い争いならあとで嫌というほどどうぞ」
「チッわーったよ巴チャン」
「ちゃ、ちゃん……こほん、では始めましょうか。市民の避難誘導はどうなっていますか?」
「はいはーい♪ばーっちりですよ巴ちゃん♪」
そう明るく返事をしたのは第七番隊隊長である少女、朝比奈詩音だ。
ピンク色のメッシュを入れた黒髪をサイドテールにしており、服装もへそだしのシャツに短パンというラフな格好をしている謂わゆる陽気な少女だ。
見た目とは裏腹に幼児系アニメガチ勢である。
「朝比奈がしたのかよ……終わったな」
「むぅ、榊原さん失礼すぎません?これでも朝比奈はやるべきことはしっかりやるタイプなんですけど」
「どうだか。めんどくさーいって理由で五番隊に仕事押し付けたの何処のどいつだよ」
「ギクッ」
「えぇ!?あれって押しつけられてたの!?」
あまりの事実に第五番隊隊長の少年、鈴風千秋は驚愕した。
鈴風はいわゆる男の娘と呼ばれる存在で、さらに優しいことから隊長格唯一の清涼剤と呼ばれている。
押しに弱すぎるためこうやって面倒ごとをよく頼まれてしまうのだ。
「逆にアキはよく引き受けたな」
「うん…どうしてもって頼んでくるから…つい」
「そうか…今度から容赦なく蹴って大丈夫だぞ。コイツのためにならん」
「榊原さん!?」
「コホン、コホン!」
話が逸脱したせいか、天道寺はわざとらしい咳をしてまた話題を戻そうとする。
其れを察した格隊長も話題を戻すことにした。
「では次に彼女の異能の対策はどうですか?」
「それは私たち六番隊がしてる、明日くらいには完璧に解析可能」
そう言ってVサインをする無表情の少女は音無響。
首に猫耳ベッドフォンを首にかけており普段あまり感情を出さない少女だが、猫と音楽が大好きでたまに猫カフェとカラオケに行った時は信じられないくらいテンションがハイになる。
「もしかかりそうなら雨宮を貸そうか?アイツ自身も役に立ちたがってたし」
「ありがとう、とても助かる」
榊原の提案に音無はグッジョブサインで返す。
桐生は面白くないのか舌打ちをするが、朝比奈と天道寺に睨まれてしまいバツの悪い顔をする。
そんな中、鈴風はあっと気づいたことを話す。
「そもそも、何で八咫眞尋さんは神焉の巫女なんてものを宿しているの?ボク全然分からないんだけど?」
「確かにそーですねー、何で密かに開発された最終兵器が一般人なんかに流れたんですかー?」
「それは……まぁ、八咫眞尋が取ったんだろ」
「ホルダーならまだしも、完全に一般人だった彼女に其れは不可能では……?」
うーんと考える彼らだったがまるで思いつかない。
だが、榊原は少しはっとした表情を浮かべた。
「……新太、もしかして心当たり、ある?」
「……まぁ突拍子も無いし単なる仮説だけどな」
「あぁ、仮説だぁ?どんなだよ?」
桐生は勿体ぶる榊原に対してイライラする。
そんな中、天道寺だけは榊原の言わんとしていることが分かっているのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
榊原は重い口を開き、爆弾のような言葉を口にした。
「警察側、国家側にクロがいる」
榊原の発言に彼らは面を食らったのかしばらく何も喋れなかった。
いや、寧ろ何処かで思っていて否定していたところが現実を突きつけられた、そんな感覚の方が近いだろうか。
「そ、そんな……」
「ちょ、ちょっと榊原さーん!冗談でもそんなこと…」
「いや、榊原の説が高いだろうな」
そう言いながら会議室に遅れて入ってきたのは第二番隊隊長、古田智弘。
眼鏡をかけている長身の男性でいつもカルテのようなものを手に持っている。
隊長格の中でも最年長の二十歳であり頼れるお兄さんとして皆から慕われている。
「ふ、古田のアニキ……それってどういうことだよ?」
「……今から十年前にあった大規模な爆破事故、覚えているか?」
「……それって、ある実験の失敗によって火ノ鳥島の一区が吹き飛んだあの?」
「あ、それなら流石にボクも覚えてるよ。確か人類を更に進化させるための研究をしてたって。でもあの事故のせいで研究データは全て水の泡になったらしいけど」
「ああ。音無と鈴風の言う通り研究員も研究データも綺麗さっぱり消えていて終わり……ってはずだった」
胸ポケットからタバコを取り出し口にしながら含みのある言い方をする古田。タバコに火をつけて一服をすると、目の前にあるパソコンにUSBを挿しモニターにあるデータを映す。
それはその研究所の名前が記されていた一つの記録ファイルだった。
「これは……!?」
「あぁ、知り合いのツテを使って必死に探し回ったらコイツを見つけた。密かに残ってたんだよ。いや、復元して密かに研究されてたってのが正しいか………兎に角、コイツを探ってみたんだが、どうやらこの実験に神焉の巫女が関わってるのは確からしい」
「…その実験意図は分からぬのですか?古田殿?」
「すまない。パスワードの解読に時間がかかってるからまだ分からない……だがこの実験に昔から関与しているであろう人物は三人特定出来た」
「一体誰なんですかー?」
朝比奈の問いに古田は煙をふうと吐き、こう告げた。
「葉山桐絵。4区にある廃病院に住み着いているイカれた科学者だ……そしてもう二人は既に亡くなっている…その人物の名は…………」
その名を聞いた瞬間、ここにいる誰もが耳を疑った。
〜〜とある廃病院の一室〜〜
「………はっ!?」
意識を取り戻した神條はその場から跳ね起きた。
そして、ハッと八咫の事が気になって辺りをキョロキョロと見回すと其処には八咫の姿はなく、薄暗い手術室のような光景が広がっている。
そんな時、ドアがギィっと開く音が鳴り其方を振り向くと、一人の女性が優雅にコーヒーを嗜んでいた。
「おや?随分と早いお目覚めだね?私の憶測だとあと二日は寝ていると思っていたが。丸一日グッスリした気分はどうだい?」
「………貴女は?」
「あーそうだね、失敬失敬。私は葉山桐絵という。見ての通りただの何処にでもいる科学者さ。敬意を持って葉山先生と呼んでくれたまえ……ふぅ八咫くんに続き、連続で自分の名を名乗ることなんて久しぶりだよ。しかし自己紹介というものは改めてすると小っ恥ずかしいものだね、神條悠々真くん?」
「っ!どうして俺の名を!?しかも、何故アンタが八咫を知っているんだ!?」
神條の警戒心が一気に上がり葉山を睨みつける。
彼女は呆れたようにはぁーっと長いため息を吐き、ステイステイと言わんばかりに神條に手のひらを向けて宥めようとする。
だが神條は聞く耳を持たないのかずっと葉山睨みつけており、近くにあったメスに手をつけようとしていた。
「まぁ落ち着きたまえよ。先ほど殺されそうになったからそんなに警戒心があるのは否定は仕切れないが、それでは話も出来やしないじゃあないか。大丈夫大丈夫。八咫くんは今屋上で夜風にあたっているだけだから無事だよ。だからそんな危ないものを手につけようとするのは辞めたまえ」
「どうだかな!こちとら警察に殺されかけたんだ!そんな中見ず知らずの奴を信じろって言われて言われても簡単に出来るわけないだろう!?」
「おいおい、そう言うなら湖に落ちて死にかけてた所を助けて匿っているのは私なんだ。もし警察側であれば真っ先に通報していると思うが?そういう訳であるからまず私の言い分くらい聞いてもいいだろう?なぁ?」
葉山の説得に渋々神條は納得し、警戒心を解いた。
やれやれと疲れたように彼女は近くにあった椅子に腰を掛けてリラックスする。
「……八咫は聞かなくていいのか?」
「キミが寝ている間に全て話したさ。全く、彼女はすんなりと聞いてくれてたのにキミときたら……話くらいは聞かないと女にモテないぞ?」
「いいから早く話せよ」
「ハイハイ分かったよ。まず第一にキミが…より正確に言うなら八咫くんが狙われている元凶を作り出したのは私だ。おぉっと待ちたまえ。一から順に話していくからまだ殴るのは辞めたまえ」
神條は手が出そうになる自分を必死に抑える。
この人は俺が最も苦手とするタイプだと彼は彼女に対してヒシヒシと感じた。
そんな事は気にせず、葉山は淡々と話していく。
「キミはホルダーの存在は知っているかい?」
「そんくらいは俺でも知ってるよ」
「そうか、なら話は早い。ホルダーにはTRIGGERというナノマシンが肉体に入っているのだが、それと似たもの……いやそのプロトタイプたる兵器があるのだよ。それが私と私の友人たちで作り上げた究極にして最高のナノマシン、新世界創造兵器〈神焉の巫女〉だ」
「新世界……創造兵器だぁ?」
突拍子も無い話に神條の頭の中は?で埋め尽くさらていく。そんな神條に葉山はわかりやすいように説明しだした。
「神焉の巫女というのはTRIGGERにも入っている超進化細胞であるEVOLを制御するのではなく、EVOL自体を進化させ、未知のエネルギーを生み出し使用することによって人間という枠組みを超えた、超越種を作り出す物なのだよ。それこそその名の通り、神が支配している旧世界に終焉を訪れさせ、新世界へと開く事ができる巫女を作り上げることすら可能さ。神條くん、私たちはね、そんな人類の進化を夢見て十数年前からずっと研究し続けてきたんだよ。まぁ一度失敗し、爆破事故を起こしてしまい多くの被害を出してしまったがね。まぁ誤差だよ、誤差」
「……なんだよ、それ…!!」
葉山の熱弁に神條はただただ怒りしか湧いてこなかった。このような身勝手な願いのせいで彼女はあのような地獄に居ると思うと、自分が命を狙われかけたと思うと沸々と怒りと殺意が湧いてくる。
神條は葉山の胸ぐらを掴み怒りをぶつけた。
「そんな身勝手な理由でアンタはアイツにその兵器を埋め込んだのか!?そのせいで八咫がどんな目に合うかなんてアンタなら分かっていただろうが!?」
「仕方がないだろう?私だって不本意さ。私の友人である二人がもし完成したら良い実験材料があるって聞かないものだからさ。まぁもうその友人は五年前に志半ばで死んでしまったがね」
「誰なんだ!?そんな身勝手な野郎共は!!一体何処のどいつなんだ!!??言え!!!!」
怒りで我を失いかけている神條に対して、葉山はこう答えた。
笑いながらでもなく。
申し訳なさそうでもなく。
ただ冷静に。
ただただ淡々と。
「八咫清次郎と八咫ナツメ。八咫眞尋の実の父親と母親だよ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
時が、止まった。
彼女の発言に、神條の脳は思考を停止した。
自分のために?
娘を売った?
実の子供の未来を奪ったのか?
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………嘘、だ」
「嘘ではないよ。何でそんな事のためにあと胸ぐらをそろそろ離してくれたまえ」
おーいと葉山は神條に問いかけるが、神條は何も耳に入らなかった。
そして胸ぐらから手を離すと一目散に屋上へと向かった。
「{八咫……八咫…………!)」
前に彼女と話した時、彼女はこう言っていた。
今はもう友達はいないと。
恐らくそれは神焉の巫女の存在がバレてしまい、友達が離れてしまった…いや、あの様子であると裏切られた可能性が高い。
しかも、追い討ちをかけるように彼女はもう一人の存在から見捨てられていたのだ。
父親と母親という実の家族に。
生みの親に。
そう、彼女は誰からも愛されてなどいなかった。
心から寄り添える者など誰もいなかった!!
葉山は八咫に全てを話したと言った。
であればこの事を彼女はもう知っているはずだ。
「(たのむ……!杞憂であってくれ…………!!)」
階段を急いで駆け上がりそして……、
バンッ!!と勢いよくドアを開けると、そこにはポツンとベンチに座り夜空を見上げている八咫の姿があった。
気づいたのか此方を見ると彼女はニコッと笑い此方に向かってきた。
「あっ!悠々真起きたんだ!よかったぁ…!大丈夫?痛いところとかない??」
「………あぁ俺は大丈夫だよ…………」
神條は彼女の事を見れなかった。
辛すぎて。
切なすぎて。
言葉が、出てこなかった。
そんな神條を見て八咫は察したのか、少しバツの悪そうな顔をしている。
「………その様子だと、葉山さんから聞いたみたいだねーー」
「………………………………………………………………………………………………………………………あぁ」
「もー!ムカつくよね!あんな愛情込めて育てられたと思ったら実験対象にうってつけだったからなんてさぁー!もーいいもん!これから好きなようにしちゃうもんねーだ!!だからそんな顔しなくていいよ……ねっ」
満面の笑みで此方を向く八咫だが、その目元は赤く腫れている。
恐らく目一杯泣いたのだろう。
泣いて、泣いて、泣きまくって、涙が枯れるまで泣いたというのがいやでもわかる。
本当は悲しいはずなのに彼女は神條を気遣って平気なふりを…………………………………………………。
「ほらっ今日は遅いし寝よっ」
「………あぁ、後で行くよ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん!わかった!」
八咫はタッタッタとその場から去っていく。
神條は屋上に寝転がり、夜空を見上げた。
空は満天の星で埋め尽くされておりとても綺麗だった。
だが、こんなに心が洗われるような絶景でも神條の心はモヤモヤしたものが常にあった。
神條は身体を左に寝返りをうつとそこにはキラキラとしたものがある。
なんだろうと気になって起き上がりそれを拾うとそれはぼろぼろのペンダントであった。
そして中にはある写真が飾られていた。
そこには一人の小さな女の子と優しそうな女性と男性が笑顔で写っている。
小さな女の子が八咫に少し似ていることから、これは八咫の幼少期の写真であろう事がわかる。
「……………………馬鹿野郎……!!」
大丈夫なんかじゃないくせに。
本当は悲しいくせに。
本当は…………………………………………………!!
ギリっと歯を食いしばり、重い足取りで彼は部屋へと戻った。