覚悟
「クソがぁ!!」
榊原は悪態をつくと近くにあった壁を殴る。
あの後榊原たちはやはり殺すのは間違っていると上層部に八咫眞尋の殺害命令を撤回するように申し出たのだが、彼らの意見は通るどころか話すら聞いてくれなかったのだ。
「どいつもこいつも人の命をなんだと思ってやがる……!!」
「……不本意だけど八咫眞尋の殺害を遂行しなきゃいけないですね……」
「わかっています…わかっていますけど……!」
霧島の一言に雨宮は泣きそうな顔で否定しようとする。そんな雨宮を見て霧島は顔を背ける。その顔はどこか悲しさに満ちていた。そんな彼女たちを見て五十嵐は長いため息をしてこう言い放った。
「皆さん甘いッスね。別に自分は上の言ったことはもう賛成ッスけど」
「あぁ?」
「っ!?鈴音ちゃん何言ってるの!?」
「………」
あまりの言葉に榊原は彼女を睨みつける。
雨宮も驚愕し、彼女に対して怒りをぶつけた。
霧島は何も言わないが鋭い眼差しで彼女を見つめている。
五十嵐はおー怖っと言いながらも彼らの圧には屈指ず自分の意見をペラペラと喋りだした。
「だってそうじゃないッスか。隊長たちは殺す必要はないって言ってますけどイコール八咫眞尋が生き続ける限り人類滅亡する確率が絶対に残るッス。しかも考えてみてほしいんスけどそんな化け物と誰が寄り添おうとしますか?つまり彼女はもう誰とも関わり合えない……。それならいっそ殺してあげる方が幸せですし、自分たちの世界も100%守れるッス」
「五十嵐テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!彼女だって人なんだぞ?善良な市民なんだぞ!?もし、彼女が暴動を起こしたってそれをなんとかして止めて救うのが俺たちの仕事だろうが!!!!」
「だけど彼女はただのホルダーじゃないッス。彼女に意思がなくとも、もし暴走した瞬間に世界もろともお陀仏ッスよ?」
「そうなったら何度も俺たちが止めればいい!たとえ命を捨てることになったとしても救えれば俺は文句なんてねぇ!」
「じゃあ、隊長はさっき一緒にいた友人や妹さんがもし巻き込まれて死んでも文句言わないんスか!?」
「なっ…!?」
その五十嵐の言葉に榊原は言葉を失ってしまった。
反論しようとするが神條と妹の当たり前の日常が頭をよぎり上手く反論できない。
五十嵐は俯きながら口を開いた。
その声は何処か震えている。
「……正直、自分だって殺したくないッス………。だけどそれ以上に怖いんスよ。新太さんや有栖さん、みこっちゃんが目の前から居なくなるのが…………今みんなと生きてる日常が無くなってしまうじゃないかってすごく怖いんスよ………………!たとえ間違っていたとしても自分のワガママであったとしてもこれだけは絶対に守り抜きたいんス……だって、みんなは自分にとって唯一の家族ッスもん………………………!!」
「鈴音ちゃん……」
膝から崩れ落ちて涙を流し、肩を震わせる彼女を雨宮は強く抱きしめる。背中をさすり何度も大丈夫だよと耳元で優しく囁く。
そんな五十嵐を見て榊原は歯を食いしばり拳を強く握りしめ、ひどくイラついていた。
だがその怒りは彼女に対してではない。
「悪りぃ、霧島………。ちょっと外の空気吸ってくるわ」
「えっ?ちょっと榊原くん!?」
霧島の静止を振り切り、榊原は逃げるようにその場から走り去る。
目の前を通る人たちの肩に肩がぶつかろうが気にすることなくただ走る。
そうして逃げるように所の外に出て、息を切らしながら空を見上げる。
「(最低だ………)」
榊原は心の中で自分を呪った。
自分自身に対して苛立っていた。
それは、何故自分が人を殺したくないかということを察してしまったからであった。
彼女の言葉を聞き、神條や家族のことを思い浮かべてこう思った……思ってしまった。
もし、自分が手を汚した時に彼らは自分に対してどう思うのか?と。
可哀想、非人道的、正義感、友人、そして家族。
そんな言動ではなく、自分の深層心理はただ嫌われたくないというワガママ。
結局自分のことしか考えてない。
さらには五十嵐とは違い、少しも他人のためではなく完全に自分のための考え。
そんな思いを抱いている自分が情けなくなり怒っていたのだ。
「(最低だ…俺……!!)」
何が警察官だ。
何が隊長だ。
何がホルダーだ。
死ね。
今すぐ死ね。
この世から消え去ってしまえ。
こんなにも自分が情けなく思うのは初めてだった。
「ちくしょう……!ちくしょう……!!」
情けなさのあまり彼の目から涙が一つこぼれ落ちた。
〜〜???〜〜
逃げる。
ただ逃げる。
私が後ろを振り向くと真っ暗な闇のもやが私を飲み込もうと迫ってきている。
オイデ
サビシクナイヨ
モウアキラメナヨ
私を誘惑するようにもやが私に語りかける。
逃げなきゃ。
「あっ…」
何かにつまづき私は転んでしまった。
顔をあげるとそこには無数の骨が散らばっいた。
「ひっ…!」
私は急いでそこから離れようとしたが、地面から現れた無数の鎖が私の身体を縛りあげ身動きがとれなくなってしまった。
「い、いやだ…!」
私は必死に振り解こうとするがまったく身動きがとれず、もうもやは目の前まで来ていた。
私はあまりの恐怖に声も出せずにいた
そしてもやは私を飲み込もうとしこう語りかけた。
ツ カ マ エ タ ヨ。
〜〜神條家〜〜
「いやぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ぴゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
叫びながら起き上がる少女に神條は驚き奇声を上げる。
その拍子に持っていたやかんを手放してしまいそれが足の小指に炸裂した。
「ッ〜〜〜〜!!!!」
あまりの痛さに悶絶しながら床を転げ回る神條。
そんな神條を他所目に少女は慌てて起き上がる。
「ここは…!?」
「ぐっ…ここは俺の家です……クッソマジ痛え……!」
「……あなたは?」
足の小指を必死にさする神條に少女は問いかける。
「あっすいません。俺、神條悠々真っていいます」
「神條さんですか。私は八咫眞尋です。助けてくれてありがとうございます」
「あーどういたしまして…っていうか怪我とか大丈夫ですか?あっ一応警察には連絡してないのでそのへんは不安がらないで大丈夫です」
「ッ…!何から何までありがとうございます……!!傷はもう大丈夫なんで!ほらもう腕だってこんなに動いて……いたぁ!?」
勢いよく腕を振り回した八咫だったが無理をしたせいか傷がまた痛み悶絶してしまう。
あまりのことに神條は笑いを堪えるのに必死だ。
そのことに気づいた八咫はムッと神條を睨むが、全然怖くなかった。
「神條さんって失礼な方ですねっ」
「ぷっ…!すいません、まだ俺高校二年生なんでその辺まだわからないかもしれません」
「私だって高校生ですっ、しかもあなたと同じ二年生です。そんなふうにしてると友達いなくなっちゃいますよ?」
「ゔっ…!地味に合ってるのが辛い……!」
そんなふうな他愛のない会話を楽しくなったのか神條と八咫は小二時間ほど話してしまった。
普段神條はそんなにも人と関わるのが得意では無いが、八咫とはなぜかウマが合い、ついつい喋ってしまった。
「はははッ!こんなに楽しく喋ってたのは久しぶりですっ!ありがとうございます神條さん!」
「…呼びすてでいいっすよ。あと敬語も大丈夫です、こんなにも話した仲ですし」
「……そっか!じゃあ私も呼びすてで呼んでほしい!あっもちろん眞尋のほうで、私も悠々真って呼ぶから♪」
「えぇっ!!いきなりは無理だって……せめて最初は八咫呼びでいいだろ?」
そんな神條を意気地なしー!とぶーぶーブーイングを浴びせる八咫。
「(なんか、思ったよりも明るいコだな…)」
普段は苦手なタイプのはずなのに何故か八咫のことは嫌いになれなかった。寧ろ神條にとってとても好印象な相手であった。
そういえば何故あんなにぼろぼろだったのかということを思い出し、それを聞こうとしたその時……
ピロロロロっと携帯から電話がかかってきた。
その電話相手を見るとこう書かれてあった。
『新太』っと。
〜〜火ノ鳥島警視庁〜〜
あれから二時間ほど経っただろうか?
榊原は屋上でひたすら黄昏れていた。
ずっと自問自答をしているがどう頑張っても自分のためにしか行動できないという結論に至ってしまった。
あまりの心の醜さにもはや笑いが込み上げてくる。
「俺って、こんなにもクズだったんだな……」
「あれ?今自覚した?」
見知った声が聞こえ、そちらを向くとそこには霧島がいた。後輩である二人がいないせいか口調は少し砕けている。霧島はニコッと笑いこちらに向かってくると缶コーヒーを渡してきた。
榊原はサンキュっと軽い礼をして缶コーヒーを受け取る。
「で、何を黄昏れているの?」
「……いや、別に」
「はい、今の応答に少し間がありました。絶対に何かあったでしょう?」
「…何で分かんだよ?」
「伊達にずっと前から榊原くんとチームやってないから」
「……そうかよ」
少し誇らしげに言う霧島に少し笑みをこぼす榊原。
観念したのか自分の悩みを打ち明けることにした。
珍しく暗く話す榊原に霧島は悲しげな顔をしながらも真剣に話を聞いている。
そして一通り話が終わると霧島ははぁっと大きなため息をだしこう言い放った。
「くだらないわね」
「は?」
「聞こえなかった?くだらないといったの」
霧島は不服そうな顔で手に持っていた缶コーヒーを一気飲みすると近くにあったゴミ箱に缶を投げ捨てる。
「いい?好きな人に嫌われたくない、距離を置かれたくないなんて誰でも感じることなの。寧ろそれほどあなたは友人や家族のことを大切だと思っているのだからそれ事態は誇りなさいよ」
それにっと霧島はくるりと榊原の方を向き優しい笑みを浮かべ付け足すように口を開いた。
「私はあなたが最低な人間なんて思わないわ」
「…そんなことねぇよ」
「いいえ、そんなことあります」
榊原の否定に霧島は首を横に振る
そして榊原の両手を包み込むように霧島はそっと手を優しく握った。
「本当の最低な人なんて自分をそんなに責めたりなんてしない。榊原くんが今の自分が醜く思えるのはあなたの心の底に思いやる優しさがあるからよ。どれだけ自己中心的でも自分勝手でも誰かのために戦うことが出来る、そんな優しい心を榊原くんは持ってる。それこそアニメのヒーローみたいなね。そんな榊原くんが隊長だからこそ私たちはずっとついてきたの」
「でも、さっきも言った通り俺は本音では嫌われたくないって思ってるんだよ。人を殺す罪悪感よりも先に他の人のことが気になってしまうんだ。彼女を殺して悲しげな顔をして俺を見る家族や親友が脳裏から離れないんだ……それが俺には耐えられないんだよ」
その言葉を聞き霧島はよかったと呟いた。
そのことに榊原が怪訝な顔をすると彼女は嬉しそうに口を開いた。
「だってあなたは言ったでしょう?悲しげな顔をする家族や親友が耐えられないって。そう、自分が彼らに嫌われたくないってことじゃなくてね。それってよく考えれば、自分の心配じゃなくて他人を無意識に気にしているじゃない」
「………………へ?」
「あなたは自分がどう思われるかを恐れているんじゃない。自分が殺してしまったことで自分の大切な人が悲しんでしまうことを恐れているの」
霧島はそう言い切るが、イマイチピンと来てないのか榊原は呆気にとられていた。その様子に釈然としない霧島は彼のポケットからスマホを奪い、彼がいつも話している名前の履歴をタッチして電話をかけた。
「お、おい!?何すんだ!?」
「どうせなら声を聞いてみなさいよ。そうしたら見えてくるかもしれないわよ?」
そう言うと霧島はスマホを榊原に渡した。
榊原は恐る恐る耳にスマホを当てる。
「……もしもし」
『あーどうした?なんかようかよ?』
電話の相手は彼の大親友である神條悠々真だった。
いつもよく聞き慣れた声なのにやけに緊張する。
ふうっと息を吐き精神を整えて喋りかける。
「ん?いや、ちょっと俺のことが恋しいかなーって思ってさ」
『切るぞ』
「おいおいおい、冗談だって!……なぁ悠々真?もし俺が悪の道に走ったらどう思う?」
『はぁ?何言ってんだおまえ?』
「大丈夫大丈夫、ただ少し気になっただけだからさ」
神條はうーんと考え、そしてこう答えた。
『どうもこうもって無茶苦茶ブチギレるに決まってんだろ。一応ダチなんだから』
「えっ……なんで…?」
『なんでっておまえ、そりゃ悪いことしたらブチギレるに決まってんじゃねぇか。本当に馬鹿なのか?』
「いや、そうじゃなくて……縁切ったりとかしないのか?」
そんな榊原の問いに神條は速攻でこう帰した。
『なんでって、テメェが悪いことしただけなのになんでテメェと縁を切る理由が何処にあんだよ?言っとくが俺はおまえが友達辞めるって言うまで俺はおまえとの縁は絶対断ち切らねぇよ』
その言葉を聞いた途端、榊原の目から涙が溢れ出た。
その優しさが嬉しくて、心の奥底から暖かくなっていくのを感じられた。
と同時にこうも思った。
親友が、悠々真が生きている世界をどんなことをしてでも守りたいと。
「そっか……!そっか………!!」
『おう、つーかそれだけなら俺はもう切るぞ』
「あぁ、またな」
そう告げると榊原は電話を切り、涙を拭い、霧島の方を向いた。今の彼の目から迷いが消えてとても輝いていた。
「霧島、俺は覚悟を決めたよ」
「………何の?」
霧島は分かっているのか少し嬉しそうな顔をしている。榊原は決意に満ちた表情を浮かべこう宣言した。
「俺は俺を信じる大切な人や大切な人が生きている世界のために戦う。たとえ罪を背負おうとも…最低な手段であろうとも…その結果大切な人に嫌われようとも、絶対に守り抜いてやる」
「……分かりました。だったら私も一緒に戦いますよ。あなたも私の大切な人ですからね」
「おう、頼りにしてるぜ。相棒!」
榊原と霧島はハイタッチをすると作戦を練るために自分たちの部屋へと足を運んだ。