平和な世界
正直、今俺は自分でも驚いている。
目の前にいる親友とその部下たちに銃口を向けられているこの絶対絶命の状況で俺は不思議と恐怖という感情は存在していなくむしろ笑みを浮かべていた。
俺は背後を少し振り返るとそこにはみなれた少女がいた。
少女は驚いた表情で俺を見つめていて少し涙を浮かべている。多分どうしてきたの?って思ってるんだろうな。
俺はそんな少女の頭をポンポンと撫でて、ごめんなとささやいた。
「なんでだよ…!なんで!!」
ここにいる俺が信じられないのか親友は顔を歪ませ俺を睨みつけている。
「悪いな、新太……」
俺はそんな親友を睨みつけ、立ち塞がる。
そして以前の俺じゃあ絶対に言わなかったであろう言葉を叫んだ。
「コイツは俺が死んでも守る!!!!」
〜3日前〜
2156年。
世界は地球に飛来した隕石により全人類は100万人まで減少した。
それだけでなくありとあらゆる大地が崩壊していき人々は住むべき場所がなくなってしまった。
そこで残された人類は四つの巨大な人口島を作り各々で生活を始めた。
そしてそんな人口島の一つである火ノ鳥島の4区にて、
「あぁ……ヤッベェ………」
真夏の炎天下の中1人の少年はベンチに腰をかけて項垂れていた。
彼の名は神條悠々真。
男性にしては少し長めの黒髪にゆとりのあるぶかぶかのシャツと半ズボンという至って普通の格好をした高校生だ。
顔も少し中性的な顔立ちであり万人から好かれそうな顔をしているが、目に光がなさすぎるせいであまり近づかれないというコンプレックスを抱えている。
そんな半分生きてるか死んでるかわからんと言われる目を持つ神條だが、この日の彼はさらに目の光が失われていた。
「まさかこのアチィなか休日に買い物に付き合わされるっていう今世紀最悪のイベントがあるなんて思わなかった……」
彼はため息を吐き先ほど買った飲み物を口に含む。
神條にとって至高の休日とは家のベッドで寝転がりながら冷房が点いている部屋でダラダラと過ごすことであるほどのインドア派の彼にとって、こんな炎天下の中外で買い物に行くことは苦痛以外の何物でもなかった。
いっそのこともう黙って帰ってしまおうかというクズの発想をしていると背後から足跡が聴こえてくる。
「悠々真、ごめん待たせたな」
「…………帰ってよろしいか?」
「其れを言うなら妹に言ってくれないか?俺も一応被害者ではあるんだけど?」
そう言いながら近づいてきた短髪赤髪の少年は神條にとって数少ない友人の一人である榊原新太だ。
ベッドフォンを首にかけており、耳にはピアス、カッターシャツとジーンズという格好をしている。
瞳は髪と同じ赤色で神條とは違いキラキラ輝いている。
「うるせぇ!そもそも何で俺がお前の妹の買い物をわざわざしなきゃいけないんだよ!」
「仕方ないだろ?あいつ風邪ひいて来れないし、買う量も多かったから人手が欲しかったんだ。他の奴らは予定あるしお前くらいしか暇な奴がいなかったんだよ」
「そもそもネットで買えばいいだけだろうがよ!」
「なんか買いたい物がその店舗でしか売ってないらしくてな。直接行かなきゃいけないらしい」
クソが!と悪態を吐きながら地団駄を踏む神條。
榊原はそんな神條を一切気にせず、スマホで店舗を探す。
「よし、こっちの方面だな。ほらそろそろ行くぞー」
「……ちっ!」
神條は観念したのか渋々榊原の後を追いかける。
街を歩いているとそこには当たり前のように色々な人々が何も疑問を持たず幸せそうに生きている。
発展した都市。
そこで汗水流して働く者たち。
カフェでお茶をしながら楽しく談笑をする若者たち。
そんな当たり前な光景を神條は眺めながら歩いているとある疑問を感じた。
「なー新太、本当に世界って一回滅びかけたのか?」
「じゃなかったらこんな人口島なんて作らないし、人類もここまで少なくなってないだろ?」
「……そっか、そうだよな………」
「?急にどうしたんだよ?」
不思議そうな顔で榊原は神條に問いかける。
神條は近くの公園に視線を移し、そこに指を指す。
そこには子供たちがわいわいとサッカーをしながら遊んでいる姿があった。
「今ってさ、子供が当たり前に外で遊ぶくらいには平和じゃん?」
何言ってんだコイツと言わんばかりに榊原は怪訝な目で神條を見つめるが、神條の質問の意図がわかったのかなるほどねと納得し、少し笑みを浮かばせた。
「確かに。あんな楽しそうにサッカーしてる姿を見てたら本当に数十年前に人類が終わりかけたなんて思えないよな」
「だろ?しかもいくら数十年前とはいえ今ではここまで発展した都市だぞ?本当に世界崩壊が起こったなんて思えないんだけど」
「まぁ逆に考えればそれくらいの危機的状況をここまで平和にもってった人類の底力がすごいってことだな」
そんな世間話をしていると彼らに子供たちは気づいたのかこちらに手招きをしている。
どうやら一緒に遊びたいと思われたらしい。
いやいやと神條はその場をあとにしようとするが横を見ると榊原が準備運動を始めていた。
よし!と気合いの入った声をだすと肩を回しながら子供たちへと歩み寄っていく。
「って、待て待て待て待て待て待て待て待て!?」
あわてた形相で神條は榊原の肩を思い切り掴んで静止を促す。
当の本人は何故止める?と言わんばかりな表情を浮かべていた。
そんな彼に神條は頭を抱え、唸り声を上げながら一つ一つ彼の心情を聞くことにした。
「まず、俺とお前は買い物をする予定がある。そこまではOK?」
「あぁ」
「次に俺たちとあの子らは接点のない他人。ここも大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
「じゃあラストクエスチョンだ。ここから俺たちが取るべき行動はなんだ?」
「あの子たちとサッカーをする!」
「買い物に行くだ馬鹿野郎がァァァァあああああああ!!」
あまりの常軌を逸した考えに遂に堪忍袋の尾がキレたのか怒声を上げる神條。
大きな声に子供たちはびっくりしてしまい榊原がサインでごめんと謝る。
「おい悠々真、あんまりデカい声だすなよ。子供たちがびっくりしてるじゃないか」
「誰のせいだ!誰の!」
「別にいいじゃないか。時間もたっぷりあるし、お前もたまには身体も動かさなきゃいけないし、子供たちも俺らと遊びたがってるし、ほらWin-Winじゃねぇか」
「何処がWin-Winなんだよ!?俺は無駄に疲れたくねぇんだよ!ただでさえこんな炎天下の中買い物行くってのもいやだっていうのにさらに運動するとかただの馬鹿だろ!!」
「またまたそんなこと言って本当は子供に醜態を見せるのが怖いだけだろ〜。大丈夫大丈夫俺がちゃんとカバーするからさ」
と、子供たちの前で醜い言い争いをしていると榊原の携帯から着信音が鳴り響いた。榊原が画面に目を移すとゲッとした表情をした。反応を見るにおそらく買い物が遅いと思い電話した妹だろうか?
運動をしなくていいとホッと胸を撫で下ろす神條だったが、榊原は着信を鬼の速さで拒否をしスマホの電源も切ってしまった。
そして満面の笑みをしながら神條の肩を組み、
「さぁ!やろうか!!」
「ファ○キュー♪」
こうして神條にとっての地獄休日がスタートしたのだった。
〜〜火ノ鳥島警視庁第8番隊本部〜〜
火ノ鳥島の平和を維持する警視庁の第8番隊の一室。
隊長である榊原新太を筆頭に四人で形成された部隊である。
第8は基本的に暇な時が多く普段はほんわかとしている彼女たちであるが今は少しピリついていた。
「……遅い!!こんな緊急事態に何をしているの榊原くんは!?」
この隊の副隊長である白髪ロングの少女、霧島有栖は中々来ない隊長である榊原新太に対してイライラしていた。
正義感がとても強く真面目な彼女にとって自由奔放な榊原はとてもウマが合わずよく言い争いをしている。
「あー、隊長多分携帯の電源切ってるッスね。そりゃ繋がらないわけッスわ。はー納得納得」
「ま、まぁ先輩はいつもの事ですけどね……。ぼくがこの前連絡した時は全部着信拒否でしたけど………」
この隊の部下である二人はこの状況が平常であるかのように振る舞っていた。そんな二人を見て霧島は更にイライラする。
ちなみにこの二人について触れておくと〜ッスという口癖をしている黒髪ポニーテール少女の名は五十嵐鈴音。
ギャンブルを好む少女でいつも棒付きの飴を舐めていており、最近彼女にギャンブル禁止令が出てしまいすごく萎えている。だが、密かに榊原とよく賭け事をしている。
もう一人の気弱な少女は雨宮命。
とても背が低く可愛らしい少女であり、本人は強くてカッコいい警官になりたいらしいが他の人曰くこんな子に危険な事はさせてられないというので全然鍛えてくれない。ちなみに榊原からはよくいじられる。
「兎に角!!二人は今すぐに榊原くんを探しに行って来てください!!上には私が連絡しておきます!!」
「えぇぇぇぇ………どんだけ火ノ鳥島がデカいか知らないんスか副隊長?1区から32区まであるのに闇雲に探しても見つからないッスよ?」
「行きなさい……!!」
「「い、イェッサー!!」」
あまりの圧に逃げるように部屋からでる二人。
霧島は息を吐きながら手元にある資料に目を通す。
ギリッと力強く歯をくいしばり資料を投げ捨てその場を後にした。
この資料にはこう書かれてある。
『人類最終兵器、〈神焉の巫女〉により火ノ鳥島が滅亡する可能性98%人類最悪の危険因子と判断したため速やかに捕縛、殺害せよ』