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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第25章『これからの思い出作り』【第4部】
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第67話(後)

「……そろそろ四時だろ、たぶん」


 携帯電話を触っていると、晶がむくりと上半身を起こした。

 晶の言葉通り、携帯電話の時計は午後四時過ぎだった。アラームやバイブレーションの動作は無いのにどうやって起きたんだろうと、姫奈は疑問だった。


「おはようございます……」

「よし。風呂入るぞ。服脱がせてくれ」

「は、はぁ……」


 ぼんやりと眠たげな表情で、晶は両腕を上げた。

 姫奈は幼い子供の世話をするように、晶の衣服を一枚ずつ脱がせ、最後に医療用眼帯を外した。


「ああ、そうだ。たぶんガチの温泉だから、外しておけ。変色するかもしれないからな」


 晶は右手の指輪を外し、テーブルに置いた。姫奈もその隣に並べて置いた。


「タオル巻いてください!」


 まだ明るいところでの裸体は見慣れていないので、姫奈は恥ずかしかった。

 部屋にバスタオルの控えと浴衣が備え付けられていたので、それらを引っ張り出した。


「すぐそこに風呂あるんだから、別に巻かなくてもいいだろ。先に行ってるぞ」


 しかし、晶は全裸のままバルコニーへと出た。

 姫奈は呆れつつも自身も入浴の準備をし、バスタオルを身体に巻いて後に続いた。


「わぁ……」


 夕陽が海に沈む景色は、普段の日常で何度も見てきた。

 見晴らしがいいからか、バルコニーの柵越しに見えるそれは地元に比べ、とても美しかった。

 バルコニーに裸体で出ることは、誰かの目が無いか不安なところもあったが、吹き飛ぶぐらい圧巻の景色だった。


 だが、それも一瞬。あまりの寒さに身体だけでなく歯もガタガタと震え、姫奈は桶で風呂湯を浴びた後、慌てて湯船に入った。晶と並んで座った。

 実際の温度は分からないが、身体が冷えたからか、最初はとても熱く感じた。


「気持ちいいですねぇ」


 暖かい湯に、首から上に触れる乾いた空気。そして、開放感のある頭上の空。眩しい夕陽。

 晶の部屋の風呂とはまた違った心地よさがあった。


「温泉なんて久々だ。たまには、こういうのもいいな」

「そうですね。また連れてきてください」


 しばらくの間、ふたり並んで湯船に浸かっていた。

 ふと、姫奈の肩に晶の頭がもたれ掛かった。

 姫奈は隣に振り向き、晶と見つめ合った後、キスをした。


「次来るにしても、露天風呂付きの個室にしような」


 晶から、湯船の中で太ももを触られた。


「やっぱりこういうお風呂って、こういうことなんですね……」

「バカ言うな。大浴場で知らない誰かと一緒に入るのが抵抗ある人とか、足腰が悪くて移動な困難な人とか、考えてみろ」

「それでも?」

「私の偏見かもしれないが、大半の利用者はこういうことだな」


 姫奈は再び晶と唇を重ね、舌を絡めた。

 そして、晶の肩を掴むと抱き寄せ、背後から身体を重ねた。

 腕の中の存在が、ただ愛おしかった。


「晶さん。大好きです」

「私もだ。お前が欲しい」


 静寂の空の下、バシャバシャと湯船を乱す音が響いた。

 ふたり共のぼせるまで、露天風呂を満喫した。



   *



「ぷはぁー。最高に美味いな!」


 風呂から上がり、晶は浴衣を少しはだけさせながらも、部屋の冷蔵庫から缶ビールを取り出していた。

 姫奈も、冷えたジュースを飲んだ。のぼせた身体にはとても美味しかった。

 時刻は午後五時頃だった。姫奈はふと思い出し、テレビをつけた。


「これに結月さん出演してるんですよ」


 舌や耳など芸能人の感覚が一流かどうかを、様々なもので比較して見極める番組だった。

 丁度始まったところで、まずは概要が説明されていた。


「あー。いつぞやにワインでやったアレか」

「あれからすぐ、麗美さんがねじ込んだみたいです」

「ふーん。私達も現役の頃に出ればよかったのにな」


 冒頭の出演者紹介で、アイドルグループが居た。


「三人とも一流だったんですか? 誰か足引っ張ったりしません?」

「誰とは言わんが、それはあったかもな」

「あははは……」


 ふたりで番組を観た。

 ハラハラ見守りながらも、結月は順調に正解を選び続けた。

 舌が必要なものは見た目だけで判断し、晶もまた結月と同じ回答だった。


 午後六時半になると予定通り、夕食が運ばれてきた。

 海鮮の会席料理であり、姫奈の目でも豪華だと分かった。

 魚介類の今まで味わったことの無い美味しさに、姫奈は感動した。晶も満足そうに酒が進んでいた。


 結局、結月と晶は全問を正解した。

 姫奈は晶に拍手を贈り、結月にはおめでとうございますとメッセージを送った。


 番組が終わる頃に旅館の従業員がやって来て、食事の片付けと、そして布団を敷いてくれた。

 時刻は午後九時過ぎだったが、姫奈は二日近く寝ていないところに満腹になったため、強烈な眠気に襲われた。布団を見ると、今すぐ入ってしまいたいと思った。


「わたし、先に歯磨いてきます」


 だが、まだ寝るわけにはいかない。

 折角の特別な夜を、晶と楽しみたい気持ちがあった。姫奈はなんとか眠気を堪えながら、歯ブラシを動かした。

 洗面室から戻ると、ふたつ並んだ布団の上に、晶が倒れ込んでいた。


「晶さん? まだ寝る時間じゃないですよ? 起きてくださいよ!」


 姫奈は慌てて晶を揺するり、挙げ句に浴衣の上から胸に触れるが、晶は全く反応しなかった。

 とても満足そうな表情で、寝息を立てていた。

 ふと、窓辺の小さなテーブルを見ると、わざわざフロントから取り寄せた酒の瓶が空になっていた。食事後も飲んでいたが、まさか全部飲みきってしまうと姫奈は思わなかった。


 やっぱり、昼間に酒難のお守りを買っておくべきだった……。


 最後に、酒への憎しみを込めながら――姫奈もまた、意識が遠退いた。

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