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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第25章『これからの思い出作り』【第4部】
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第66話

 年が明けた。

 一月一日の元旦。午前十時発の新幹線――グリーン車のペアシートに、姫奈は晶と座っていた。


 発端は約七時間前、午前三時頃の柳瀬佑月からの電話だった。

 姫奈は晶の部屋で大晦日を過ごし、ふたりでその時間もテレビ番組を観ていた。初日の出を拝むために起きていた。


「あけましておめでとう。今帰ったとこか? お疲れさん」


 晶は結月からの着信に応えると、大晦日の国民的な歌番組の出演をまずは労った。


「は? 麗美が風邪? ――え、私達に? そりゃ嬉しいが、本当にいいのか?」


 しかし、深刻そうな表情で結月と話し、通話を切った。

 こんな時間に何があったんだろうと、姫奈は心配した。


「麗美の奴が風邪でぶっ倒れたから、代わりに私とお前で温泉旅館に行けることになった」

「はい?」


 突然すぎる話に、姫奈はポカンと口を開いた。


「えーと……。いつですか?」

「今日の午後三時チェックインだ」

「ええ!?」


 驚いた直後、姫奈の携帯電話に結月からメッセージアプリの受信があった。

 旅館の具体的な案内が送られてきた。


 姫奈は最寄り駅を調べ、すぐに新幹線の切符を購入した。グリーン車だが、この日に空きがあったのは奇跡だと思った。

 足を確保すると、初日の出は諦め、数時間の仮眠をとった。

 起きるや否や、姫奈は一度帰宅して一泊分の旅支度をした。

 そして、現在に至る。


「昼から出ても……各停に乗ってでも、チェックインには間に合っただろ」


 睡眠薬代わりの缶ビールを飲みながら、晶が漏らした。

 本来なら初日の出を拝んだ後、午後まで寝るはずだった。睡眠時間が短いせいか、苛立っていた。


「せっかく遠出するんですから、他にもどこか行きましょうよ」


 姫奈はエナジードリンクで眠気を覚ましながら、携帯電話を触り続け、観光スポットの情報収集をしていた。

 乗る機会の滅多に無い新幹線だが、窓からの景色を楽しむ余裕は無かった。

 目的地までは新幹線で約一時間。初めて訪れる地であるため、姫奈は旅館周辺の観光も楽しみだった。


「晶さんは行ったことあるんですか? 私でも名前を聞いたことがあるぐらい、有名な観光地ですけど」

「さあ。どうだったかな」


 晶はアルコールでの眠気に襲われたのか、ウトウトした様子で素っ気なく答えた。

 姫奈は少し怒りながらも、情報収集を続けた。


「晶さん、見てください! この岬の展望台で、恋人ふたりで絵馬の鍵をかけて、お願い事をするみたいですよ!」


 車両は満席なので抑えながらも、姫奈は興奮に晶の肩を揺らした。


「アラサーにそういうノリはキツいから勘弁してくれ……。ていうか、私達ちゃんと付き合ってるんだから、これ以上何を望むんだ?」


 晶は姫奈の携帯電話の画面を一度だけ見た後、気だるそうに流し、瞳を閉じた。

 そんな晶の態度に姫奈は怒るどころか、耳まで顔を真っ赤にして俯いた。


「ズルいですよ……そういう台詞が平然と言えて」


 晶の小さな寝息が聞こえた。

 隣の席の晶は、座席の肘掛けに手を置いていた。

 姫奈は左手を晶の手に重ねた。そして、右手を見た。

 手首には時計――薬指には指輪があった。


 あのクリスマスから、まだ一週間ほどしか経っていない。

 晶の右手にも、色違いの同じ指輪があった。左手で触れて確かめた。

 お互いの気持ちを伝え、受け入れたからこそ、このペアリングがふたりの薬指に嵌っている。

 姫奈はまだ、あまり実感が無かった。しかし、こうして晶から改めて言葉を伝えられると、幸せな感情がじんわりと込み上げた。

 それを噛み締めながら、姫奈は再び携帯電話を触った。


 調べてみたところ、他には美術館や牧場等、今ひとつ気が乗らないものばかりだった。

 ただ、ひとつだけ――正月を過ごすに相応しい場所があった。



   *



 新幹線で目的地の最寄り駅で降り、各駅停車の電車でさらに一駅。


「なんだこれ。混みすぎだろ」


 晶が眠たげな声を上げる通り、駅前から既に人混みが出来ていた。

 姫奈としても、想像以上の光景に驚いた。


「初詣、本当に行くのか?」

「せっかくここまで来たんですし、行きましょうよ。お正月ですよ?」

「……」


 晶はぼんやりとした表情でコクリと頷くも、眠気と人混みで不機嫌そうだった。

 姫奈の選んだ観光スポットは、旅館近くの大きな神社だった。正月の初詣に丁度いいと思った――ここまで混んでいるとは思っていなかったが。


 姫奈は覚悟を決め、晶の手を掴んだ。そして、人の流れに沿って歩き出した。

 汗をかかない季節での一泊旅行なので、荷物は最低限にするようにと晶から注意されていた。替えの衣類は下着だけにし、荷物は大きめのトートバッグひとつだった。

 結果的にこれで良かったと、姫奈は思った。この人混みの中、キャリーバッグを引くのは考えられなかった。


 晶はダークブラウンのダッフルコートにデニムパンツ、そしてネイビーのニット帽を被り、ロイヤルブルーの大判マフラーを巻いていた。お気に入りなのか、黒猫を模したリュックサックを背負っていた。荷物は少なそうだった。

 ダッフルコートと年齢のことを晶が以前言っていたが、二十五歳でも完璧に着こなしていると姫奈は思った。

 姫奈はチャコールのチェスターコートに黒色の裏起毛マキシスカートといった格好だったので、少々歩き難かった。足元がスニーカーなのが幸いだった。

 晶の手を引きながら、ワインレッドのマフラーを上げて位置を直した。


「晶さん、クレープ売ってますよ」


 やがて、道脇に飲食の屋台が並んでいるのが見えた。

 その中で姫奈は甘いものを探し出し、晶に苺のクレープを購入した。


「こういうところで売ってるやつって、基本的にどれも美味いよな。人混みさえ無ければ、食べ歩きたかったぐらいだ」

「……適度に混んでいて良かったです」


 歩きながらクレープを食べ、晶の機嫌が少し良くなった。

 このまま屋台食べ歩きデートにならなくてよかったと、姫奈は安心した。


「ほれ」


 晶から食べかけのクレープを向けられ、姫奈は一口囓った。

 何気ないやり取りだが、なんだか嬉しかった。


 しばらくすると、大きな鳥居をくぐった。木々に囲まれた参道を歩き、ようやく神社の本殿に到着した。実質の終着点なので、まともに動けないほどの人混みだった。

 賽銭箱へとゆっくり進みながら、姫奈は財布から五円玉を取り出した。

 その隣で、晶が万札を一枚用意していた。


「え――それ、本当に投げ入れるんですか? ご縁(五円)とかの語呂も無いですよね?」


 晶の財力としては驚く額ではないだろうが、姫奈にとっては常識離れしていた。


「せっかくここまで来たんだから、これぐらいはな」

「嫌々来た人が言う台詞ですか……」

「ちなみに、この神社は何のご利益があるんだ?」

「えーっと……。縁結び祈願の他に、禁酒や禁煙をお願いする観光客が多いみたいですよ」


 すぐに携帯電話で調べると、晶は万札を財布に仕舞った。


「……帰るか。私には、どれもご縁が無いみたいだ」

「せっかくここまで来ておいて、何言ってるんですか!」


 姫奈は財布から五円玉をもう一枚取り出し、晶に持たせた。


「何でもいいんで、この一年頑張れるようにお願いしてください」


 やがて、賽銭箱へとたどり着いた。

 晶とふたり五円玉を投げ入れると、手のひらを合わせて頭を下げた。


「わたしは、晶さんと一緒に過ごせますようにって、お祈りしました。あと、お店の繁盛祈願と」


 賽銭箱から離れながら、姫奈は正直に話した。

 恋愛に利益のある神社なので、それを強く祈った。


「バカ。そういうのは神様に頼むんじゃなくて、私が叶えてやる。ついでの方を前にもってこい」


 またこういうことを平然と言うんだなと、姫奈は嬉しさ以上に恥ずかしくなった。

 ちらりと隣の晶を見ると、やはり素面の表情だった。


「……そういう晶さんは、何をお願いしたんですか?」

「私か? お前が体調崩さず健康で居てくれますようにって」


 その言葉を聞き、姫奈は賽銭箱に引き返したくなった。

 可能なら自己都合の祈りを取り止め、自分もまた大切な人の健康を祈りたかった。


「なんだか、お母さんみたいですね」

「年齢的に笑えないから、やめてくれ。というか、そこは感謝するところだろ?」

「言われなくても、感謝してますよ。ありがとうございます……」


 晶をぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるが、人混みの中なので我慢した。

 その代わり、晶の手を握った。


 賽銭箱から離れる流れに沿うと、神社内の売店が見えた。

 やはり参拝客で混み合っているが、店頭をふたりで覗いた。


「おい、学業成就のお守りがあるぞ」

「成績はそれなりに良いんで、大丈夫ですよ」

「そうは言っても、お前は学生の本分を全うしろ」


 晶はそう言いながら、黄色の御守を手にした。

 姫奈も晶に合うものを探すと――面白いものを見つけた。


「へぇ……酒難のお守りって珍しいですね。やっぱり禁酒のご利益があるんですよ」

「待て。言うほど酒癖悪くないだろ」

「酔い潰れて寝落ちすること、よくあるじゃないですか」

「誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだから、禁酒を勧めるな!」


 他にも、浮気虫や賭博虫等の凶虫除けという、風変わりな御守も並んでいた。

 まだ浮気の心配は無いと思い、姫奈は黒色の――商売繁盛の御守を選んだ。


 ふたつの御守の購入と同時に、御みくじを一回ずつ引いた。恋愛御みくじというものがあったが、通常のものにした。

 番号にちなんだ折られた紙を受け取ると、売店から離れたところまで移動し、紙を開けた。


「わあ! 晶さん、わたし大吉ですよ!」


 これ以上無い結果に、姫奈は大喜びした。年明け早々ここまで慌てたが、気分新たに幸先の良い出だしを切れそうだと思った。


「初詣はな、大勢の人に喜んで貰いたいから、普段より多く大吉が入ってるんだよ」

「それじゃあ、晶さんも大吉ですね」


 晶の開く紙を、姫奈は覗き込んだ。

 そこには『半吉』と書かれていた。


「……なあ、これって順番的にどのへんなんだ? 小吉や中吉より良いのか? なんだよ、半って。何の半分なんだよ」

「さあ。こんな結果、わたしも初めて見ましたよ。たぶん良くは無いと思うんで、枝に結べばいいんじゃないですかね」


 何とも盛り上がらない結果に終わり、姫奈は調べることすらしなかった。

 その後、用事が済んだので神社から帰ろうとする晶を引き止め、本殿の裏手に回った。


「おお! でっかいな!」


 眠気と人混み、そして御みくじの結果に晶は冷めていたが、それを眺めると驚きの声を上げた。

 ひとつの巨大な木が祀られていた。

 姫奈としても、これほどの巨樹を見るのは初めてだった。視界の隅に『天然記念物』の文字が見えた。


「樹齢二千年らしいです」

「どうやって数えたのか分からんが、本当にそれっぽいな!」


 子供のように興奮している晶を見ると、姫奈は連れてきてよかったと思った。

 その表情が嬉しく、携帯電話のカメラで写真を撮った。

 本人にシャッター音が聞こえているはずだが――元アイドルで慣れているせいか、無反応だった。

 姫奈は携帯電話の画面を見ると、写真自体は良く撮れていた。実際に見る晶と相違無い姿であるため、満足した。


「幹の周りを一周回ると、寿命が一年伸びるみたいです」


 他の観光客で混んでいるため、何周も回る気にはなれなかった。

 ふたりで一周だけ周り、その場を離れた。

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