第04話
姫奈は昨日、美容室に行ってきた。その足で眼鏡を新調し、さらにドラッグストアで化粧品を調達した。
それだけでひどく疲れたが、今朝はいつもよりも一時間早く起きた。
母親から借りたヘアアイロンで髪を整え、生まれて初めての化粧もした。
あらかじめ何を準備しどう使うのかを調べ、ルーズリーフにまとめておいたので、指標は出来ていた。
想定通りにいかない事も練り込み済みだったが、初めてにしては及第点な出来だった。
実際に自分で触った今だからこそ、あの短時間で他人にあそこまでの化粧をしたアキラの技術が、改めて凄いと思った。
疲労を感じさせないほど緊張しながら登校し、教室に入った。
心なしかいくつかの目線を感じたが、それに気づかない振りをして自分の席へと向かった。
「お、おはよう」
隣の席のクラスメイトに挨拶をした。
彼女は明らかにじーと姫奈を見上げていた。
「澄川さん……変わりすぎでしょ」
「あはは……。ちょっと遅い高校デビューみたいなものかな」
姫奈は自虐気味に笑って見せた。
入学前に済ませておけば変化を周囲に変化を悟られなかったが、もう遅い。笑いの種にするしかなかった。
「なんかもう、女子大生みたいになってんじゃん。引くわー。わたしら高校に入ったばっかだよ? ほんとに同い歳?」
「そ、そう?」
痛んだ髪の補修はまだ済んでいないが、胸のあたりまで切り、ストレートパーマをあてた。大人びた感じにしたいと美容師に相談したところ、前髪は横分けにし、なるべく額を見せるようにした。
そして、眼鏡は小振りなオーバル型にした。いろいろと試着した結果、これが物柔らか、かつ知的で落ち着いたイメージだと思った。
「背そんだけ高くて美人顔なんて、ズルくない? あっ、こないだのテストも結構良かったよね? 反則じゃん!」
「えー。そんなこと言われても……」
クラスメイトからの想像以上の反応に、姫奈は必死に照れるのを隠した。内心ではガッツポーズをとっていた。
「ねえ、今度カラオケでも行こうよ。罰として、澄川さんのオゴリで」
「何の罰よ! わたし、お小遣いもうスッカラカンなんだけど」
高校に入学して、約二週間。こうしてクラスメイトと勉強以外の他愛も無い話をしたのは、初めてだった。
「なになに? 朝からどしたん? わっ! 澄川さん!?」
ふたりの談笑に、他にも何人かクラスメイトが集まってきた。
姫奈はようやく、高校生活に充実感を味わえたような気がした。
*
その日の放課後、姫奈はEPITAPHに顔を出した。
「お疲れ様です」
相変わらず、客はひとりも居なかった。
カウンターの向こうのアキラは姫奈を見ると、気だるそうな表情から一辺、安心したように微笑んだ。
「なかなか良い感じじゃないか。これなら看板娘を任せられるな」
憧れの女性からその言葉を貰えたのが、姫奈にとって今日は一番嬉しかった。
この人と出会わなければ、この人が変えてくれなければ――きっと今も、暗い気分を引きずっていた。
「ありがとうございます! 改めて、よろしくお願いします!」
感謝の意味でも、今日からここで頑張ろうと思った。
そんな姫奈に、アキラは頷いた。
次回 第03章『煙草の味』
突然体調を崩したアキラを、姫奈は介抱する。