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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第22章『届かない想い』
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第57話

 この日、二学期の期末試験の全日程が終了した。

 時刻は午前十一時頃。姫奈はモノレールで市街地まで向かった。

 アルバイトに行くという選択肢もあったが、ほんの気分転換だった。晶には事前に連絡済みだった。


 ショッピングモールを、あても無く歩いた。以前、晶と一緒に来て以来だった。

 結局のところ、冬用の衣服はほとんど購入していなかった。

 特別に忙しかったわけではないが――自分の中で大きな変化があったため、買い物に出かける余裕が無かった。


 久々に衣類店を見て回るも、なんだかどうでもいいように思えてきた。

 しかしながら、冬休みが始まると学生服でアルバイトに行くわけにもいかないので、仕方なく私服の購入を考えた。あくまでも、着飾るためではなかった。


 現金自動預け払い機で金を下ろすと、ニットのトップスや温暖パンツ等、着回しを考えながら購入した。

 そして、以前来た時に考えていたチェスターコートも購入した。他店との比較も出来たが、面倒なので止めた。現物はまだ売れ残っていた。

 ひとしきりの買い物を終え、両手は荷物でいっぱいだった。だが、まだ終わっていなかった。


「クリスマスか……」


 十二月だから、モール全体がその雰囲気だった。赤いポスターやサンタクロースのイラストが、所々に見えていた。

 姫奈にとってはこのイベントも、これまでの人生で誕生日と同じぐらい、あまり価値の無いものだった。

 だが、今年は大切な人と迎えることになるだろう。

 とはいえ、晶とはクリスマスのことをまだ一度も話したことが無い。EPITAPH店内もそういう雰囲気が無い。

 その理由と――そしてここ最近の出来事から、姫奈の気分は今ひとつ上がらなかった。


 それでも、晶にクリスマスプレゼントを用意しなければいけないと思った。

 重い荷物を持ちながら、モール内を歩いた。

 晶が喜びそうなものを探すが――検討がつかなかった。

 いっそ、スイーツにしようかと思った。しかし、何か形に残るものにしたかった。


 ふと、マフラーが視界に入った。

 長いマフラーを晶に巻きつけたのを思い出した。姫奈には、その姿が似合っていると思っていた。

 プレゼントはマフラーにすることにした。

 晶のことだから何らかのマフラーは所持しているだろうが、それでもプレゼントとして贈りたかった。


 以前晶に巻きつけた時は、チクチクすると嫌がっていた。

 携帯電話でその原因を調べると、ウール素材だからのようだった。対策としてはシルク素材、保温の機能面までを考えるとカシミア素材が良いらしい。

 それを念頭に、製品の素材表示を確認した。

 カシミア百パーセント使用、かつ大判のものがあったが――値札を見て姫奈は驚いた。

 とはいえ手が出せないほどではないので、現金自動預け払い機で金を再度下ろしてきた。いい加減、クレジットカードを持ちたくなった。


 色の種類はいくつかあった。その中で姫奈は、濃い紫みの青色のロイヤルブルーと呼ばれるものを選んだ。

 それが晶に似合いそうであり、自身がワインレッドを使用しているので対になると思ったからだった。


「クリスマスプレゼント用にお願いします」


 会計の際に商品を包装して貰い、ショップバッグを受け取った。

 ようやく本日の買い物が全て済んだ。想定外に散財したが、その分少しだけ気が晴れた。


 時刻は午後二時を回った頃だった。

 姫奈はモール一階にある大手チェーン店のカフェに入り、遅めの昼食を摂った。

 客がそれなりに入ってはいるがソファー席が空いていたので、大量の荷物をまずは置いた。そしてレジに向かい、季節限定を謳っているホットラテと、たっぷりの卵が挟まったサンドイッチを注文した。


 カフェラテの上にたっぷりのホイップクリームが乗り、焦がしカラメルソースがかけられていた。

 生クリームをすくって口に入れてみると、物凄く甘かった。しかし、それが下層にあるエスプレッソの苦味との相性が良かった。

 こういう飲み物なのだと理解すると同時、ホイップクリームの綺麗な形状から、真似をするのは難しそうだと思った。溶けた部分の味は今ひとつなので、層として分かれていることが重要なのだ。


 EPITAPHでも冬季限定のメニューが欲しくなるが、姫奈はアイデアが浮かばなかった。

 温まるなら、チョコレート成分が必要不可欠となる。しかし、それとエスプレッソを合わせるには……。

 ぼんやりと考えながら、ふと店内を見渡した。


 EPITAPHとは比べ物にならないほど広々とした店内には、それ相応の席数が用意されていた。

 ひとりの店員が、客席を整えながら店内を見回っていた。それ以外に、レジのあるキッチンスペースには三人の店員が忙しそうにしていた。


 エスプレッソマシンを動かしている姿を見ると、マシンの使い方や触り心地を知るために、アルバイトに忍び込もうとしたことを思い出した。

 改めて振り返ると、こういう店でのアルバイトが自分に出来たのだろうかと疑問だった。

 一見きらびやかに見える店内だが、人間関係やシステムに基づいた行動等、大手ならではの堅苦しさがありそうだった。

 やはり自分にはEPITAPHのこじんまりした雰囲気が合っているのだと、姫奈は思った。


 ――お前はうち専属のバリスタなんだから……一時でも他所に行くのはダメだ。


 それに、あの時は妬いて止めてくれたことが嬉しかった。

 ソファーに置いたショップバッグのひとつを眺めながら、たまごサンドを口にした。

 クリスマスプレゼント、晶さんに喜んで貰えるといいな――姫奈はそう願った。


 この、晶との何とも言えない関係が少しでも良くなればいい。僅かな望みに賭けるしか無かった。

 晶が一栄愛生として見ている以上、自分の気持ちを伝えると、おそらく終わっていた。

 姫奈の選択は間違っていなかったのだ。

 だから、たとえ一栄愛生に向けられたものであっても、晶からの愛情をこの身で受けたかった。それだけで満たされると思った。


「……」


 再び暗い気持ちに引きずられそうになり、姫奈は我に返った。

 甘い飲み物を口にしながら、楽しいことを考えた。


 晶さんとのクリスマスは何を食べよう。ケーキはどうしよう。EPITAPHの方も、この店の店頭にあったクリスマスツリーのように、店内を飾り付けをしたいな。

 冬休みが近いこともあり、気分は少し盛り上がった。もっと洒落た衣服を買っておくんだったと、ソファーの荷物を眺めて後悔した。

 頭の中を明るい思考が駆け巡り、姫奈は自然と笑みが漏れた。

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