第48話
学校では、二学期中間試験の日程と科目が発表された。
その日の下校ホームルームで、姫奈は周囲に見つからないよう、机の影に隠した携帯電話を触っていた。
インターネットサーフィンをしていると、とある記事を見つけたのであった。
歳の離れた人間への恋愛感情は、一過性の擬似的なものである――
その見出しに食らいついてしまい、ホームルーム中に記事を読んでいた。
内容は、要約するとこうだった。
親や教師に抱く憧れに近いものであり、恋愛感情とは似て非なるものである。痛手を見るよりも、今一度距離を置き、落ち着いて気持ちを整理するべきだ。
記事の主張は理解できたが、姫奈は受け入れられなかった。
自身の晶への恋愛感情は、一過性の擬似的なもの――決して勘違いの類では無いと、頭ごなしに否定した。
とはいえ、所詮は自分なりに客観的に判断したに過ぎない。
根拠自体は特に無かった。産まれて初めての恋愛感情なのだから、比較対象が無かったのだ。
だから、必ずしも全てを否定できるわけでは無かった。
少しだけ残った不安は、晶との関係を改めて姫奈に突きつけた。
晶は若く見えるが実年齢は二十五歳、自分とは十も離れていた。
そう。自分よりも十年間長く――しかもトップアイドルという並外れた経験を積み、生きている。
常識的に考えれば、手の届かない存在だった。
現在でこそ『一般人』だが、そんな相手に恋心を抱き、果たして報われるのだろうか。
自信は無かった。しかし、ゼロでは無かった。
晶本人の言う最も恥ずかしいところ――泣き顔を何度も見ている。一緒に風呂に入り、裸体を見ている。性行為こそ無いが、同じベッドで寝ている。
これらは晶から心を許された結果だと思っていた。晶との可能性はあると思っていた。
しかし、自分の勘違いであるかもしれないと、現在になって思った。
十歳も年下の相手だから――晶の視点で考えた場合、それらの行為はその一言で全て説明がつくのであった。
歳が離れすぎているからこそ、どうでもいい相手だからこそ、ありのままを曝け出していることだってある。
晶の気持ちが分からない。自分のことをどう思っているのか、分からない。
自分に対する恋愛感情の有無が、分からない。
――告白というのはね、確信じみた勝算があるのか、もしくは単なる自己満足よ? どちらにしても、それまでの関係を切り捨てる覚悟がないと出来ないわ。
結月の言葉を思い出した。
初めて聞いた時はよく分からなかったが、現在では身に沁みていた。
晶の気持ちが分からない以上、勝算は『分からない』のではなく『無い』に等しかった。
こちらの気持ちを伝えることは、リスクが高すぎた。
自己満足で想いを伝えたくない。必ず報われたい。
そう強く願うが、想いが届かなければどうなるのか――それは夏での経験上、姫奈自身がよく分かっていた。
だからこそ、どうすることも出来なかった。ここから先へ進むには他に何か、情報や手応えが必要だった。
「次は……澄川さん」
いっそ、こうした計算をしないで衝動のまま動けるタイプだとよかったのに……。
自身の性格を呪いながら、姫奈は唇を軽く噛んだ。
「澄川さん?」
「え――は、はい」
ふと、自分の名前が呼ばれていることに気づき、姫奈は顔を上げた。
教壇に立ったクラス委員が、不機嫌そうにこちらを見ていた。彼女だけではなく、教室中から視線を集めていた。
現在は下校ホームルームの最中だが、何か大きな失敗をしたということ以外、状況が全く理解できなかった。
「澄川さん、話聞いてたかしら?」
「……すいません。ぼんやりしてました」
呆れた目で見ているクラス委員に、姫奈は素直に謝った。
「前のふたつから、やりたい方を選んで」
隣の席の生徒が、小声で教えてくれた。
前方の黒板には『お化け屋敷』『メイド喫茶』のふたつと、それぞれに正の文字がいくつか書かれていた。
このホームルームで、来月の文化祭の催し物を決めていたことを、姫奈は思い出した。そして、現在は順に多数決の採決を取っているところだと、ようやく理解した。
よりにもよって、この二択かぁ。誰か他に挙げればよかったのに。
そう思うが、議論に全く参加していなかった手前、今さら口を挟めなかった。
票数は競っていた。大事な一票となるため、適当には答えられない。
とはいえ、どちらも嫌だった。
仕方なく消去法で考えた場合、真っ先に浮かんだことが――高身長だからお化け屋敷だと良いように扱われそう、だった。舞台の準備の他、お化けの仮装も避けられないだろう。
それに、メイドの格好をすることも嫌だが、おそらく合うサイズの衣装は無いと考えた。
「メイド喫茶でお願いします」
どうせ裏方に回るんだろうなと思いながら、姫奈は返事をした。
やがて、採決は教室を一巡し、クラスの催し物はメイド喫茶に決まった。この結果に姫奈は喜ぶというより、胸を下ろした。
そして、晶には絶対に黙っていようと決意した。メイド喫茶のことを言ってしまえば、メイド服を着ないにしても、からかわれると思ったのだ。
ホームルームが終わり、教室は騒がしくなっていた。姫奈は帰る準備をしていたところ――
「文化祭の実行委員は私と――澄川さん、お願いできる?」
「え?」
教壇のクラス委員から名指しされ、席を立つのを遮られた。
クラス委員は満面の笑みを浮かべていた。話を聞いていなかったことを責められているのは明白だった。
「はい……わかりました」
姫奈は大人しく非を認め、渋々頷いた。
あまり苦でない中間試験が終わるとすぐ、文化祭の準備を仕切らないといけない。
面倒な行事が立て続けに待っていることを思えば、現在から憂鬱になった。




