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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第16章『二度目のキス』 【第3部】
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第40話

 ――初めは、憧れだった。


 夕陽に照らされた広場でアキラという女性と出会った時、澄川姫奈は純粋に彼女が格好良いと思った。

 目の前が真っ暗だった姫奈は、彼女のような『大人』になりたいと思った。

 しかし、彼女は完璧な人間では無かった。

 事故により『誇り』を失くした悲劇のアイドル天羽晶として、誰よりも脆い一面があった。

 姫奈はそれに幻滅をせず――自分に小さな『自信』を与えてくれた彼女を助けたいと思った。


 最初はカフェの体すら成していなかったEPITAPHは徐々に成長し、来店の客数が増えていった。

 晶と二人三脚で店を運営したことで、姫奈は店の成長が自分の成長のように感じていた。

 それは姫奈にとっての『自信』であり『誇り』でもあった。

 晶にとってもきっと同じだと、姫奈は思っていた。


 互いに助け、助けられ、これからも一緒に歩いていきたい。

 大切な人と、一緒に幸せになりたい。

 それこそが、姫奈の願いであった。

 そう思える相手が居ることが――確かな恋心であった。



   *



 九月になり、二学期が始まった。

 姫奈は夏休み中ずっと朝からアルバイトに通っていたため、起床から就寝まで規則正しい生活を送っていた。朝早くに起きることは苦ではないが、学生服に袖を通すことは、なんだか可笑しな感覚だった。

 久々の学校は、一日がとても長く感じた。夏休みが終わったことを実感させ、とても憂鬱だった。


 放課後になり、姫奈はEPITAPHではなくモノレールで市街地に向かった。


「……」


 学校から離れ孤独感を得たからか、移動中は自分の気持ちをぼんやりと確かめていた。


 やがて――駅前の待ち合わせ場所で、晶と落ち合った。

 晶はカーキのシャツワンピースを着ていた。小柄な身体で前開きボタンのそれは、あまり似合っていない――というより、妊婦のような格好だと姫奈は思った。

 もしくは、北国の伝承の、フキの葉を持った小人を連想させた。

 そのどちらも、姫奈にとっては可愛かった。


「お疲れ様です。なんていうか……レインコートみたいですね」


 しかしあまりにも失礼なので、言葉を選んで感想を述べた。


「うるさい。お前には分からんだろうが、動きやすいからいいんだよ」


 不機嫌な晶に苦笑すると、姫奈は折り畳みの日傘を差し出した。

 九月とはいえまだ残暑は厳しく、夕方でも陽は高かった。


「ささ。お花屋さんに向かいましょうか」


 店前の向日葵が枯れたので、新しい鉢植えの花の購入に来たのであった。

 姫奈の持つ日傘に、ふたり入って歩いた。


 本当は隣の存在と手を繋いで歩きたかったが、姫奈は我慢した。これが自分の気持ちに対する、せめてもの譲歩だった。

 かつては晶と並んで歩くと、容姿の劣等感が強かった。周りから友達や姉妹のように見られて欲しいと願うことすら、高望みだった。

 しかし、現在は違った。上下関係ではなく、対等な存在に見られて欲しかった。

 晶に相応しい存在でありたかった。

 姫奈は自身の外観に自信があるわけではない。だが、隣に晶が居ると堂々と歩けた。

 ふたりで歩くことが、姫奈には誇らしかった。


 しばらく歩くと、花屋に着いた。以前、芍薬を購入した店だった。


「あー……。確かに、今の時期だと彼岸花ですね」


 札には『リコリス』と書かれているので厳密には違うかもしれないが、真っ赤な花が鉢に生けられていた。


「……あんな気持ち悪い花、絶対に置かないからな」


 晶は目をくれることなく、店の奥へと向かった。

 確かに、彼岸花は概要や花言葉を調べることなく、姫奈にも不吉さを連想させた。一見すると綺麗だったが、よく見ると禍々しかった。果たして好んで購入する人間が居るのだろうかと、疑問だった。


「よし。これにする」


 晶の後を追うと、ある鉢を指差して立ち止まっていた。

 以前もそうだったが、悩むまでもなく直感で決めているなと姫奈は思った。


「ダリル……ですか」


 札の名前を見ても、馴染みが無かった。

 しかし、大輪の花は菊のように見え、その系列なのだと姫奈は悟った。

 赤、白、オレンジ、ピンクの四色の鉢植えが並んでいた。どれも色鮮やかで明るい色味なので、店前に飾るには丁度いいと思った。


「花言葉は『華麗』とか『優雅』とからしいんで、良いんじゃないでしょうか。わたしも賛成です」


 姫奈は念のため携帯電話で花言葉を調べた。『裏切り』という意味もあるらしいが、それは黙っておいた。


「試しに、お前がふたつ選んでみろ」

「えっ、わたしですか?」


 急に晶から振られ姫奈は困惑するも、四つの鉢を改めて眺めた。


「そうですね……。この前まで向日葵を飾ってたんで、まずはオレンジをパスします。残りの三色からなら……赤と白、でしょうか」

「ふむ。まあ、その理屈なら及第点か。私にとって腐れ縁な色だけどな」


 なら晶さんは何を選ぶんですかと思うも、晶は店員を呼んで会計の準備をしていた。

 配送の手続きまでを終え、本日の目的はあっさり片付いた。

 時刻は午後六時手前。花屋から出ると、まだ空は明るく、帰るには惜しい時間だった。

 折角街まで出てきたのだから――姫奈は少しでも長く、晶と一緒に居たかった。


「せっかくだから、ご飯でも食べて帰るか」


 ふと、隣の晶がぽつりと漏らした。


「はい! ご馳走になります!」


 姫奈は笑顔で頷いた。

 今日の夕飯は不要だと家族へ連絡しながら、ふたり並んで歩いた。

 市街地であるため、ざっと見渡しただけでも飲食店は数多くあった。


「わたしは何でもいいですけど、晶さんは何か食べたいのあるんですか?」

「そうだな……。ラーメン食べたい」


 晶が指差した先には、ラーメン屋があった。

 ご飯時のラーメン屋は行列が出来ているイメージが姫奈にはあった。しかし、店舗が大きいせいか行列は無く、すぐに入店できそうだった。


「え……ラーメンですか?」

「ああ。ウーバーでいっつも美味しそうに見てるんだが、ウーバーでラーメンは頼みにくてな」

「はぁ……。なんか、すっごく説得力ありますね」


 配達だと、その間に麺が伸びるからだろう。普段からよく利用している者ならではの悩みだと、姫奈は呆れた。

 本音を言えば洒落た店に行きたかったが、子供のように瞳を輝かせて眺めている晶に意見は出来なかった。

 晶と店に向かい、扉を開けた。

 店員に二名だと伝えると、テーブル席に通された。


「へぇ。案外、綺麗なんですね」


 白色を基調とした広い店内は、姫奈の想像に反して落ち着いた雰囲気だった。

 ふたりでメニューを少し眺め、煮卵入りラーメンをふたつ注文した。


「ラーメン屋って、カウンター席しかなくて……喋ったら睨まれるようなギスギスした感じだと思ってました。牛丼のチェーン店みたいな」

「私もよく知らんが、間違ってはないと思うぞ。どちらかというと、この店がたぶん特殊なんだろうな」

「ですよね。わたし、ひとりで絶対に入れませんし」

「は?」


 姫奈は苦笑するが、正面に座っている晶はポカンとした表情を見せた。


「お前ってソロでラーメン屋どころか焼き肉屋にも入れそうなんだが、違うのか?」

「わたしを何だと思ってるんですか!」


 ギスギスしたラーメン屋でも動じず、焼肉屋でもひとりで黙々と焼き続ける――晶のそういう姿が妙にしっくりきたが、姫奈は口にしなかった。


「でも、まあ……初見のラーメン屋なんて入りにくいからな……。お前が居てくれて助かった」

「わたしでよければ、どこにだって付き合いますよ」


 どんな些細なことであっても、少しでも晶の役に立てたことが嬉しかった。

 やがて、テーブルにラーメンが運ばれてきた。


「あっさりしていて美味しいですね」


 豚バラ肉と白菜の入った、透き通った醤油味のスープ。食べやすい味であり、麺はコシがあった。

 姫奈はラーメン自体を普段から食べないので他店との比較は出来ないが、純粋に美味しいと思った。


「ああ、アタリだな。――ていうか、眼鏡」

「曇るのは仕方ないですよ」


 晶は曇った眼鏡を見てケラケラと笑った。

 その後、晶は備え付けのニラを大量に入れて味の変化を楽しんだ。姫奈はニラが苦手であるため、真似しなかった。

 一人前だったが、予想以上に量があった。満腹になりながらも、食べ終えた。


「ふー。美味かったな。デザートにアイスでも食べるか?」


 テーブルに立っている小さなメニューを、晶は指差した。ソフトクリームや杏仁豆腐の案内だった。

 姫奈としては腹がやや苦しかったが、暑い時に熱いもの――塩っぱいものを食べたので、冷たく甘いものはとても魅力的に見えた。

 無意識に摂取カロリーの計算をしそうになるも、今日ばかりは食欲が勝った。


「アイスなら、別の店にしましょうよ。確か、近くに専門店があったと思うんで」

「そうなのか。案内しろ」


 店を出た頃には、ようやく陽が落ちていた。

 暗い、ライトアップされた街を晶と歩いた。

 たったそれだけのことが、姫奈は嬉しかった。たとえラーメンでも、晶と外食できたことが嬉しかった。

 マンションやEPITAPH以外の『外界』で時間を共有することが、姫奈にとっては立派なデートだった。

 普段よりも一層、胸が高鳴っていた。


「よし。私は三つ乗せよう」

「晶さん、よく食べますね」


 アイスクリーム屋の狭い店内は、満席で座れなかった。

 人混みの歩道からやや外れた――道端で晶と食べたアイスクリームは、とても美味しかった。

 二学期が始まり憂鬱だったが、充実した一日だった。

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