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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第09章『思い描く将来図』 【第2部】
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第22話(後)


 食事が済むと、姫奈は後片付けをした。

 特にマグカップを念入りに洗った後、ふたり分のコーヒーを淹れた。


「スーパーのですけど、シュークリームと……ノンカフェインのコーヒーです」


 個別梱包されたシュークリームとマグカップをふたつずつ持ち、キッチンからリビングに向かった。

 晶はテーブルで、ノートと電卓を広げていた。


「何してるんですか?」

「今日の売上を帳簿につけてるんだよ」

「へー」


 店側の控えのレシートを順にめくりながら、電卓を叩いていた。

 晶の経営者らしい一面を、姫奈は珍しく見たような気がした。


「こういうのって、どこで習うんですか?」

「いや……習うというか、こういう記録は嫌でもつけるもんだ」


 お前って時々変な質問するよな、と晶は半眼の視線を向けた。

 姫奈は、猫のイラストが描かれたマグカップを晶に渡した。

 晶がシュークリームにかぶりついている間に、ノートのページをパラパラとめくった。

 毎日の収入と支出が事細かに記載されていた。几帳面だと一瞬思ったが、見ている内に店の記録としてはごく当たり前なのだと理解した。


「うちって、ぶっちゃけどうなんですか?」

「赤字に決まってるだろ!」


 ふと気になって訊ねるが、晶からふたつ返事で即答された。

 その口振りから、僅差ではなく圧倒的なのだと察した。


「んー。割とお客さん入っているんですけどねぇ」

「コーヒーの原価なんて微々たるものだから、たとえ二百円でも利益率は良い方なんだよ。割と数も撒いてるし、売上自体はまだマシなんだ。ただ……あんな狭い店でも、場所代が高すぎる。席の数が全然割りに合わない」

「よく分かりませんけど、結構難しそうなんですね」

「もっと回転率を上げたところで、黒字化はそもそも現実的じゃないな。結局のところ、まともに黒字営業するなら、まずは広いとこに移って席の数を確保。そして、コーヒーの値段を上げるか、コーヒー以外にも甘いものや軽食を売っていくしかない」


 黒字化がなぜ非現実的なのか、姫奈には分からなかった。しかし、黒字化の具体的なビジョンを説明され、根本的に変える必要があるのだとは理解した。


「まあ、所詮は道楽でやってる店だから、どうでもいいんだけどな……。お前だって心配しなくてもいいぞ。バイト代だって、ちゃんと払ってるだろ?」

「それはそうですけど……」


 おそらく、晶の資産からしてみれば赤字の額など大したことはないのだろう。

 それは分かるが、姫奈はどこか腑に落ちなかった。

 現在の店で黒字化が不可能なのだとしても――赤字の額を少しでも減らしたいと思った。


「そうだ。来週、進路面談があるんですよ」


 経営に関する聞き慣れない言葉を聞いていると、ふと思い出した。

 二年生以降の文理選択が主な内容だが、その選択すら未だに決まっていなかった。


「中卒の挙げ句にこの歳で人生セミリタイアしてる私に、その手の相談は止めておけ」


 晶は気だるそうな瞳を向けた。

 確かに、姫奈にしてみれば全く参考にならない人生を送っているだろう。

 しかし、中卒とはいえ経営のノウハウが身に付いているのが凄いと思った。


「頭良いんだろ? 大学に行ける環境なら、とりあえず行っておいて損は無いんじゃないか? その分、将来の選択肢は増えてくるだろ――知らんけど」


 実体験が無い以上、晶は想像で語っているようだった。姫奈もまた、同じようなことを漠然と想像していた。

 その一方で、損は無くても必ずしも得はあるのかと疑問だった。結局のところ、時間は必ず浪費するのだ。

 ――本当に大学進学が正しいのだろうか。

 決して、進路から逃げているわけでは無い。純粋にそんな疑問を持つこともあった。


「失礼な質問かもしれませんけど……学校行かなくて後悔したことあります?」


 だからこそ、進学そのものへのデメリットが何かあるのか知りたかった。


「うーん……。そう言われてすぐ出てこないあたり、無いんだろうなぁ。親友(マブダチ)みたいな奴らも不自由しなかったし」

「なるほど。交友関係というのもあるんですね」


 晶にとっての麗美と結月のような存在だろう。

 さほど長い付き合いでもないが、八雲ぐらいしか浮かばないため、姫奈は少し落ち込んだ。

 確かに、学校以外で交友関係を築くのは困難である。大学で得られる分を放棄するのはデメリットとも言える。

 ――そう理解はするが、さほど重要な問題では無いと姫奈は思った。


「あっ。でも、可愛い制服は着てみたかったな」


 晶はそう言い、姫奈をじっと見つめた。

 姫奈は一瞬意図が分からなかったが、ねだっているような視線だった。


「貸しませんからね!」


 もしかすると――もしかする可能性は充分にあるが――十も歳の離れた女性が自分より制服を着こなすと、姫奈は大きなショックを受けると思った。

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