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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第01章『自信』 【第1部】
3/113

第02話(前)

 ――また三年後には大学受験あるじゃん。今度こそ同じ学校に行けたらなって、ウチは思うよ。


 もしかすると本心なのかもしれないが、きっと何気なく口にしたんだろうと姫奈は思った。しかし、そんな八雲の言葉が、姫奈の頭から離れなかった。

 三年後の大学受験を見据えてみると、一度受験に失敗している故の不安が半分。もう半分は、受験のその先にある未来への不透明さだった。

 誰もが知っているような有名な大学の名前は、当然ながら姫奈も知っている。そして、必要偏差値の高いそれらを受験したいとも思っている。

 しかし、どの学部で何の勉強をして、そこから将来にどう繋げるのかまでは、今まで考えた事が無かった。

 願わくば姫奈も八雲と同じ大学を受験して、今度こそ一緒に通いたい。だが、学力を抜きにした理由で、志望校や志望学科が簡単に被るのだろうかと疑問だった。

 遅くても一年後、二年生に進級するまでには文理選択をしないといけない。もしかすると、その時点で分かれる可能性だってある。

 自分がそうであるように、八雲もどちらを選ぶのか――その予兆すら姫奈は知らなかった。


「そういう話、出来なかったな……」


 他にも、塾や予備校はどこに通うんだろう、と。話したい事が後から浮かんでくるが、また今度訊こうと姫奈は流した。

 おそらく、こうして受験に失敗したからだろう。漠然とした学歴の事より、現実的な将来図に目がいった。

 しかしながら――自分が将来何をしたいのかは、まったく分からなかった。



 どのぐらい途方に暮れていただろうか。

 気づいた時には、広場から見える海の向こうに、陽が沈もうとしていた。

 将来の事を悩んでも、結局は何ひとつ答えが出なかった。思考自体が段々ぼんやりとしてきた。

 先の事が分からなければ、自然と後ろを振り返ってしまい――憂鬱な気分が再び手を伸ばしてくる。

 そろそろ帰ろうと思うものの、この場から動く気力すら湧かなかった。

 相変わらず、この広場には他に誰も居ない。広場にいくつか立っている風車のオブジェが、夕陽に照らされ長い影を作っていた。

 波の音を聞きながら――ひとりきりだから今度こそ泣いてしまおうと、姫奈は眼鏡に手を伸ばした。


「おい」


 しかし、背後から声に咄嗟に手は止まり、姫奈は振り返った。

 ――姫奈が受けた第一印象は『てるてる坊主』だった。

 明るい色のショートボブヘアーの丸い頭に、明らかにサイズが合っていない大きめのフード付きパーカー、そして裾の広がったフレアスカート。体が子供のように小柄なこともあって、まるで正三角形のようなシルエットが夕陽に照らされていた。


「せっかく仕事終わりの一服に来たのに、シケたお子さんが居たら不味くなるだろ」


 もう一度声を聞いて、その人物が女性だと姫奈は理解した。

 声の主は不機嫌そうに、姫奈の横を降りていった。広場の端――海に面した柵まで歩くと、パーカーのポケットから煙草の箱を取り出した。

 陽が沈む海に向かって煙草を吸っていた。その小さな背中を、姫奈はぼんやりと眺めていた。そしてハッとなり、どうして怒られないといけないのかと、ようやく疑問に思った。

 もしかすると、この女性はいつもこうして煙草を吸っているのだろうか。そうだとすれば確かに悪いのかもしれないが、ここは公共施設だし……と、納得できない部分もあった。


「で――こんな所で子供がひとりで何してるんだ?」


 女性は振り返り、柵にもたれ掛かった。

 立ち上る煙草の煙から、少なくとも成人していると姫奈は思っていた。

 そう。決して少女のようなあどけなさは無かった。

 逆光で、かつ距離が離れていても――その女性が右目に医療用眼帯を着けていても――体の大きさとは不釣り合いな『大人』の顔つきだと分かった。

 そう思った主な理由は、その女性が単純に綺麗だと感じたからだが、その事に姫奈自身気づかなかった。

 決して老けているわけではなく、二十から三十代だと姫奈は思った。


「失恋でもしたか?」


 気だるそうな隻眼が、姫奈に向けられた。


「違います」


 姫奈は首を横に振った。


「わたし、高校受験に失敗しました。本命だった所に仲のいい友達だけ受かって……わたしだけ、先週から第二志望だった所に通ってます」


 女性は遠くから、まるでつまらないものでも見るような目を向けていた。


「まだ立ち直れなくて……友達に嫉妬して……そんな自分が嫌になって……」


 改めて言葉にすると、再び感情がこみ上げてくる。しかし、それはさっきまでの泣き出したい陰鬱さではなく――


「勉強だけしてきたんですよ!? それなのに届かなかったのが悔しい!」


 初対面の女性にだからだろう。愚痴をこぼすように、自身の奥底にあった本音がようやく出てきた。

 別に、親からの期待があったわけでもない。将来の夢があったわけでもない。何かに打ち込む先が部活や遊びではなく、姫奈の場合は勉強だった。

 努力した分の成績が伸びた事は嬉しく、それを繰り返した三年間の中学校生活だった。勉強自体に意味を見出だせなかったが、学生の本分だと割り切っていた。

 今回の第一志望校にしろ、選んだ理由は必要偏差値の難易度以外、特に無かった。三年間の成長を確かめ、自信を持ったうえで高校生活を送りたかった。

 そう。自信が無くなったのだ。今まで信じてきたものが脆くも崩れ去り、無力さが押し寄せ、自身への価値さえも曖昧になっていた。


「友達だってあんまりいなかったし! オシャレとか流行りの曲とかドラマとか、今も全然知らないし!」


 姫奈にとって空閑八雲は確かに一番の親友だったが、勉強仲間としての側面が強かった。

 同級生達と『勉強以外』で触れることはほとんど無かった。休み時間に聞こえてくる会話の内容や、同じ女子中学生としての容姿。それらを羨むこともあったが、姫奈は勉強を選んでいた。


「うん。それはなんとなく分かる」


 声や表情から、女性は笑うのを堪えていた。

 自分が地味で華の無い容姿だと姫奈自身わかっているため、失礼だと思うよりも恥ずかしかった。


「過ぎたことは仕方ないだろ。お前はこれからどうしたいんだよ?」


 女性は携帯灰皿に煙草を仕舞った。


「分かりません……」

「私にも分からん。でも話を聞く感じ、ガリ勉も程々にして、メリハリつけて遊んだ方がいいとは思った」


 女性はそう言いながら姫奈に近づいてきた。


「ついてこいよ。オシャレな店に連れて行ってやる」


 そして、姫奈に手を差し出した。

 夕陽の逆光の中、相変わらず気だるそうな表情だったが、どこか自信ありげに笑っているようにも姫奈には見えた。

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