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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第07章『傷跡』
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第16話(後)

「RAYにはさ、ひとりのマネージャーが居たんだ。一栄愛生(いちえあい)っていう人なんだけど……。マネージャーというより、四人目のメンバーかな。それぐらい、私達は親密になって頑張ってた」


 アイという名前に、姫奈は聞き覚えがあった。決して忘れていなかった。


「なんていうか、雰囲気が姫奈ちゃんと似てたのよね……。捨てられた子犬、みたいな。シッポ振って健気に見てくる、みたいな」

「あー。なんか分かるわ、それ」

「……」


 わたしにどんなイメージ持ってるんですか、と姫奈は思った。

 呆れるが、アキラからも犬っぽいと言われたのを思い出し、少しだけ落ち込んだ。


「私らには言わなかったけど、彼女とRAY最強のセンターだった晶は、ぶっちゃけ付き合ってた。世界一のトップアイドル目指すんだって、ふたりでよく夢を語ってたよ」

「結構露骨にふたりだけの世界に浸ってたものね……」


 アキラが夢の中でキスを迫る相手なのだから、そういう関係であると聞いても驚かなかった。

 おそらく、アキラの部屋にあったツーショットの写真がふたりなんだろうと姫奈は思った。


「でも、あの夜……私と結月を順に降ろして、最後に晶を送っていた時。晶の話だと、マスコミに付かれたから振り切ろうとしたみたいなんだけどね――車が事故。運転していた愛生さんは天国に行って、晶も瀕死の重体、片目を失った」


 交通事故に遭ったのは、確かにアキラの言っていた通りだった。

 しかし、片目だけではなく大事な人まで失ったと知り、姫奈は複雑な気持ちだった。


「最愛の人を失くして大怪我もした晶は、それはもう酷いもんだったよ。超重い|心的外傷後ストレス障害《PTSD》を患って、リハビリに一年かかった。現在もまだ完治してないし、いろんな薬を飲んでるの、知ってるよね?」

「仕事じゃ全然緊張してなかったし、頼りになる存在だったから、メンタルは強いんだとずっと思ってたわ……。でも実際は、晶ちゃんの心はとても脆かったのよ」


 アキラがそういう経緯で精神疾患を患ったのだと理解できた。

 しかし、姫奈には疑問がひとつ残っていた。


「アキラさんが亡くなったと報じたのは、どうしてですか?」


 話の流れからおよその理由は察していたが、この際全てをはっきりさせたかった。


「晶本人がそれを望んだからね……。心身共にとても復帰できるような状態じゃなかったし、事故直後の時点できっぱりと否定したんだ。ファンから復帰を期待されても辛いから、死んだ事にしてくれって」


 やはり、姫奈の想像通りだった。

 世間から死んだと思われた方が、アキラにとっては都合が良かった。


「でも、この三月にカフェをやりたいって言い出したのさ。営利目的じゃなくて、ファンとお別れできる隠れ家が欲しいって。きっと、それが晶なりのケジメなんだろうね」

「うちの事務所から『あの店に行けば天羽晶に会える』という情報を、ファンの間にこっそり流したわ。ネットとマスコミには絶対に言わないという条件付だから、又聞きで慎重に伝わってるでしょうね」

「ああ……やっと分かりました。そういう人達、何度か見たことあります」


 店で泣き崩れている客。アキラを直に訊ねてくる客。

 姫奈は彼女達がずっと疑問だったが、アキラのファンだったのだ。『墓標』の店名通り、偲んで訪れていた。


「そして、そこに現れたのが姫奈ちゃんってわけ。アイドルを引退して一般人になった晶ちゃんが、初めて出会った『一般人』が貴方なのよ」


 店の事情はおろかアキラの正体すら知らない、ただの『一般人』だった。

 この話を聞く限りアルバイトなど不要であり、確かに店の実態も明らかにおかしかった。

 それを無知なまま土足で荒らしたんだと、姫奈は振り返って実感した。


「最初はね、適当に一年ぐらいで閉めて田舎に帰るって言ってた気がするなぁ。でも、とんだ番狂わせのお陰で、まともなカフェらしくなってきてんじゃん」


 だからこそ、麗美の言葉が皮肉のように聞こえた。


「――わたしのこと、不満なんですか?」


 姫奈はルームミラー越しに運転席の麗美を睨んだ。

 その視線を感じたのか、麗美はルームミラーを一瞥した。


「正直言うと……事情を知らない部外者のお子様が首を突っ込んできて、最初はいい気がしなかった。でも、結果的に良い方向に向かってるから感謝してる。だから――もしも中途半端な気持ちになったのなら、晶の前から消えなさい」


 麗美は、吐き捨てるように言った。


「私達はね、姫奈ちゃん。何も、RAYを復活させたいわけじゃないの。むしろ、逆――晶ちゃんにも別の道を歩いて貰って、RAYをちゃんと終わらせたいわ。そのためなら、たとえ子供だって利用するから。ごめんなさいね、大人気なくて」


 結月も再び後部座席に振り返った。ぼんやりとした瞳は、心なしか冷ややかなものに姫奈には見えた。

 ふたりの態度はアキラを大切に想っての裏返しのように、姫奈は感じた。

 だからこそ、分からなかった。


「わたしにどうしろって言うんですか!?」

「逆に訊きたいんだけど――姫奈ちゃんはどうしたいの? あの店で」


 麗美にそう返され、姫奈は心境を今一度整理した。


「わたしは元々コンプレックスまみれのガリ勉タイプだったのに、受験にも落ちて自信を完全に失ってた時、アキラさんと出会いました。アキラさんはわたしを変えてくれましたし、堂々とした姿にはカッコイイですし、憧れてます――元アイドルだと知った現在でも、その気持ちは変わりません」


 姫奈は、ルームミラーを真っ直ぐ見て答えた。


「アキラさんとカフェをやっていくのは楽しいですし、だんだんお客さんが増えてくると嬉しいですし……たかがバイトですけど、やり甲斐があります。あそこでなら――アキラさんと一緒なら、新しい自信がつきそうな気がするんです」


 ――自信って、何かに成功したからこそ付いてくると思うんです。


 いつか自分が言った言葉を思い出した。

 そう。自信というのは根拠があって得られるものだ。EPITAPHでの経験がそれに繋がると、姫奈は思っていた。


「ねぇ、姫奈ちゃん。あんたが自信を失くしたと言うなら――晶は誇りを失くしたんだよ」

「誇り、ですか?」

「そう。夢を追いかけてた最愛の人と一緒に、アイドルとしての誇りも綺麗さっぱり失くなった。かといって、別の誇りなんて無い。晶の中身はカラッポなのさ」

「結局のところ、私達が気がかりなのはそこなのよ。誇りというのは、ヒトとしての原動力。自信と違って根拠なんて要らない。生きていくうえでの、気持ちの問題だわ」


 自信と誇り。

 似た言葉だと姫奈は思ったが、結月の説明で違いを理解した。

 確かに現在のアキラに欠けているものだと思った。


「姫奈ちゃんがあの店で自信を取り戻すみたいに――『一般人の天羽晶』があの店を誇れるよう、手助けをしてあげて欲しい。難しいこと頼んでるのは重々承知だけど、出来るかな?」


 麗美は片手でハンドルを握りながらサングラスを外し、ルームミラー越しに姫奈を見た。


「頑張ります」


 姫奈は、出来るとは言わなかった。それに関しても自信が無い以上、無責任な回答は控えた。

 しかし、自分の気持ちを確かめるように――力強く頷いた。

 その回答に、麗美は満足そうにニッと笑った。


「よし、よく言った! 結月、姫奈ちゃんに渡してあげて」


 結月はアキラのマンションのカードキーを、姫奈に手渡した。

 そういえば麗美が持っていたと思い出し、それを譲渡されたのだと思った。


「わたし昼間は学校ですし、何かあった時はおふたりの方が動けるんじゃないですか? そりゃ、学校から近いですけど抜け難いですよ」

「ああ、それは結月が持ってた三枚目。私が二枚目を持ってるから、安心して。ちなみに、四枚目は存在しないからね」

「……わかりました」


 住んでいる本人の他にふたりの人間が勝手に入れるのはどうなんだろうと姫奈は戸惑ったが、信頼されたと思えば、少し嬉しかった。

 結月は何やらペンを動かす素振りの後、再びカード状のものを姫奈に渡した。


「それと、お姉さん達の連絡先。何かあった時は、遠慮なくかけてらっしゃいな。恋バナ相談でもいいわよ?」


 カードには結月の携帯電話番号が、手書きで書かれていた。

 裏側を向けると、そのカードは林藤麗美の名刺だった。

 麗美の携帯電話番号の他、芸能事務所の取締役の肩書、そして『兼、柳瀬結月マネージャー』と書かれていた。


「えっ、結月さんのマネージャーだったんですか?」


 RAY解散後は所属事務所の経営側に回ったとインターネット記事で知っていたが、兼業の事は初耳だった。

 道理でふたり一緒によく居ると、姫奈は納得した。


「業界だと割と有名な話なんだけどね……。でも、表には黙ってる情報だから、念のため秘密にしておいて」

「はい」


 姫奈は、ふたつのカードを学校鞄に仕舞った。

 丁度その頃、高速道路の出口が見え、自動車は一般道に降りた。

 いつの間にか頭上の雨音は止み、フロントガラスのワイパーも停止していた。


「さて。お話も済んだことだし、送っていくよ。自宅でいい? それとも――」


 わたしが今すぐ行きたい所なんて知っているくせに。

 相変わらず意地悪な人だな、と姫奈は思った。

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