表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第07章『傷跡』
22/113

第16話(前)

 翌日。姫奈は学校へ行くと、昇降口の掲示板に中間試験の成績上位者が貼り出されていた。

 姫奈の名前があったが、喜ぶ気分にはなれなかった。

 その日は一日中、頭がぼんやりとしていた。アキラをどう見ればいいのか分からないまま、放課後を迎えた。

 バイトには行こう。わたしが正体を知った事を、アキラさんはきっと知らない。

 それが姫奈の暫定的な答えだった。あわよくば『いつも通りの関係』で居られると思った。

 現実と向き合うと決めたが、結局は逃げる事を選んだのだった。

 スカートのポケットにあった細長いもの――アキラから渡されたライターを握りしめた。


 昨晩からの雨は、放課後になっても降り続いていた。

 傘をさして校門を抜け、しばらく歩いていると、背後から一台の自動車が徐行運転で近づいてきた。

 黒色のSUV車だった。

 姫奈は立ち止まると、運転席の窓が降りた。


「やあ、姫奈ちゃん。お姉さん達と、ちょっとドライブに行かない?」


 スーツ姿の林藤麗美が、サングラスを外して微笑んだ。隣の助手席からは、マスクを着けた柳瀬結月がぼんやりとした瞳を向けていた。


「すいません。わたしこれから、バイトに行くんで……」


 嫌なふたり組だと思いながらも、姫奈は苦笑で会釈した。


「残念ながら、今日はお店閉まってるよ。――晶が寝込んでるからね」


 麗美の言葉から、アキラの様子が安易に想像出来た。

 昨日の今日のタイミングで――姫奈は、ある予感がした。


「まあ、乗りなさいな」


 動揺が表情に現れたのだろうか。麗美はどこか哀れみながら、親指で後部座席を指した。

 姫奈は逃げられないと覚悟し、後部座席の扉を開けた。

 姫奈が乗り込むと、麗美の運転する車はすぐ、高速道路に上がった。


「どこに向かってるんですか?」

「安心しなよ。お話が済んだら帰してあげるから」

「……ごめんなさいね、姫奈ちゃん。ここも安心というわけでもないけれど、私達周りの目が怖いのよ」


 著名人の生活は全然想像できないが、落ち着いて話せる場を作ったのかと姫奈は理解した。

 側面のスモークガラスから同じような景色が続いているのを眺めていると、逃げ道を完全に塞がれたとも思った。


「最初にさ、これ訊かせて。――本当に知らなかったの?」


 後部座席から、サングラス姿の麗美がルームミラー越しに見えた。真っ直ぐ前を見て運転しているため、視線は合わなかった。


「……はい。本当です」


 何をですか? と姫奈は訊ねなかった。


「あーあ。私の負けかぁ」

「ほらほら。姫奈ちゃんは見かけ通り、純粋で良い子なんだよ」


 姫奈の回答に、前方のふたりが盛り上がった。


「あー、ごめんね。この前、晶の店で三人集まった時に、姫奈ちゃんが私らのことガチで知らないのか、知らない振りの演技なのかで盛り上がっちゃってさ。私はガチ派だったよ」

「私は演技派だったわ」


 大人ふたりが談笑を始めた。

 姫奈としては重い空気のつもりだったので、その落差に戸惑った。


「すいませんでした……。RAYという名前だけは昔っから知ってたんですけど、メンバーの名前も顔もさっぱりで」

「いやー。何も、姫奈ちゃんが悪いわけじゃないよ。……まあ正直、超ショックだけど」

「そうよね。てっぺん取った手応えあったもの」

「ていうか、最近の若い子って何に興味あるの? ネット配信者? アニメ声優? インディース歌手?」

「いえ。そういうのも、わたしは全然です。あっ、でも――結月さんはこの前、雑誌で見ましたよ」


 姫奈は雑誌名を口にすると、前方のふたりは冷ややかな声で驚いた。


「姫奈ちゃん、無理しなくてもいいのよ? あなたぐらいの歳だと、もっと別に読むものあるでしょ?」

「ちなみに、あのインタビュー私が代わりに答えてるんだよ。結月に喋らせると、とんでもないことになるからね」


 それは秘密にしておいてよ、と助手席の結月がハハハと笑っている麗美を小突いた。

 そんなふたりの様子を、姫奈は苦笑しながら眺めていた。


「ちょっとだけ話を戻すけどさ……晶はあの時『ガチ派』だったんだ。全然疑わないで、姫奈ちゃんのこと信じてたよ」


 麗美は声のトーンを少し下げ、落ち着いて話した。

 純粋にわたし個人を信じてくれていたと知り、姫奈は目頭が熱くなった。だが、溢れそうになった涙をぐっと堪えた。


「昨日の晩、珍しく晶から電話きてね。『姫奈ちゃんの友達が不思議そうにすっごい見てたから、たぶん気づかれた。どうしよう』って血相変えてた。別にもうバレたっていいじゃん、って私は軽く流したんだけど……。でも晶にしてみれば死活問題だったみたいで、一晩でパンクしちゃったってわけ」


 やはり、アキラが今日寝込んだ理由は昨日の一件だった。


「はい……。確かに、昨日その友達から訊ねられて初めて知りました」

「それで――姫奈ちゃんとしてはどうなの? 晶ちゃんや私達のこと、現在はどう思ってるの?」


 助手席の結月が振り返った。眠たげな瞳は相変わらず何を考えているのか分からなく、姫奈は言葉の深い意図が読めなかった。


「正直、わかりません……。えっと、怒らないで聞いてくださいね? 確かに、めちゃめちゃ凄い人達なんだとは思いますけど、今さら実感湧かないんです。アキラさんも、おふたりも……アイドルというより身近な『カッコいいお姉さん』というのは、今でも変わりません」


 姫奈は、本心を正直に話し、俯いた。

 おそらく『会う』と『知る』の順序が逆なら、結果はまた違っていただろう。予備知識が無く個人として会っている以上、印象は大きく変わらなかった。


「私としても、姫奈ちゃんがそうなら、それでいいじゃんって感じ。今まで通り、またふたりで仲良くカフェやって欲しいよ。……でも、晶が拗らせてる理由もなんとなく分かるんだ」


 頭上の雨音が、自動車の薄い天井越しに重く響いていた。


「麗美ちゃん――」

「いいんだ、結月。姫奈ちゃんはもう部外者じゃないんだから……。何も知らない一般人をあの晶がバイトとして雇った以上、遅かれ早かれ、いつかはこうなってたよ」


 定期的にワイパーの動いているフロントガラスを眺めながら、麗美は結月の制止を振り切った。


「いいかな、姫奈ちゃん。全然愉快な話じゃないから、喋るのはこれっきりね。これを聞いたうえで、もう一度考えみて」


 麗美の前振りに、姫奈は顔を上げて確信した。

 アキラの事故――世間は亡くなっていると認識している事に触れる、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ