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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第07章『傷跡』
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第15話

『でもあの人、事故で亡くなったんじゃなかったっけ?』


 姫奈はベッドで横になった状態で携帯電話の電源ボタンを一度押し、スリープ状態にして枕元に置いた。

 ――やはり、理解できない。

 アキラがあのRAYの天生晶?

 しかも、事故で亡くなっている?


 ――一年ぐらい前に交通事故に遭ってな。


 一度だけ医療用眼帯に触れた事を思い出した。眼帯の下には、義眼が埋まっていた。

 しかし、アキラは生きているのだ。亡くなってなどいない。

 アキラと天羽晶がぼんやりと重なりそうになるが、姫奈は認めたくなかった。

 藁にも縋る思いで、別人であって欲しかった。

 そう願いながらも――姫奈自身、この件から逃げるのはもう限界だと悟っていた。

 現実と向き合わなければいけない。


「……」


 姫奈は携帯電話をもう一度手に取り、インターネットブラウザを開いた。

 検索サイトのテキストボックスに『RAY』と入力し、決定ボタンを押した。

 本来の『光線』という意味よりも『RAY(グループ名)』というインターネット百科事典の解説ページが一番先頭に現れた。

 そのページにある概要欄の一文目はこうだった。


林藤麗美(りんどうれいみ)柳瀬結月(やなせゆづき)天羽晶(あもうあきら)の三人アイドルグループ。日月星の三光をモチーフにしたメンバー、また三人の頭文字からRAYと名付けられた』


 そして、二文目にはこう書かれていた。


『しかし活動九年目、天羽晶の交通事故による死でグループは解散した』


 具体的には二年前の三月、現在からおよそ一年前の出来事だった。

 アキラの言う交通事故に遭った時と合致していた。


 姫奈はページを戻り、次に『RAY』を動画検索した。

 ライブ映像や歌番組の切り抜きが次々に出てくるが、一番先頭のドームライブの動画を開いた。

 レイミ、ユヅキ、そしてアキラ。EPITAPHに居た三人の女性が華やかな衣装に身を包み、歌と踊りを披露していた。

 レイミとユヅキは現在とあまり変わっていないが、三人の中心に居るアキラはまるで別人のようだった。暗い色のロングヘアーに、医療用眼帯の無い顔はとてもイキイキとしていた。

 ――アキラの部屋で見た、テレビ台に置かれていた写真の人物と同じだった。

 動画では、三人の立つステージを全方位から観客が囲んでいた。何万人収容されているかは分からないが、観客ひとりひとりの顔は小さすぎて見えなかった。その代わり、赤色と白色と青色の光が、無数のペンライトが綺麗に揺れていた。


「……」


 姫奈は動画の再生を途中で停止すると、携帯電話を置き、ベッドで仰向けになった。

 広場で出会った人物は、髪を切って貰った人物は、朦朧とキスをしてきた人物は、一緒に買い物に行った人物は、カフェをこれからも頑張っていこうと語り合った人物は――天羽晶だった。

 この二ヶ月間、かつての国民的アイドルと過ごしていたのだった。

 言葉が出ない程に驚いている。あまりにも事実が重すぎるため、頭はひどく混乱している。

 しかし――どう受け止めていいのか分からなかった。

 明日からアキラをどう見ればいいのか分からなかった。

 姫奈はふと思い出し、携帯電話を再び取った。メッセージアプリの八雲との会話画面を開き、文字を入力した。


『このこと誰にも言わないで。お願い』


 現段階で、姫奈は何よりも情報拡散を最も危惧した。言いふらすような親友ではないが、念のため釘を差した。

 すぐに既読マークがつき、前後のやり取りを見返すと、会話になっていない事に気づいた。


『また今度、ちゃんと話すから』


 追伸でそう擁護するが、話せる事なんて何も無いと姫奈自身が分かっていた。

 しばらくすると、了解を意味するスタンプが送られてきた。


 カーテンを閉めた窓の向こうから、ポツポツと雨音が聞こえてきた。

 静かな雨音に耳を傾けながら、再びインターネットブラウザを開いた。

 姫奈は『EPITAPH』を検索した。現在ではすっかり綴りを覚えていた。

 カフェの情報は出てこなかった。姫奈としても、それが知りたいわけではなかった。

 エピタフという読み方と――『墓標』を意味する言葉だと、ようやく知った。

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