第七話
勇者バタイユが魔王ザルヴィールを討伐したのは、もう五年も前のことだ。
それからずっとまともな修行をしていなかった彼の体力は、全盛期の半分ほどに落ちていた。
「……リム、スカイ。そろそろ少し休まないか」
「お父さん! まだ出発したばかりだよ!」
子どもたちはまだまだ元気いっぱいだ。
ザルヴィールがもはや人類の脅威ではないとしても、さすがにこれ程の体力低下は彼にとってショックだった。
「もう一度、仙竜様に鍛えなおしてもらおうかな……」
先を行く子どもたちを見ながら、勇者は自嘲した。
針葉樹の大木が立ち並ぶ森を抜け、次第に低木や草原が散見されるようになった辺りで、リムが立ち止まった。
高地ということも相まって、三人とも息が上がっている。
リムはしばらく目を閉じ、集中を研ぎ澄ませたあと、右手をまっすぐ伸ばして、
「……こっち」
と言った。
よく見ると、小道が伸びている。彼女の家は、この先にある。
ザルヴィールの家は簡素な木造で、一見すると小屋のようだった。
庭には珍しい草花が並んでいて、おそらくは錬金術の材料になるのだろう。
恐る恐るスカイが扉を叩いたものの、応答はなかった。
「残念だけど留守のようだ。仕方ない、帰ろうか」
内心ほっとしながら、バタイユが振り向くと、そこに彼女はいた。
「あっ、昨日のお姉ちゃんだ!」
とスカイが嬉しそうに叫ぶ。
「お前たち、何しに来たんだ?」
「見ればわかるだろう? まさか、わざわざ言葉にする必要があるとは思わなかったぞ。……ッて!」
バタイユの太ももに痛みが走った。見ると、リムが指でつねっている。こういうところは母親によく似ていると勇者は思った。
「昨日、弟の命を助けてくださったそうで、お礼をしたかったんです」
「……そう。茶でも出すから、入って」
室内はこぎれいとしていたが、肉や薬草が吊り下げられていたり、読みかけの本が置かれていたりしていて、まるで普通の人間が暮らしているかのような生活感があった。
五年前の、あのおぞましい魔王城とは大違いだ。
「他人の部屋をじろじろ眺めて、随分失礼なお父さんだこと」
「ごめんなさい」
と言い、父に代わってスカイが頭を下げる。
「これ、昨日のお礼です。姉と二人でドーナツを作りました。受け取ってください」
スカイが再び頭を下げながら包みを差し出した。
四歳児二人でドーナツを作るとは、我が子ながら末恐ろしい。だが、もしかすると、この世界の人間は地球人と比べて早熟なのかもしれないと勇者は思った。
「ありがたくいただくね。……うん、おいしい」
本当にこれがあの魔王のなれの果てなのか。
「ぼくはスカイ。隣は姉のリム。こっちはお父さんのバタイユ。……お姉ちゃんの名前は?」
「私の名前?」
魔王ザルヴィールにしては、珍しく不意を突かれたような表情を見せた。
「そうだな……。ウ、ル……ピア。ウルピアと呼んでほしい」
さすがの魔王も、この雰囲気の中、正直に名乗るのは気が引けたのだろうとバタイユは想像した。
「ウルピアお姉ちゃん……。ぼく、きっと強くなるから! 今日もお稽古がんばったんだよ」