第四話
バタイユはしばらく呆然としていた。
剣術を始めたばかりの息子に、「頑張らなくていい」と言ってしまったことを悔いていたのだ。
『初めからお前には期待していない』という意味に取られても仕方がないし、それこそが彼の本音だったことに愕然とした。
スカイの自尊心をどれだけ踏みにじってしまったか――。
いつの間にか自分が、我が子に期待しない薄情な親になってしまったのか――。
「殿下、大変です!」
兵の呼びかけで、彼は我に返る。
「どうした」
「スカイ王子殿下が裏山に! ……見失いました!」
王城の裏山には中級の魔物が棲みついている。元々この山は竜神が棲む聖地としてあがめられており、その信者たちが山の中腹に造り上げた建物こそ、この王城の前身と伝わっている。
だが、いつの間にか竜は姿を隠し、聖地には魔物が現れるようになってしまった。
幼いスカイには非常に危険な場所だ。
しばらくはスカイに合わせる顔がないバタイユだったが、命の危険があるとなれば話は別だ。
彼は裏山に駆け出していた。
「シイラかヤムシンがいれば、簡単に探し出せるんだがな……」
バタイユは、かつての仲間たちを思い出していた。
山道は森になっていて見通しが悪い。シイラの探知魔法か、ヤムシンの飛行魔術がなければ、何かを探し出すのは至難だ。
更に山を登るべきか、獣道を辿るべきか迷っていると、突然、鳥たちが騒ぎ始めた。
モンスターの気配だ。もしかすると、スカイもそこにいるかもしれない――。バタイユは獣道を下り始めた。
*
少年は泣いていた。救世の勇者を父に、次期国王を母に持つ男子として、将来の王としての器を期待されていることは、幼い彼にもよくわかっていた。
そして、その期待には応えられないことも――。
少年は無我夢中に山を走り続けた。
息が切れて、心臓は激しく胸を躍らせ、脇腹はきりきりと痛み出していた。
遂に少年は立ち止まって、辺りを見回す。
ここがどこかは分からない。
そう気が付くと、今度は少年の心中に恐怖が沸き上がってきた。
そして、それを嗅ぎつけたかのように、黒い狼の群れが少年を取り囲む。
じりじりと距離を詰めてくる狼たち。
もうすぐ、この獣たちが自分の体にかじりつく。どれだけ痛いのか、血が出るのかを想像し、少年はまた泣いた。
叫ぼうとしても、緊張のあまり喉の奥がきつく縛られたようになり、息をするのがやっとだった。
「スカイ! 今助けるぞ!」
父の声が聞こえて、少年は顔を向ける。
だが、手を伸ばそうとしたその時、狼が一斉に飛びかかってきた。
――助けて、お父さん。
少年は希望にすがって目を閉じた。
次に聞こえたのは轟音。
その瞼の裏から見えたのは、黒い雷というべきものだった。