第二十二話(最終話)
「……本当にこれでよかったのでしょうか?」
屋敷の上空に、赤と黒の二匹の竜が羽ばたいている。
「仙竜。それは彼らが決めることだ」
黒い竜が赤い竜に向かって言う。
「神竜ウルヴィール様……」
「世界の牙として闇に身を堕とした私に、もはや、それを名乗る資格はない。いい加減、ウルピアと呼んでくれないか」
「何をおっしゃいます。そもそもの原因は人間にあるのですから。……お力を取り戻された今、人類の目などと名乗る必要はありません。いっそ人間など……」
「それ以上言ってくれるな。これでも、お前の気持ちは十分理解しているつもりだ」
「……それなら、なぜバタイユを助けたのです?」
「持て余された力が、これからどこに向かうか、興味深いとは思わないか?」
「人間など……。同じことを繰り返すだけです」
それを聞いた黒い竜が笑って言う。
「そうだな。だが、それでも良いではないか。……おや?」
屋敷で誰かが叫んでいる。
だが、それは勇者の帰還を祝福するものではなく、明らかな怒声だった。
「早速、夫婦喧嘩か」
「実に欲深く、愚かな生き物です」
「では、賭けるか? あの夫婦が別れるかどうか」
「いいですよ。私が勝ったら、人間を滅ぼしますからね」
二匹の竜が実に愉快そうに笑う。
屋敷にいた人間たちはそれに気が付いて、窓や庭から上空を見上げた。
「神竜様……」
書斎の窓際で黒い竜を仰ぎ見ながら、カズム国王が涙声で呟いた。
「あの黒いドラゴンさん……。ウルピアお姉ちゃんと同じ気配がする」
庭にいたリムが黒竜を指して言う。それを聞いて、スカイが竜に向かって大きく手を振る。
「おねーちゃん! ありがとー!」
「ウルピア……」
言い争いをしていた夫婦も、今は窓から空を見上げている。
「私たちなんて、とてもちっぽけで、くだらないものに映るんでしょうね」
「いいんだよ、それで。おれたちは人間なんだから。……それに、家族ってそういうものだろう?」
この物語は一旦ここで幕を閉じる。
だが、これは彼らにとっての終わりではないどころか、始まりですらない。
それほどまでに人の生は捉えがたく、それゆえに何ものにも替え難いのだ。
高木の枝が風に揺れ、葉が互いを擦り合う。
その乾いた音色は、暖季の終わりを辺りに告げていた。
彼らは変わる。そして、変わらなければならない。
地位と権力という縁を失い、手探りの毎日が始まるのだ。
だが、それは幸せでもある。
――家族が傍にいて、本気でぶつかり合えること。
その本当の価値は、後悔とともにしか明らかにならないのだから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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続編の構想があるため、未回収要素を残していますが、あまり気にしないでください。