第二十話
「仙竜様、お願いです。……仲間を傷つけるのは、おやめください」
傷ついたバタイユは腰を落とし、聖剣ダルヴィールを深く構える。
「恩人の頼みとあっても、それは聞けぬ。人間は滅ぶべきだ。お主は元の世界……ニッポン、だったか? そこに帰ればよい」
「残念ながら、それはできません。『帰って来るな』と親に言われていますので」
「そう言うが、今のお主に勝てる見込みはないぞ。良くて相打ち……。だが、おそらくは、その技が決まる前にお主の力は尽きる」
仙竜の推察は的を射ていた。ヴァーミリオン・オーバードライブは、外法の力を糧にしてより強力な外法を発動させる、いわば外法の重ね掛けによる一撃だが、その分、身体的負担も甚大だ。
今のバタイユにはとても耐えられないだろう。
「仙竜様……。最後の修行でのご質問を覚えていますか?」
「魔王を倒した後、お主はどう生きるのか……だったか」
「はい。……あの時のおれには答えられませんでした。でも、今ならわかるんです」
体中が軋みだし、バタイユの口元には血が滴り出している。
「家族が……。エリスが愛した男であり続けること」
あの、猛々(たけだけ)しく滾る夜が二人に訪れることは永久にないだろう。
だが、今のバタイユにはそれで満足だ。いつでも己を包み込んでくれる、優しい温もり……。それが家族とのあるべき姿だと思い出させてくれたのは、今日、七年ぶりに再会した両親に他ならない。
「そうか。ならば勇者よ。人として死ね」
仙竜の口元がほころんだ瞬間、黒い雷が激しくバタイユを打ち、轟音が響いた。
しばらくして土埃はおさまったが、バタイユの姿は影も形もない。
シイラが目を閉じて、静かに涙を流す。
「バタイユ殿の気配が……完全に消失しました」
*
このことをエリス王太子たちが知ったのは、それから間もないことだった。
「バタイユが……。死んだ、と?」
バタイユが敗れるとは、さすがのエリスにも信じられなかった。
そして、その目からは、思わず涙がこぼれていた。
自ら決別し、追放した相手だというのに――。
いざとなれば、危機に駆け付け、全てを解決してくれると期待していた。
そして、いつかきっと、幸せな家庭が戻ると信じていた。
罪深い、自分勝手な悲しみを味わいながら、エリスは、まだ夫を愛していることを痛感した。
「お父様。……いえ、国王陛下。私たちは降伏すべきです」




