第二話
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
これが、彼の今の妻、王太子エリスとの出会いだった。
七年前、こうして異世界に召喚された彼は、まるで生まれ変わったかのように数々の偉業を成し遂げた。
仲間とともに魔王軍の侵攻を食い止めるだけでなく、他国家との連合をまとめ上げた救世の勇者として、――遂に、魔王を討ち取ったのである。
だが、それももう五年前のことだ。
王太子エリスと結ばれ、双子の一男一女をもうけた彼は、これ以上ない幸せな人生をこれからも歩んでいくと誰からも思われたのだが……。
彼は今、離婚の危機に瀕している。
浴槽に肩までつかり、天井を見上げる。
この浴場は、彼が日本を懐かしんで作らせ、一般国民に開放しているものだ。
最初こそ皆に喜ばれたが、元々そのような文化がない国民の足は、次第に遠のいていった。
つまり、他人と一緒に風呂に入るという価値観を共有できなかったのだ。
これは、夫婦間についても同じだった。
例えば、子どもたちが生まれた時のこと。
この国の貴族たちは子育てを乳母に任せるのだが、これは、現代日本で生まれ育った彼にはとても時代遅れのことに思われた。
百歩譲って、それが国政のためやむをえないことだとしても、乳母たちが子どもたちを寝かしつけている間、エリスが夜のパーティに顔を出していることだけは、彼にはどうしても許せなかった。
だから、いつしか彼は社交界に顔を出すことはなくなり、次第に貴族からの人望を失っていった。
エリスからすれば、社交界こそ国政の要であり、それを疎かにする夫が許せなかった。
こうして二人は、今ではまともに会話をすることもなくなってしまった。
それでもまだ別れなかったのは、彼にとっては子どもたちのため、エリスにとっては対面を保つためだった。
――あの、魔王討伐遠征出発前夜の熱情は、いったいどこにいってしまったのだろう?
生きては帰れないという危機感が見せた一時の夢か、はたまた幻か。
今の彼には、絶対的な武力とそれなりの地位がある。
だが、彼は今、日本にいた時のような疎外感を再び味わっていた。