第十八話
「仲間とは戦わない……? どういうことだ」
武器を構えないバタイユの鼻先に、イージスが槍斧を突き出す。
「今更だが、陛下のことはおれに預からせてくれ。約束する。なんとかしてみせる」
「本当に今更だな。どうやったら、その話を信じられる?」
「信じてくれ。あの時のお前は信じてくれただろう?」
「だめだ。バタイユ、お前は変わってしまった。おれが命を預けた救世の勇者、神々に祝福された魂は、もう死んだのだ」
にわかに前線の方が騒がしくなったので、この場の四人も顔を向けた。
彼らの目に映ったのは、市門から出撃するカズム王国軍の姿だった。
「バタイユ、謀ったな!」
「違う! あいつら、なんてことを……」
そう言い残して、バタイユは王国軍の方に走り出した。イージスたち三人もバタイユを追いかける。
バタイユの頬を熱線がかすめた。ヤムシンの攻撃魔法だ。
「バタイユ。悪く思わんでくれよ。わしらも、それぞれの民を代表してここにいるんじゃ。おぬしらの返答が『武』であった以上、相応の報いを与えねばならん」
バタイユは外法を発動し急加速する。だが、その日四度目の発動に対し、鍛錬不足の肉体は悲鳴を上げ始めていた。
手足の先から徐々に毛細血管が破れ始め、身体の自由が削がれてゆく。
「進軍をやめろ!」
勇者が叫ぶ。だが、自軍から返ってきたのは、
「勇者バタイユがいる限り、我が軍にあるのは勝利のみ!」
という雄叫びだった。
バタイユは両軍が睨み合う中央に立ち、大きく手を上げる。戦争を止めるために。
だが、背中に走る鈍痛のあと、バタイユの体は浮き、前方に吹っ飛んだ。
イージスのまっすぐな突きだ。
『世界の甲羅』を意味する神衣ユルヴィールでなければ、槍は今頃バタイユの身体を貫通していただろう。
仰向きになったところで目に入ったのは、空中に浮かぶ巨大な火球だった。
火炎魔法を得意とするヤムシンと、風魔法を得意とするシイラの合わせによる禁忌魔法だ。
まともに受ければ、さすがのバタイユも助からないだろう。
助かる方法はただ一つ、聖剣を抜くしかないが――。
度重なる無理に手足はしびれ、動くことができなかった。
迫りくる火球。
その熱に、肌と髪が焼かれていくのがわかった。
前髪が焦げてきたのか、悪臭が鼻を突いたところで、バタイユの意識は途切れた。
火球が地を打ち、熱波と轟音が辺りを破壊する。
両軍とも一時撤退し、熱気が落ち着いたのは、それから一刻も後のことだった。
火球の跡は黒いクレーターと化していて、その地面はまだ熱を持っていた。