第十六話
「なぜ戻ってきたのだ。おろかな勇者よ」
再び目を覚ました彼を迎えたのは、黒い髪と赤い瞳、そして黒い服をまとった少女――かつて彼が殺した魔王のなれの果てだった。
「言っただろう? この世界に『も』おれの居場所はないんだって」
「……それにしては、随分と良い顔をしているが」
「そんなことを気にするのはやめたんだ。この気持ち、魔王だったお前なら、よくわかるだろう?」
バタイユは、握りしめていたお守りを見つめて言った。
「何だそれは。ちょっと見せてみろ」
そう言うと、ウルピアは強引にそれを奪い取り、袋を開け始めた。
「……ほう。これはおもしろい。……もしかすると」
中にあった金属製の札を勝手に取り出して、興味深そうに見ている。
「返せよ!」
「まあ、待て。悪いようにはせん。これは私が預かろう」
「だめだ。それは大切なものなんだ」
「では、先日の子守りの礼として、これをいただく。悪いが、交渉の余地は一切ない」
そう言われると、返す言葉がない。
「悪魔め」
「魔王とよべ」
勇者は、諦めざるを得なかった。
「ところで、ウルピア。今回、簡単に帰ってこられたのは、やはりお前の仕業なのか?」
「……まあ、な。お前が空けた時空の穴を、一時的に魔力で固定化した。ほら、魔法陣がそこにあるだろう」
その指の先には、既に役目を終えた巨大な魔法陣があった。
「さすがだな」
「と言っても、今の私にあれを長時間維持する力はない。先日、お前の娘から吸い取った力も使い切ってしまった」
「吸い取った力? それって、どういう……」
「いや、それは……」
ウルピアは、しまったとでも言いたげに、恥ずかしそうに言い淀んだ。
「とにかく! こんな所に長居は無用だ。帰るぞ!」
*
二人がウルピアの家に戻ったころ、嵐はもう過ぎ去って、夜空に星々が出始めていた。
明日はきっと晴れるだろう。
そんなことを考えていると、離れで何かが光った。
「お父さん!」
駆け寄ってきたのは、バタイユの子どもたちだった。
あの転移魔法陣を使って来たのだろう。
「お前たち……。どうしてここがわかった?」
「わかるよ! ここにいるのも、出て行った理由も、最初から全部わかってた! ……だって、お父さん、うそが下手だもん!」
「そうか……。だが、それならなぜ来た?」
「助けてほしいの! 陛下と母上が……。カズム王国が、なくなっちゃうよ!」
スカイが泣きながら訴える。
「どういうことだ?」
「今ね、いろんな国の兵隊さんが、いっぱい来てるんだよ!」
リムの言葉を聞いて、ウルピアが口を開いた。
「バタイユ、行ってこい」
「ウルピア……」
「この世界でのお前の生きざまを見せてみろ!」
「お父さん……」
リムが心配そうにバタイユを見つめている。
「大丈夫。お父さんは勇者だ。お母さんたちを助けて、必ず帰って来る」