第十四話
どこかに行くあてなどなかった。
他国は今、勇者バタイユを敵視しているに違いない。
かつて魔王が君臨した『魔界』と呼ばれる大陸に逃げ、そこで、命が尽きるまでひたすら剣をふるい続けることも彼は考えた。だが、そこに住む魔物や魔人も生き物には変わりない。
無闇に彼らを屠る資格があるとは、今のバタイユに思えなかった。
この心境は、七年前のあの日ととてもよく似ている。
彼の足は、自然とウルピアの家に向かっていた。
*
「城を追いだされて、私のところに逃げてきたと?」
「すまない……」
「全く。先日の礼すら受け取ってないというのに」
本当にウルピアの言うとおりだとバタイユは思った。
「子どもたちにはどう説明した?」
「『魔界に起こった異変を調査しに行く』と言っておいたよ」
「……おろかな。お前たち夫婦の不和が、あの娘を魔人化させたんだぞ!」
バタイユたちの身勝手な決定に、さすがのウルピアも怒りを隠しきれないようだ。
「バタイユ。お前にもう居場所はない。……この世界にはな」
「いや。この世界に『も』だよ」
「確かめてもいないのに。どうしてそう言える?」
「やめよう。無駄なことだ。確かめようがない」
「……ところで。この様子、『あの日』に似ているとは思わんか?」
ウルピアは、窓の外を眺めながら言う。高地ということもあり、外は雨と霧で真っ白だ。
「そう言われればな」
「元の世界に帰れるかもしれないぞ」
「どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味だ。暦によれば、今日は、お前が来た世界と最も接近する日だ。
外宇宙に干渉するほどの転移魔法は私には使えぬが……。その神器と今のお前の実力があれば可能かもしれん」
*
ウルピアの空間転移魔法により、彼女とバタイユは山の頂上に来ていた。
激しい風と雷雨に包まれており、並の人間には立ち続けることも難しい。
「ここが今、お前の世界と最も近い場所だ」
「やってくれ」
ウルピアが術式を展開する。
「……いいか、私にできるのは、お前を外宇宙に向けて『吹き飛ばす』だけだ。時空の壁を突き抜けられなければ、お前は衝突して死ぬ。だが、幸い今のお前には外法がある。わかるな?」
「ああ」
術式が輝きだした後、黒い雷が激しくバタイユを打ち、轟音とともに彼はこの世界から消失した。
*
バタイユが目を覚ましたとき、目に入ったのは大きな目と白い毛――犬の顔だった。
彼には、その顔がなんとなく懐かしく思えた。
「勇!? ……あなた、勇なの!?」
上を向いた彼の目に入ったのは、まぎれもなく、年老いた母の姿だった。