第十二話
魔人化――それは、取り込んだ魔力が肉体の許容力を超えた状態をいう。人間の魔物化ともいう。
通常の人間には起こりえないことだが、可能性は大きく三つある。
第一に、高濃度の魔力にさらされた場合。例えば、天然洞窟の奥地などに生成される魔力の結晶――魔石は、高濃度の魔力を放っている。それに曝され、周囲の生物が魔物化する。
第二に、外法を使用した場合。暗黒物質の力は、とても生身に耐えられるものではない。それによる魔人化だ。事実、七年前の冒険において、バタイユは外法を使用した代償として二度も魔人化している。それを防ぐのが、神衣ユルヴィールの力だ。
そして第三に結晶化体質。周囲から取り込んだ魔力が体内に蓄積され、自身の体内で魔石が生成されること――これを結晶化体質という。体内にある魔石からの過剰被曝が魔物化を引き起こすのだ。優れた魔法使いは多少なりとも結晶化体質であることがほとんどで、彼らは体内魔石の力を用いることにより、常人よりはるかに強力な魔法を使うことができるのだ。
今、リムに起こっているのは、結晶化体質による魔人化に間違いない。――だが、十歳未満の子どもにおける発症など、前例のない話だ。
王家の血統か、それとも勇者の血筋によるものか。
いずれにせよ、リムを救うには体内の魔石をどうにかしなければならない。この場合、外部から魔力を吸引して魔石の力を弱めるのが定石だ。対症療法に過ぎないが、暴走状態の者に外科手術や転移魔法を用いるのは到底現実的ではない。
だが、今ここにいる者で魔力吸引を使えるのは、おそらくウルピアだけだ。
「ウルピア……さん。頼みがある」
「『さん』は余計だ。この上なく気味が悪いと、今はっきりした」
「おれがリムの体を抑える。だから、娘を……。頼む」
「随分都合のいい話だ。とは言え、このままでは、な」
バタイユが大きく踏み込み、リムの後ろに回って腕を伸ばす。だが、あまりの圧に手首がひしゃげそうになった。
既に外法を発動させているのに、だ。
「剣を使え!」
後方のウルピアが叫ぶ。
「しかし……」
バタイユが戸惑っていると、
「娘にではない。床にだ! 床に剣を突き立てろ!」
と指示が飛んだ。
ウルピアの指示どおりバタイユが剣を床に突き立てると、娘から発せられる黒い波動が明らかに弱まった。
「……剣が、魔力を吸収しているのか?」
バタイユは機を逃さず、そのまま娘の体を抑え込んだ。
「その剣には、所有者に敵対する魔力を封じ込める力がある。攻撃しなくてもな」
「知らなかった……」
「おろかな。こんな基本的なことも知らないまま、あの私に勝ったとは。余程運がよかったとみえる」
「わかってる。おれがバカだってことは。それより早く……」
リムが父の腕の中で激しく暴れている。
ウルピアはリムの腹に手を合わせると、魔力吸引の術式を発動させた。
すると、リムは次第におとなしくなってきた。だが……。
「……これほどとは、な。正直、今の私には吸いきれん量だ」