第十一話
以前、全てから逃れようとしていたバタイユにとって、この世界に招いてくれた今の妻エリスと、そんな彼を手厚く支援してくれた国王が、彼にとって命の恩人であることは今も変わらない。
だが、それを差し引いても、問い質さなければいけないことがあった。
当の国王は、明らかな苛立ちをもって彼を迎える。
「バタイユか……。アシュラ軍が攻め入ってきた時、お主は一体どこにいたのだ?
そのおかげで、本来避けることができた犠牲を強いられたのだぞ」
王から勇者への労いの言葉はない。エリスが王の側に立って、付け加える。
「王族としての務めを果たさないだけでなく、今回の一件。王室からの追放もありえると思いなさい!」
「何だと! お前のそのご立派な『王族としての務め』の結果、同盟は破綻し、争いが起こったんだぞ!」
ただでさえ怒りを抑えていたバタイユは、その言葉に我を忘れてしまいそうになる。
「はあ……。これだから人間は」
大広間に響き渡るため息に、その場の全員の注意が向いた。
「ウルピア。どうしてここに?」
「どうして、だと? ……なるほど、お前にとっては家族のことなど二の次か」
ウルピアの後ろには、スカイとリムがいた。
「そうか……。子どもたちを連れてきてくれたのか。すまない、ウルピア。そして、礼を言う。ありがとう」
「バタイユ。その少女は何者だ」
国王が口を開いた。バタイユは少し冷静さを取り戻して返す。
「……先ほどの戦いの間、子どもたちを預かってもらっていました。戦いに連れて行くわけにはいきませんから」
しかし、エリスの怒りはまだ収まるところを知らないようだ。
「あなた。見ず知らずの他人に、しかもそんな平民の子どもに、私の大切な子どもたちを預けた、ですって? 私の許可なく!」
次にエリスは、国王に向き直って言う。
「お父様、私、決めました! この人とは、もう終わりにしようと思います!」
「……ふむ」
「離婚か。望むところだ、エリス」
「やめて!」
二人の間に割って入ったのは、娘のリムだった。
「やめて。母上、お父さん。……ウルピアさんもいるのに、どうしてそんなことを言うの?」
リムは泣いていた。それを見た両親の胸には多少なりとも罪悪感が浮かぶ。
リムは下を向いて続ける。
「でも、一番悪いのは私なんだ。だって……。今日のことも、私が言い出したの……」
「お姉ちゃん。違うよ、言い出したのはぼくだ」
「違う。スカイは悪くない。……言い出しただけじゃない。ウルピアさんと話したら、どんどん楽しくなって、それで遅くなったの……。全部、私のせい」
リムは自分を責め続けている。どう声をかけたものかとバタイユが困惑していると、
「伏せろ!」
とウルピアが叫んだ。
突然の衝撃波に、国王とエリスが紙のように吹っ飛ばされる。バタイユは何とか持ち堪えたが……。
「リム! スカイ! 無事か!?」
「この少年なら問題ない。だが……。スカイ、私の側から離れるな」
どうやら、ウルピアがスカイを守ってくれたようだ。
「バタイユ。娘をよく見てみろ。あのどす黒いオーラ……。そして、あの黒い目を」
ウルピアの指示どおりに目を凝らすと、確かに、愛娘の眼が異形化しているのがわかった。
「あの娘……。リムは、魔人化しているぞ」