第十話
「バタイユ。あれはもう、全ての国で破棄されたよ。お前の国を除いてな」
イージス・アシュラの驚くべき言葉に、バタイユは何も言い返すことができなかった。
イージスが大きな槍斧を構える。もう衝突は避けられないとバタイユは覚悟した。
「神衣!」
勇者の体が白く光る。空間転移魔法の応用で鎧兜を召喚し、装備を整えたのだ。
全盛期には遠く及ばないとしても、彼は救世の勇者だ。負ける気はしなかった。
イージスをはじめ、かつての仲間たちは全員竜装という竜族の武具を用いるが、勇者だけは旧き神々が遺した武具を授けられている。その名のとおり、格が違うのだ。
それだけではない。彼には、異世界転移を経験したからこそ得られた力――外法がある。
肺が空気中の酸素を取り込んでエネルギーに変えるように、周囲の魔力を取り込んで自らの意思で操作すること、――この世界ではそれを魔法という。
この魔力の根源は外宇宙にある暗黒物質なのだが、異世界転移を経験したバタイユは、外宇宙との接続により暗黒物質から直接魔力を得ることができる。つまり、空間に霧散する前の純粋な魔力を直に取り込む法、これが外法だ。
このように、装備も技も桁が違うのだ。
だからこそ彼は勇者であり、神格の魔王ザルヴィールを討ち取ることができた。
バタイユの予想どおり、勝負は刹那で決した。
イージス・アシュラの喉もとには、聖剣ドルヴィールの刃先が突きつけられており、彼は一歩も動くことができない。
「さすがだな。腑抜けたとばかり思っていたが」
バタイユは答えないで、静かに剣を収めた。
静寂の後、イージスは身を翻し、兵に撤退を指示する。
「追うな!」
バタイユは自国の兵たちに命じる。
「民の救出が先だ! 戦士長。消火と避難誘導の二班に兵を分け、至急取り掛かれ!」
戦士長がとっさに反論する。
「追撃の好機を逸する気ですか!」
それを聞いた勇者の怒りに満ちた表情―― まるで、魔王のような形相を見て、戦士長はそれ以上何も言えなかった。
――雨が、降りはじめていた。
*
神器の装を解かないまま、バタイユは城を駆け上がる。
そして兵の制止を振り切って、謁見の間の大扉を乱暴に開けて言った。
「国王陛下! 話がある!」