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生存競争の宇宙で  作者: ブンイチ
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幕間    屍山血河の惑星


 ロウとガラヴァリスの兄妹が、惑星ミッドスターに降り立つ、およそ三年前。


 イルミナス領、アルゴ星系第四惑星、オルートにて。




「お疲れ様、ディオレ」


 イルミナスの軍人、ディオレ・スティクマは、基地へと帰って戦いの汚れを落とした後、先に帰っていた同僚である、クリス・バセットからの労いの言葉を受けた。


「ああ、お前も」


 ディオレは、二〇代の半ばから後半ほどの外見を持つ、二メートルにもなろうかという長身に、戦闘者として理想的に引き締まった体の偉丈夫だった。

 黒灰色の髪と眼を持ち、特にその眼光は鋭く、力強い。奇怪なことに、その顔はまるで血管が浮き出ているかのような脈が縦横に走っており、その精悍でいかにも戦闘的な容貌を、異形めいたものにしていた。


 その友人であるクリスは、ディオレよりやや若く見え、体格も一八〇センチは越えるものの、彼と比べれば華奢と言ってもいい。

 色素の薄い茶髪に緑の眼、そして柔和な表情を浮かべた白皙の美男子といったたたずまいの、ディオレとは対照的な外見の持ち主である。だが同時に、不思議と柔弱といった印象はまるでない、鋭さをもたたえた男だった。


 共に席に着き、静かだが深く息をつく。

 互いにかけあった言葉通り、二人は疲れていた。ほんの数時間前まで、彼らは戦場――――人と獣が、互いに生存を賭けて戦う、殺し合いの場――――の真っただ中にいたのである。


 ディオレとクリスは、共にイルミナスの軍人であり、その中でも精鋭がそろう、首都付きの戦闘要員である。首都星ミッドスターに所属する戦闘要員は、イルミナス領内の他の惑星で大規模な戦闘が発生した際、あるいはその発生が予測された際に、増援として迅速に駆け付ける役割を持つ。


 その二人が今回送られたのが、この惑星オルートだった。


 オルートは良好な自然環境と、豊富な資源に恵まれた、豊かな惑星である。人類と獣のいずれにとっても魅力的な地であり、暗黙の了解の下に互いのテリトリーが定められ、その境界を巡って常に大小の争いが絶えない、そういう惑星である。


 だが今回、ディオレたちがミッドスターから派遣されて来たのは、この第四惑星ではなく、隣接する第三惑星、フレインでの異変に対処するためだった。


 フレインはオルートとは対照的に気候の厳しい星で、資源もあまり産しないために人類の生活圏が存在しない。しかしその分、その環境に適応した獣たちの戦闘力、危険度は高く、日々そうした獣同士による熾烈な生存競争が行われている。

 そしてその脅威が惑星の内で完結せず、外部にまで波及しかねない事態になった時には、オルートに駐屯する部隊がその対処にあたることになっていた。


 切っ掛けは、惑星の主の座を決める戦いだった。強大な獣が生息する全ての惑星には、その生態系の頂点に立つ、〝(ぬし)〟と呼ぶべき存在が、いるものといないものとがある。惑星に主が存在することは、人類にとってメリットであることもあれば、デメリットともなり得る。


だがいずれの場合にせよ、主とは本来、他から隔絶した力を持つ個体が、自然にその座につくものである。同等の力を持つ複数の獣が、自らその座を欲して動くことは、時にその惑星全てを巻き込んだ争いへとつながることがあり、今回はそれが現実のものとなってしまったのだった。


 ディオレたちは、その影響がオルートにまで出ることを懸念したイルミナス首脳部によって、十数人の部下と共に、オルートに派遣されてきた。

 そしてオルートに駐屯する部隊と協力して事態収拾に当たったのだが、これは容易なことではなかった。獣同士の争いに人間が介入するのは、獣からの強烈な反発を引き起こしかねないためである。


 人間の側にとっては、自分たちにも(るい)が及ぶ可能性が高いが故なのだが、獣の側からすれば、獣同士の問題に人間が首を突っ込むな、ということになる。下手なことをすれば、(やぶ)をつついて蛇どころか竜の群れが飛び掛かってくることにすらなりかねず、判断は慎重と正確とを極める必要があった。


 結果としては、ディオレたちはどうにか任務を達成することができた。少なくない被害が出たものの、主の座を巡り種族を越えた派閥を形成して争っていた獣たちは、一派を残して討たれた。

 混乱は、フレインより外には波及することなく、収束へと向かうはずであった。


 フレインの情勢は、今後も当分の間は警戒を要するであろうが、後のことはオルートの駐屯部隊に任せることになる。ディオレたちはしばらくの間、治療と休息に努めた後、日付が変わらない内には、ミッドスターへと帰還することになっていた。


「負傷と消耗のほどは?」

「流石に厳しいよ。部下のみんなもね。少し休んだくらいじゃ、全快とはいかないだろう。君は?」

「多少は余裕がある。もし帰還するまでの間に、更に何かが起こるようなら、私が出よう。お前たちは、余程のことがない限りは休んでいろ」


 事も無げにそう言うディオレに、クリスはどこか思いつめたように、視線をわずかに下げた。


「……すまない」

「よせ。何を今更」

「君にはいつも、いつもいつも、特別に負担をかけさせてしまっている。すまないと思っている」

「そうあることを望んだのは私だ」


 フレインにおける争乱は、長く、激しいものだった。オルートの駐屯軍からも、ディオレたち首都からの増援部隊からも、少なくない戦死者が出ている。生き残った者たちも、オルートに残しておいた戦力を除けば、無傷の者は一人もいない。


 故に、もしもフレインあるいはオルートで、更に何らかの戦闘が起こるようならば、負傷者の中で最も余力を残しているディオレも、負傷を押して参戦しなければならなくなる可能性は高いと言えた。


「それよりも、この惑星の様子については聞いているか?」

「ああ、フレインの混乱を感じ取っているのか、獣たちの活動は活発になっているようだけど、今のところは大きな問題は起こっていない。市民たちの様子も、この状況下で落ち着いたものだよ」

「相変わらず、たくましい惑星だ」


 オルートは、その豊穣さゆえに争いが絶えず、隣にはフレインという火薬庫までもが存在する、宇宙でも有数の激戦区である。必然、首都付きの戦闘要員も派遣されやすく、ディオレたちにとっては、既に慣れ親しんだ地となっている。


「前にこの惑星に来た時に見つけた、飲食店があっただろう? あの穴場的なお店。こっちに来た最初の日に行ったけど、店主も息子さんも、お店の裏で飼ってる犬のケイトも、落ち着いていて、親切にしてくれたよ。この星は、イルミナスの領有する惑星の中でも、特にたくましく、したたかで、そして温かい。激戦区ゆえ、なのかな」


 隣星で惑星全体を巻き込むほどの争乱が起こり、自分たちが住む惑星も厳戒態勢にある。そのような状況にあっても、オルートの市民たちは泰然とし、他者を気遣う余裕まである。

 一言で言えば、このような事態にも慣れっこになっているのだろう。そしてこのような時、市民全体でどのように振る舞うことが最も合理的なのか、彼らは経験則として身に染みているのだ。


「お前は昔から、このオルートが好きだったな」

「ああ、人々が、自分自身を益するための最も効率的な形として、他者を自然と思いやることができている。常に獣の脅威と隣り合わせであるが故、ではあるけど……。美しく、尊い在り方だと思う」


 窓の外の景色に視線を向けるクリスの顔を、ディオレは見やった。


 クリスは、元はセリウスの生まれで、若い頃に三国家の残る一つ、ベネヴァレートへと亡命し、そこから更にイルミナスへと亡命して、後にその軍人となった。

 人類社会を構成する三国を渡り歩く過程で、彼が何を見、何を感じて、何を失ってきたのか、知る者はごく少ない。その彼が何故オルート、あるいはイルミナスの在り方を、尊いと感じるようになったのかも。


「同感だ」


 いずれにせよ、そう感じる想いは、ディオレも決して、クリスに劣ってはいなかった。この惑星は、クリスが言う通り、宇宙でも有数の激戦区であるが故に、イルミナスの、そしてディオレ自身の理想を、一際強く体現しているような惑星だった。


 簡潔に、だが深く同意を述べたところで、背後から二人に声がかけられた。


「イルミナスの英雄二人にそう言ってもらえるとは、この惑星を預かる者として光栄だな」

「アルドリッジ」


 振り返った先にいたのは、オルートに駐屯するイルミナス軍の、総司令官に当たる男だった。

 強い責任感と使命感が、鋭く引き締まった表情として顔に現れているような、壮年の外見の男である。今回の事件においては、彼も自らフレインへと乗り込み、現地で指揮を執っていた。


「改めて、オルートを代表して礼を言わせてもらう。ミッドスターからの応援がなければ、今回の事態を乗り越えることは不可能だった」

「こちらこそ、フレインとこのオルートを守る一助となることができて、光栄です」


 アルドリッジの方はいかにも謹直、クリスの方はいかにも誠実そうといった風貌だが、両者ともに、地位に相応しく腹芸も十分にできる男たちである。だがこの時発した言葉は、まぎれもない本心だった。ディオレも交えて、三人は固く握手を交わす。


「また、そう遠くない内に助けてもらう時が来ると思うが、その時はよろしく頼む」

「もちろんだ。個人的な心情を抜きにしても、この惑星は、イルミナスにとって重要な存在。少しでも現地の戦力だけでは足りない事態が起きたのなら、すぐに私たちを呼んでくれ」


 オルートは豊富な資源を産するが、特に鉱石の産出地として名高く、その中には、宇宙全体で見ても希少なものも存在する。イルミナスの国家戦略的にも、重要な意味を有する惑星なのである。


 それからしばしの間話をし、三人がそれぞれ別れようとした時、ディオレとアルドリッジに、ほぼ同時に通信が入った。両者は互いに断って、それぞれに応答する。


『スティクマ大将、一大事ですッ!』


 通信の相手は、まだ年若い部下のエリックだった。その緊迫した声に、ディオレの意識も一瞬で臨戦態勢へと入る。


だが、それでもエリックが発した言葉は、ディオレの想定を、遥かに超えていた。


『このオルート中の獣たちが、突如として狂暴化の兆候を表し、互いに殺し合いを始めましたッ! この惑星、全域においてですッ!』


 隣星フレインにおける混乱は、オルートに波及することなく、収束したはずであった。


 だが、それからほとんど何の前触れもなしに起こったその事態は、オルートに生きる全ての生命を、血みどろの嵐の中へと投げ込んだ。




 その日、惑星オルートの地表は、地獄と化した。






 ◆◆◆






 地平線に沈まんとする恒星が、惑星オルートの地表を赤く染めていた。


 否、大地が赤いのは、夕日のせいばかりではなかった。血である。無残に引き裂かれ、踏み潰された無数の生物の死骸。そこから流れ出て、平原を沼のような有り様へと変えている、おびただしい、血。


 その中心を悠然と歩むのは、体長三十メートルはあろうかという、巨大な獣。

 その全体的なシルエットは牛に似て、大樹のような四肢はバッファローのような重厚さ。深い茶色の体毛が強靭な全身を覆い、特に首回りを厚く覆うそれはひげのようにも見える。


 その最大の特徴は、鼻先の長いシカ科の頭部から伸びる、太く、巨大で、攻撃的に枝分かれした、燦然(さんぜん)たる輝きを放つ二本の角。その威容は自身の巨体にまで迫る大きさで、夕日に照らされる青緑色の鉱物的な輝きに鮮血を伝わせた、その幻想的な姿は、美しくも雄々しく、凄惨だった。


 平原を血で染めたこの獣の名は、ブリリアントホーン。その歩みが、止まる。

 その名の由来となり、空気の振動や流れを鋭敏に察知する感覚器官でもある二本の角が、この場に接近する、多数の生命の存在を察知したのだ。


 やがて、姿を現す〝勝者〟たち。その数は十を超える。この日、この惑星全土で繰り広げられたのは、何かに()かれたかのように凶暴化した獣たちによる、無数の戦闘。生存や狩猟のためではない、狂気的な殺し合い。


 何故殺し合うのかなど、当の獣たちにもわからない。そんな無意味な、だが深刻であり凄惨なそれらを制した、この一帯の生き残りたちが、今この地へ集結する。何かに引かれるかのように。何かに衝き動かされるかのように。


 一六体を数える獣たちは、一定の距離を置いて静止した。彼らの、無作為に見える距離感は、それ以上縮めれば即座に戦闘の開始を意味する、互いの間の致命のボーダーラインの存在を示している。


 今まさに始まろうとしているのは、ルールなどないバトルロイヤルであり、安易に動いた者が、死ぬ。何者によってか理性を喪失した彼らが、しかし知性には全くかげりを見せていないことが、その絶妙の距離感と立ち位置に表されていた。


 彼らの間に流れる空気が、触れれば切れるほどに張り詰めていく。限界まで引き伸ばされ、線状の刃同然になった鋼線のように。鋼線が切れた時、どれだけの規模の破局が引き起こされるかは、両端に結ばれた存在の持つ危険度によって決まるだろう。


 一惑星における生態系の、最上位に位置する獣たちを結んだ鋼線は、今や音を立てて引き千切れようとしていた。


 刻一刻とその瞬間が迫っていることを、その場の誰もが察している。

 真っ先に動けば袋叩きとなるリスクがある以上、初手をになうのは、そのリスクを無視できる、或いはリスクに見合うだけのリターンが見込める攻撃手段の持ち主に限られる。一五体の敵を前にしたこの状況で、その条件を満たせるような攻撃には、概して相応の〝充填〟が必要であり、今まさに、その充填が終わろうとしていた。

 ――――そして。


 〝その瞬間〟を感じ取る、その早さが、彼らの命運を分けた。


 白熱する光線が、大地を大きく円状に薙ぎ払った。


 時ならぬ落雷が、世界を白く染める。


 連続した爆発が獣たちの目と耳を揺さぶり、浮遊する無数の光弾が、獲物目掛けてピラニアの如く殺到した。


 それら全てが、常人の感覚では一瞬と呼ぶにも短すぎる間に巻き起こる。そしてそれから更に、極めて短い一瞬が過ぎるまでの間と合わせ、三つの命が、この世界から消失していた。


 ――――光線を跳躍して回避した獣、スカルパンサーは、その位置を予測していたかのように降り注いだ雷に呑まれ、跡形もなく消滅した。


 ――――身を低くして光線を避けた直後、自らを襲おうとする爆発の予兆を察知し、素早く対処しようとしたズィッヒェルティーガーは、気配もなく背後に忍び寄った不可視の存在からの一撃を受け、瞬時に体を襲った硬直感の正体を掴めぬまま、バラバラに吹き飛ばされた。


 両者はともに、今日までこの大陸の過酷な生存競争と、この日の凄惨な殺し合いを生き抜いた、有数の実力者だった。しかし例え実力が伯仲していようと、勝負は時に一瞬で、一方的に決まるのである。

 それが多くの要因が交錯するバトルロイヤルならば、尚更に。


 ――――光線が迫り着た時、アロイガメは素早く頭を下げ、ブリリアントホーンにも劣らぬ巨体の上面を、前方へと向けていた。

 アロイガメは背の甲羅だけでなく、四肢と頭部にも厚い甲殻を有する。それらは強靭なばかりでなく耐熱性にも優れ、強力な光線であろうと、薙ぎ払われた程度では、表面に焦げ痕を残す程度の効果しかなかった。


 光線をやり過ごしたアロイガメに、続けざまに無数の光弾が殺到する。だが特殊な合金すら遥かに上回る強度の甲羅と甲殻は、着弾とともに爆発を巻き起こす、無数の光弾の波にすら耐えきった。


 そしてその時には、青緑色の美しい輝きが、アロイガメの目前にまで迫っていた。


 光線を巨体に見合わぬ軽やかさで跳び越えたブリリアントホーンは、驚異的な判断の速さを見せていた。着地するやいなや、光弾の波にさらされ動くことのできないアロイガメ目掛け、突進を敢行していたのだ。

 他の獣が光線をやり過ごした直後の、いまだ周囲の状況を確認し、次の行動を判断する状態にあるタイミングに、信じがたい速度と勢いで。


 アロイガメもひるみはしなかった。

 両者は、圧縮された時間の中で視線を交わし、直後、山のような質量を持つ金属と金属を打ち付けたような、大音響が響き渡った。


 駆け抜けたのは、ブリリアントホーン。

 その背後で、アロイガメは甲羅を粉砕され、胴体をズタズタに引き裂かれて、絶命していた。


 両者の体格差は互角。体重差は倍以上にも及んだが、ブリリアントホーンの美しくも凶々しい双角の強度と、何よりその目を疑うほどの速度を乗せた質量の暴威は、アロイガメの甲羅さえ砕き割っていた。


 戦闘の開始を告げた光線の発射から、三つの命が散り、ようやく、彼らの主観における一拍が終わる。


 乱戦が始まった。


 急激なUターンを行うブリリアントホーンの前にそびえ立ったのは、彼すら子犬のように見下ろす、雲をつく巨熊、ウルサマヨル。雲をつく、とは比喩ではなく、二本足で直立すれば、その体は本当に雲を突き抜けるだろう。


 鼻先が角のように突き出た翼竜の一種、ワイバーレヨンは、翼を広げ、戦場を中心に上空を大きく旋回していた。彼こそ、光線で戦場一円を薙ぎ払った張本人である。


 そのワイバーレヨンを追うように、空中にいくつもの花火のような放射状の閃光が咲く。地上からワイバーレヨンを狙うのは、巨大な頭部を持つワニ、マップアッパー。その口から発射する弾頭は、彼の意思によって炸裂し、高い貫通力を持つ無数の破片をまき散らす。


 翼竜は、飛行する獣の中でも最速を(うた)われる種群の一つである。そのワイバーレヨンの飛行速度をもってしても、掃討屋の異名を持つマップアッパーの射撃は精密であり、何より相性が悪かった。しかし何者かに侵された彼の思考は、本来なら検討されるべき逃走という手を、選択肢にあげすらしない。


 自身から一定の距離を保ちつつ超高速で旋回するワイバーレヨンの速度に、だがマップアッパーは、驚異的な速度で順応しつつあった。より正確に修正されていく射撃によって、炸裂した弾頭の破片が、次第に翼竜の体を穿ち始めていた。


 バルンフロッグは、十メートルにも及ぶ体高と、でっぷりと肥満した胴体を持つ、ガマガエルのような獣である。

 その体内は特殊かつ危険な可燃性ガスに満ち、そのガスを吐き出すことで爆発を起こす。その威力は、惑星有数の実力者ばかりが集ったこの場においても、極めて高い脅威となる。バラバラに裂かれて転がるズィッヒェルティーガーの肉塊が、それを証明していた。


 バルンフロッグの口から吐き出された無色無臭のガスが、一瞬で獲物を包み、即座に大爆発を起こす。

 間一髪、爆心地から飛び離れる小柄な影。ハタタガミと呼ばれる、痩せた狼のような獣は、電光のように、電光を遥かに上回る俊敏さで、バルンフロッグに接近しようとする。


 だがハタタガミの優れた危機察知能力は、進行方向に生じた爆発の兆候を、敏感に感じ取った。

 まるでハタタガミが接近戦を仕掛けに来る、その移動ルートまで予測したかのようにまかれたガス。それはバルンフロッグの外見の滑稽さとは裏腹の、計算高さを示すものだった。


 再度の爆発。

 すんでの所での回避は、一度目より更に際どいものだった。至近で巻き起こった爆風が、腹部に深々と裂傷を刻むほどに。気づくのがほんの微かにでも遅れていれば、たとえ致命傷こそ避けたとしても、頼みとする機動力を奪われ、勝負はそこで終わるだろう。無論、まともにくらえば、ハタタガミの小さな体など跡形さえ残らない。


 戦いの主導権が敵にある限り、ギリギリの回避の連続という綱渡りを強いられ続ける。


 即座の判断によって、ハタタガミは回避直後の空中姿勢のまま、己の力を解き放った。スカルパンサーを一撃で葬った、超自然の落雷。十分な充填時間があった先程のものに比べれば、威力、速度共に劣るが、構わない。


 一方、敵手に劣らぬ鋭さで、落雷の予兆を感じ取ったバルンフロッグの次の挙動は、またしても外見の印象を裏切る迅速なものだった。


 胴体の各所に存在する噴気孔。普段は固く閉じられているそれらの内一つが開いてガスを噴出し、バルンフロッグのごく至近で爆発を起こす。同時に、その手足と頭部は、胴体に埋まるように収納されていた。

 そうして風船というよりもゴムまりのような外見となったバルンフロッグは、自らが起こした爆発によって、高速で吹き飛ばされたのである。


 バルンフロッグの体積のほとんどを占める胴体部の脂肪は、衝撃に極めて強く、そのぶ厚さで主要な器官を守る役割を持つ。それを利用した独特の移動手段によって、バルンフロッグは無傷で落雷を回避することに成功した。

 だが綱渡りに等しい、ギリギリのタイミングでのことだったのはハタタガミと同様であり、次もまた確実に避けられるとは思えなかった。


 十分な充填時間を与えてはならない。バルンフロッグの次なる判断は、ハタタガミのそれと同様、自身が攻め続けることで、主導権を握り続けることだった。

 着地とともに、胴体から両目だけをつきだして周囲を確認したバルンフロッグはしかし、敵手の姿を視認することができなかった。


 それは本来、あり得ないことである。頭部を収納した際に視界が封じられる欠点を補うため、バルンフロッグのギョロギョロとよく動く大きな目は横向きについており、その視野はほぼ全方位をカバーする。

 その彼が見つけられない場所にいるのであればそれは……。


 その答えにたどり着いた時には、バルンフロッグの体は、宙を舞っていた。


 計算高い彼の唯一の誤算。それは、ハタタガミの直線における爆発的な加速力を見誤ったことだった。


 バルンフロッグが回避の代償として、視界を一瞬失ったのを見たハタタガミは、それを好機と見なし、その加速力によって彼我の間の距離を一気に詰めた。そしてバルンフロッグが両目をつきだすよりも早く、その体の下へと潜り込んだのである。自らの脂肪によって視界が遮られる、その場所へと。


 次の瞬間には、厚い脂肪に牙が突き立てられ、圧倒的な体格差をものともせずして、バルンフロッグの巨体は上空高く放り投げられていた。まさしく風船のように宙を舞ったバルンフロッグは、再び胴体からガスを噴き出し逃れようとした。

 だが、彼の高い判断力は、既に正確な答えを出していた。それが、悪あがきにしかならないことを。


 爆風に乗り高速で宙を移動する丸い巨体を、狙い澄ました落雷が撃ち抜く。

 そして。


 大爆発が起こった。


 その爆発は、バルンフロッグが体内に溜め込んでいた、全てのガスに引火したために起こったものだった。

 だがその巨大な爆発は、ドーム状の、ある一定の範囲より外へは、見えない壁に遮られるかのようにして、何の被害も及ぼさなかった。だが当然、その場で戦うハタタガミ以外の全ての獣に対しては、多大な影響を及ぼした。


 戦場全てを覆った凄まじい爆炎と爆風、そして黒煙。誰もが吹き飛ばされ、驚愕と、状況の把握と、次の行動への思考に脳を支配される。その中で、最も良手を打ったのは、爆心地である戦場の中心から大きく離れ、上空を旋回しながら好機を待っていた翼竜、ワイバーレヨンだった。


 マップアッパーが放つ炸裂弾頭によって蓄積されるダメージに耐えながら、好機をうかがい続けていたワイバーレヨンの打った手は、正着だった。

 充填時間は十分。鼻先の角から、光線を最大出力で発射。上空から地上へ向け、繰り返し薙ぎ払ったのである。無論、憎きマップアッパーが吹き飛んだと思しい地点を、重点的に。


 ここでも、判断力と危機察知能力の高さが、彼らの生死を分けた。


 マップアッパーは、爆発の衝撃から体勢を立て直す間もなく一撃目を浴び、そのまま動きを止めた上へ、執拗に降り注いだ光線の雨によって焼き殺された。


 互いに満身創痍の熾烈な肉弾戦が、今まさに佳境を迎えようとしていた、マカロネシアデビルとクアトロラボ。両者は組み合ったまま爆発によって吹き飛ばされ、その先で共に光線の直撃を受けて瀕死となり、辛うじてマカロネシアデビルが相手にとどめを刺した直後、再び襲った光線を受け、力尽きた。


 光弾の使い手であるスターウェイブと、三本角の山羊トライホーンもまた、戦闘の最中、突如巻き起こった大爆発による被害を被っていた。

 そして次いで降り注ぎ始めた光線の雨、その危険性を正確に察した両者は、咄嗟の判断により、無言の間に休戦に合意していた。当然、光線の回避に徹するその間も、相手から意識を逸らすことはない。光線の雨が止み戦闘が再開されるその瞬間を見極めるため、神経を研ぎ澄まし、そして。


 唐突な硬直感が、トライホーンの体を襲った。


 動けない。

 そのまま一瞬が過ぎた。勝負において、あまりにも致命的な一瞬が。


 トライホーンが体の動きを取り戻した時、既に彼の視界は、光弾で埋め尽くされていた。


 光弾の波に呑まれ爆死するトライホーン。

 果たして、それに先んじてトライホーンの背後から飛び離れる、小さな類人猿めいた存在に、スターウェイブは気付いたであろうか。


 間違いないのは、またしても極めて短い時間の内に、五つもの命が消失したことである。

 一見、独立した一対一の戦いが複数起こっている構図に見えても、乱戦においていずれかの戦いの余波が、他の戦いに影響を及ぼすことは多々ある。そして戦況が大きく動くのは、往々にしてそうした時なのである。


 一六体の中でも群を抜く大きさを誇る巨熊、ウルサマヨルの足元で戦っていた、毒蜘蛛バレットタランチュラと怪鳥スカイフォートは、その巨体の影に隠れることで、爆発と光線から身を守り、戦闘を継続している。


 そしてそのウルサマヨルは、その巨体に見合った耐久力の持ち主だった。立て続けに巻き起こった爆発と光線の乱舞によるダメージも、それ単体では、彼にとって致命的なものではない。

 にもかかわらず、今、残る八体の中で次の脱落者に最も近いのが彼であることは、誰の目にも明らかに見えた。


 異様な轟音と共に、ウルサマヨルの厚さ数十メートルはある胸板に穴が開く。それはウルサマヨルの体格と比すれば小さなものだったが、既にその全身には、同様の穴が無数に開けられていた。


 空中を、見えない足場を踏むようにして駆けるブリリアントホーン。

 爆発と光線を、やはりウルサマヨルの影に隠れることでやり過ごした彼は、その後すぐさま突進を再開していた。その青緑色の双角は、ウルサマヨルの神木のような骨を割り砕き、その速度と質量が巻き起こす衝撃波は、霊山のような体を厚紙同然に突き破る。


 ウルサマヨルも、ブリリアントホーンの速度についていけていないわけではない。ブリリアントホーンの突進に対し、ウルサマヨルは二度に一度はタイミングを合わせ、四肢を叩きつけることに成功していた。


 戦慄すべきは、ブリリアントホーンの突進の威力。自身を小虫のように潰そうとする巨大な手を突き破り、アロイガメの甲羅さえ一撃のもとに粉砕したその威力は、正面からの激突においては、この惑星オルート最強と呼んで、まず差し支えないほどのもの。

 その突進を正面から受け止められるものなど、初めからこの場に存在しなかったのだ。


 雲をつく巨体が地に倒れ伏すのは、時間の問題と思われた。






 ◆◆◆






 大気圏の外から見るその惑星、オルートは美しかった。

今もなお、過酷かつ凄惨な殺し合いが、無数に起こっているなどとは思えないほどに。その美しさに目を奪われることもなく、地上のある一点を見つめる。

 座標を確認。残存する標的の数は八。更に数が減少するのを待つ猶予は無し。

多層包囲降下爆撃――――開始。

遥かなる眼下を見据えながら、その男は、厚い大気の層目掛けてダイブした。






 ◆◆◆






 初めに気付いたのは誰であったか。


 何者かが、この場へと降ってこようとしている。


 そのことに気付いた、その場の全ての者の意識が、その瞬間、上空へと向けられた。

 死が目前に迫った、ウルサマヨルでさえも。今まさに、自身にとどめを刺さんとするブリリアントホーンすら捨て置いて。


 それほどの脅威が、この場へ降ってくる。

 いつ? それはもう、次の瞬間にも――――




 そして、光弾の大瀑布(だいばくふ)が、戦場全域を打ち据えた。




 その時降ってきたのは、まさしく空を覆い尽くす弾幕だった。

 アリが這い出る間もなく敷き詰められた、光弾による、幕。その幕は巨大なドーム状の形をして、互いに一センチほどの隙間もない間隔で、縦に何重にも重ねられて降り注いだ。


 それらの光弾は、地面に着弾して爆発するなどという、無駄な破壊は行わなかった。ドームの外周にあたる部分は、接地してなお爆発を起こすことなく、地面をこすりながら軌道を変更したのである。そして逃げ遅れた獲物を完全に、何重にも包囲して、幕の外への脱出に失敗した、全ての獣を爆殺した。


 八体残った獣たちは三度、判断力と危機察知能力の高さを問われたが、今回はそれに加えて、機動力をも求められた。極めて高い水準で。


 後者を持ち合わせていなかったスターウェイブは、押し寄せる光弾を、自らの操る光弾で迎撃しようとした。だがそれは、原子爆弾で惑星中の海を干上がらせようとするような、無謀な行為だった。

 糸で自身を覆って耐えようとしたバレットタランチュラのそれはより絶望的であり、瀕死のウルサマヨルに至っては、始めから為す術がなかった。

 スカイフォートの決死の脱出も叶わなかった。


 光弾の群れに呑まれ跡形すらなく吹き飛ぶ四者。


 あまりにも唐突に、徹底した殺戮を巻き起こした存在は、自らが多層的に放った弾幕を追うようにして、地上に着地していた。


 それは血で汚れた黒衣をまとう、二メートルに及ぶ長身の男だった。

 黒灰色の髪と眼を持ち、外見は二〇代の半ばから後半ほど。奇怪なことに、その顔には血管が浮き上がっているかのような脈が縦横に走り、不穏に脈動している。だがその異形の顔立ち以上に、その眼に宿る強烈な意志の光こそが、見る者により強い印象を与える男だった。絶えず核融合を繰り返しながらその状態で安定を見せる、黒灰色の恒星のような眼をした男だった。


 空から突然に降り来たるや、圧倒的な暴威を示してみせたこの男は、ディオレ・スティクマ。

 イルミナス首都星ミッドスターから、このオルートに増援として駆け付けていた男である。


 惑星中の獣たちが、突如として互いに殺し合うという異常事態。

 オルートに駐屯するディオレを始めとした軍人たちは、一様に驚愕しつつも、すぐさま迅速な対処に当たった。最優先とされたのは、このような事態が起こった原因を探りつつ、市民を地下に避難させること。そしてそれと並行して行われたのが、理性を失った獣たちの、排除である。


 彼らは当初、原因の究明と市民の避難を優先して、争い合う獣にはこちらからは手を出さない方針を取っていた。

 だが状況が進むにつれ、人類の居住圏へと押し寄せてくる獣が急速に増加し始めたことで、そういうわけにもいかなくなっていった。獣たちは人類の居住区に一定以上まで接近すると、その後は互いに争うよりも、まるで誘われるかのように、そちらへと向かうのを優先する傾向を見せたのだ。


 放っておけば、獣たちは大挙して人類の居住区、そしてその先の市民の避難地区へと押し寄せてくる。それを防ぐため、イルミナス側は居住区を守りつつ惑星全体の状況を把握し、時に居住区の付近へと接近してこようとする獣を、先手を打って排除していかなければならなかった。


 だがオルートに存在するイルミナス軍は、隣星であるフレインで起きた、大規模な事件の対処に当たった直後であり、その戦力の消耗は激しい。惑星各地の居住区に押し寄せる獣を迎え撃つだけで手一杯に近く、こちらから先手を打って獣を排除していくほどの余力は、ほとんどなかった。


 故に、彼らの中で最も強く、最も余力を残していたディオレは、その戦力の消耗を補うために、この事態が発生して以降、惑星の各地で無数の獣を相手に、休む間もなく戦い続けていた。


 そして今また、居住区の至近で乱戦を繰り広げていた獣たちが、それ以上接近することを防ぐために、そのただ中へと乱入したのである。得意とする、光弾による大気圏外からの降下爆撃とともに。


 本来ならば、獣たちが互いに殺し合うのに任せてその数を減らすのを待ってから、最後に残った一体を討つべきだっただろう。だが現在の状況では、それができない理由があったのである。


 いずれにせよ、現在、ディオレが戦う理由は一つ。何故にか理性を喪失し、見境なく血を求めるばかりの存在となってしまった獣たちを、これ以上、市民に近づけさせないため。

 自らが尊いと感じられる在り方を示すこの惑星と、そこに生きる人々を、守るためである。


 不気味にうごめく脈の間から、黒灰色の強烈な眼光が、獣たちを射抜いた。


 そしてその視線を受けた獣たちも、何らひるむことはなかった。


 この全身を血で染めた黒衣の男が何者であるのかなど、光弾の大瀑布を生き延びた獣たちにとってはどうでもいいことだった。

 彼らにとって重要にして明白なのは、この男が、彼ら全てに敵対する存在であるということ。何者かの意思によって戦いに駆り立てられている彼らに、戦闘回避の道などないということ。


 そしてこの男の脅威は、ここまで熾烈な乱戦を生き抜いた彼らにとってでさえ、畏怖し、戦慄するべき、圧倒的なものであるということ。


 故に、次に巻き起こった展開は必然だった。


 猛然と突進するブリリアントホーン。

 それを迎え撃とうとするディオレ。

 ハタタガミは地上から、ワイバーレヨンは上空から、それぞれ最適な距離を取りつつ、ディオレの隙をうかがう。


 獣たちは無言の内に、何の迷いもなく、協力してこの危険極まりない存在を排除することに合意していたのである。


 ディオレにとっても、生き残った獣全てを敵とすることに、何の異存もなかった。

 彼らが咄嗟に協力することは、十二分に想定出来ていたことである。それでもなお、可能な限り速やかに彼らを殲滅しなければならない理由と、そのうえで勝利するための成算が、今の彼にはあった。


 状況整理の必要に迫られて、ディオレの主観時間が、著しく停滞する。思考が、高速で脳内を駆け抜けた。


 現状は、こちらがやや不利の、ほぼ互角。


 それが、ディオレの判断だった。

 一手の差が、勝負の天秤をどちらへも容易に分け得る状況。そのうえで、獣たちにとっては最大限に活かすべきアドバンテージであり、ディオレにとっては早急に埋めるべきものは、無論、数の差である。逆に言うならば、たとえ一体だけでも、早急に排除し、その差を埋めることができるならば、均衡は崩れる。ディオレの有利という形で。


 ならば誰を狙うか? 数の差を維持することが自分たちの勝利につながることは、当然獣たちも理解しているだろう。そして多層包囲降下爆撃を生き延びた彼らは皆、極めて高い機動力と、判断力、そして危機察知能力を有している。回避に徹する彼らを光弾で追い回し、その隙を他の獣につかれる展開こそが最悪。

 であれば、答えは一つ。


 最優先標的は、ブリリアントホーン。


 敵側唯一の近接型であり、今まさにこちらへと迫る、猛き蒼碧角の牡鹿を、最速で仕留める。

 それが、ディオレが見出す勝利への最善の道筋。


 その思考は光よりも早く、一瞬というにも短すぎる間に行われていた。


 ワイバーレヨンが、咆哮とともに鼻先の角から光線を発射する。ディオレ目掛けて放たれたその光線は、だがそれを読んでいたかのように出現した、光弾の群れによって防がれていた。


 その光弾は、光線に触れても先ほどのように爆発することはなく、空中に盾のように存在し続けて、ワイバーレヨンの光線をせき止めている。それは光線を防いでいるというよりも、光線と光弾が、互いを消滅させ合っているかのようでもあった。


 ワイバーレヨンの光線を防ぐためのそれが出現したのと同時に、ブリリアントホーンに対しても、光弾の群れは放たれていた。

 スターウェイブ、バレットタランチュラ、ウルサマヨル、スカイフォート。四体もの獣を一瞬で葬り去った光弾の群れが、ブリリアントホーンへと殺到する。


 その数、速度、威力、どれをとっても、スターウェイブのそれを大きく上回っていた。だがエネルギーリソースの多くを光線の防御に使っているためか、先の大瀑布と比べれば、それらはいずれも格段に劣っている。

 加えて、ブリリアントホーンの突進の速度、彼我の間の距離を詰める速さは、尋常ではなかった。


 光弾の爆発に全身を打ち据えられ、削られながらも止まらないブリリアントホーンの姿に、ディオレの思考が、再び高速化する。


 光弾がブリリアントホーンを削り切り、その体を骨の一片も残さず消滅させるまで、決して長い時間はかからないだろう。だがそれは、ブリリアントホーンがディオレの元へと到達するまでの時間に比べれば、余りにも長すぎる。


 突進を横に回避しつつ、光弾による攻撃を継続するか。――――却下。

 回避した先で、ハタタガミの落雷をくらいかねない。その落雷をも回避できたとしても、それは紙一重でのことであり、自身の体勢は間違いなく崩れているだろう。


 そこから更に、ディオレを中心に超高速で旋回しながら、光線を当てようとしてくるであろうワイバーレヨン。Uターンして再び突進してくるブリリアントホーン。再度落雷を放つ機会をうかがうハタタガミ。

 崩れた体勢から、これら三者に対処しようとすることは困難であり、そのままジリ貧になりかねない。


 求めるべきはやはり、最速でのブリリアントホーンの撃破である。そのためには、あの突進を真っ向から受け止めるしかない。

 ウルサマヨルの巨体も、アロイガメの甲羅をも貫いた、あの突進を。


 燦然たるその双角で、ディオレの体をズタズタに引き裂かんと、ブリリアントホーンの重々しい巨体がすぐそこまで迫る。光弾の波状攻撃によって確実に、急速に命を削られながらも、その勢いが衰えることは、微塵もない。

 破滅的接触が、今まさに実現されようとした、その時。


 輝く光の柱が、天と地を結んだ。


 落雷。

 それは両者から距離を置いて好機をうかがっていたハタタガミによる援護であり、ディオレとブリリアントホーンにとっては、ある意味予定調和とも言うべきものだった。


 が、その効果は絶大だった。

 両者はともに、激突が起こる直前の致命的瞬間に、ハタタガミが援護攻撃を行うであろうことを予期していた。そしてその破格の危機察知能力によって、その兆候を感じ取ることにも成功していた。


 結果としてディオレは落雷を回避し、ブリリアントホーンはそれに合わせて突進の軌道を強引に修正した。

 ブリリアントホーンは、その大樹のような脚の力によって、軌道修正による運動エネルギーの低下を、最小限に抑え込んでいる。だが全力での横への跳躍による回避を強いられたディオレは、空中で、その体勢を泳がせていた。


 ハタタガミの援護は、完璧なタイミングで行われた。ディオレは、空中で衝突に備えた姿勢を取る間もなく、地面に着地する。それとほぼ同時に、破滅的接触の瞬間はやってくるだろう。


 ただでさえ、正面からの激突において無双の力を誇る敵を、不完全な体勢で迎え撃たなければならないのである。ブリリアントホーンが得たアドバンテージは、計り知れないほどのものと言えた。

 ――――そして。


 その瞬間鳴り響いたのは、轟音、否、異音と称すべきものだった。


 衝撃を受け止める時には、衝突とともに体の重心を後ろに引き、文字通りエネルギーを受け止め、後ろへ逃がすものである。

 だがディオレは、着地すると同時に、崩れた体勢にもかかわらず地を蹴り、前へと踏み出したのである。それは突進を防御するのではなく、自身もまた前進の衝撃を持って相手を迎撃する、攻撃であった。


 結果、ディオレの手の平と、ブリリアントホーンの双角とを接触面としてぶつかりあったその膨大な衝撃は、どこにも逃がされることなく両者の全身を襲い、その骨を、筋肉を、臓器を、粉々のグチャグチャに破壊していた。


 にもかかわらず。両者はともに、倒れない。

 その体内では、超自然のエネルギーである魔力が、その体を生かし、戦闘を継続させようと、全力で活動していた。破壊された骨を無理矢理にくっつけ、筋肉を補強し、臓器の機能を代行しようとする。


 だがそれと同時に、互いの魔力は衝撃に乗って敵の体内へと侵入し、その体を内から破壊しようともしていたのである。


 防衛する側の魔力がそれを防ぎ、排除しようとし、そのせめぎあいが、両者に神経を直接滅多刺しにするような激痛をもたらす。並の戦闘要員であれば、数百回は脳を焼き切り、精神を破壊して余りある、激痛。常軌を逸したその痛みに、両者の意識も吹き飛びかける。


 が、ディオレは、強烈な光を放つ黒灰色の双眸を一際強く輝かせながら、一瞬吹き飛びかけた意識を、次の瞬間には鷲掴みにして、引き戻していた。顔中を走る脈を激しく脈動させながら、ブリリアントホーンの双角を握り締める腕に、力がこもる。


 同時に、抜かりなく自身を取り巻く状況を探り、把握し、対処の手を打ちながら。


 上空で、ワイバーレヨンがうなった。現時点で己に可能な最大の出力をもってしても、今も光線を防いでいる、防御用と見える光弾の盾を突破することは困難と思われた。最高速度で旋回しながら光線を放ち続ければ、あるいは光弾の設置が間に合わず、直撃させることもできるかもしれない。


 しかしワイバーレヨンの光線は、ブリリアントホーンの突進やハタタガミの落雷と比べれば、その必殺性は低いと言わざるを得ない。高速で、激しく旋回しながら光線を放てば、動けないブリリアントホーンを巻き込み、かえって敵に利する可能性の方が高い。

 それを思えば、ワイバーレヨンは防がれるとわかっていながら、光線を放ち続ける他なかった。


 だが、構わない。自分たちはこの獲物を、確実に追い詰めている……。


 その時、不意に、ディオレの背後で、然程大きくもない爆発が起こった。

 それはワイバーレヨンたちも気付かぬ内に交わされていた、短く致命的な攻防の結果であり、この場に存在していた四体目の獣の、あまりにも呆気ない最期だったのである。


 オプティクスパン。

 生物の目をあざむく不可視の体で標的の背後へと忍び寄り、相手の体を一瞬硬直させる毒を体内に送りこむ、小型の猿めいた獣。

 ズィッヒェルティーガーとトライホーンをその毒で硬直させて間接的に殺害し、光弾の大瀑布をも咄嗟にブリリアントホーンの尾に掴まることで生き延びた、狡猾な暗殺者である。


 ディオレは察知したのだ。今この瞬間まで、誰にも気付かれることのなかったその存在を。三体の獣との、極限の攻防を継続しながら。


 ディオレは目標物の位置を探るための、豊富な電子的手段を有していた。だが存在を察知されないことに徹した熟練のオプティクスパンは、それすらもあざむく。

 標的の背後へ忍び寄り、攻撃を行うために微かな殺気を漏らすその一瞬が、不可視の暗殺者の存在を察知する、唯一の機会であり。


 ディオレの、目の前の敵との攻防の最中にも周囲の警戒をおこたることのなかった注意力と、積み重ねてきた経験によって蓄積された異常なまでの危機察知能力は、その機会を逃さず。

 一度存在を知られたこの獣を殺すのに必要な光弾の量は、ワイバーレヨンとの攻防に使用しているそれの、一パーセントにも満たなかった。


 狡猾なる不可視の暗殺者は吹き飛び、絶命した。

 敵手の、がら空きに見える背中を見つめながら。その常軌を逸した危機察知能力に、驚愕する間すらなかっただろう。


 その唐突かつ呆気ない攻防は、一瞬で勝負を分けかねない致命的なものではあったが、ディオレと獣たちとの戦いに及ぼした影響は、ほぼ皆無だった。

 その存在に気付いていなければそれで勝負は終わっていたとはいえ、結果としてディオレが暗殺者相手に消耗したのは、わずかな光弾分のエネルギーだけ。


 獣たちにとってもオプティクスパンの存在は計算外であり、最初から期待してもいなかった以上、その潜在的に存在していた味方戦力の死も、惜しむだけ時間の無駄だった。

 故に彼らは何の感慨も迷いもなく、当初の思惑通りに、無言の連携を完成させようとしていた。


 敵手の肉体はブリリアントホーンに拘束され、その遠距離攻撃手段である光弾の大半は、ワイバーレヨンの対処に追われている。故に今、ハタタガミの〝充填〟を邪魔するものは何もない。


 充填が完了した時、スカルパンサーを跡形もなく消し去った、最大威力の落雷が、ブリリアントホーンごとディオレを貫くだろう。


 だが、それよりも早く、目を疑う光景が繰り広げられていた。

 ブリリアントホーンの大樹のような脚が地面から離れ、その体が、宙に浮く。体長にして三十メートルはあろうかという巨体が、合わせて四〇〇平方センチにも満たない接触面から伝わる力によって、持ち上げられていた。


 ブリリアントホーンにとっても、ディオレ諸共ハタタガミの落雷を受けるなど、冗談ではなかった。

 獣側唯一の前衛として、割を食う形となったブリリアントホーン。彼に取れる手は、落雷を待たずして自らの剛力をもって力比べに勝利し、その双角でディオレの体を引き裂き、その蹄で踏み潰して絶命させることだけだった。

 そして事実、彼は今までそのようにして数多の敵を葬り、この惑星の生存競争を勝ち抜いてきたのである。


 にも関わらず、どれほど全霊で力をこめて前進しようとしても、大樹のような脚は根を下ろしたように動かず、今、彼の意思を無視して、前ではなく上へと持ち上げられようとしている。

 あり得ないことだった。

 彼は己が無敵などと考えたことはない。その自己分析能力は極めて正確であり、これまで彼を生き残らせてきた要因の一つですらある。


 その彼に取って、突進をかわされる、突進が届く前に遠距離攻撃で倒されるのならばいざ知らず、己の突進を正面から受け止め、あまつさえ力比べでこともなく圧倒する者が存在するなど、信じることはできなかった。


 そんなことは、この惑星最強の獣たる(ぬし)にでさえも……。


 その正当な驚愕を無視して、ブリリアントホーンの体が、地面に対して垂直となるまでに持ち上げられると同時に、ハタタガミの充填が、完了し。


 先の牽制のそれを遥かに上回る強烈な落雷が、ディオレとブリリアントホーンとを、諸共に呑み込んだ。


「――――――――ッッッ!!!」


 その一撃は、耐久力もまた極めて高いブリリアントホーンをして、その意識を木の葉のように吹き飛ばした。その眼が白濁し、巨体から、力が失われる。


 その威力の前に、ディオレもまた意識を手放し、巨体を持ち上げる腕から力が失われ、かけた、その直後。

 その手が再び、双角を握りしめる。その眼は、確と目前を、敵手を見据えていた。


 そして、一瞬静止していたその体が再び動き出し、ブリリアントホーンの体が、角から地面に叩きつけられる。見るものが見れば、その一連の動作が内包した、芸術的とも言える美しさに気付いただろう。


 双角を支点として、ブリリアントホーンの体が持ち上げられ、角から地面に叩きつけられる、その軌道、速度、タイミング。全てが、地面との激突時の衝撃を最大化するための、求め得る最大効率を達成していた。


 轟音とともに叩きつけられた角が、砕ける。雄々しく、美しく、凶々しい、無数の敵手を砕いてきた角が。

 続けて、ぶ厚く強靭な頭蓋骨が、その中身ごと砕ける。


 そして、首の骨が、砕ける。豊かなひげ状の毛に隠されていた、尋常でないほどの太さの首が。

 常軌を逸した重量の双角を支えるため、太く強く発達したこの首こそが、ブリリアントホーンの強さに直結し、その強さを支える部位でもあったのだ。


 突進の威力、正面からの激突において無双の力を誇る、蒼碧角の牡鹿、ブリリアントホーン。


 その中でも最強クラスの一体であるこの個体は、その強さの象徴を全て打ち砕かれ、絶命した。


 ブリリアントホーンは、自身に落雷が降ってくるその瞬間を、タイムリミットとして捉えていた。対してディオレは、それを自身の勝利への通過点として位置付けていた。


 充填が完了するまでの間に、ブリリアントホーンとワイバーレヨンのいずれかを仕留めることが不可能と判断したディオレは、ハタタガミの最大威力の落雷を受け、そのうえでなお、戦闘を継続する覚悟を決めていたのである。


 半端な耐久力では跡形もなく消滅する落雷を受けて、ディオレもまた一瞬、意識を手放していた。だが事前の覚悟と、彼自身の強靭極まる精神力とが瞬時の覚醒を促し、落雷を受けた次の瞬間には、ディオレは一度手放した意識を、再び鷲掴みにしていたのである。


 その結果を目の当たりにし、ワイバーレヨンは、ハタタガミは、驚愕し、戦慄していた。

 敵手のその信じがたい力量に。その信じがたい精神力に。


 同時に悟る。数の差が埋まり、彼我の戦力の均衡は崩れたことを。


 最早長期戦に利はなし。

 まだ二対一の有利を保てる今だけが、唯一の勝機――――吶喊(とっかん)すべし。


 怪鳥めいた咆哮とともに、翼竜は急降下した。

 速い。あまりに速い。

 捨て身故の速度であることは明白だった。


 最早自分自身でも制御不能な速さを生み出す翼が、残照を浴び、刃のように輝く。遠距離型と油断する敵を、捨て身が生み出す超々速度の急降下からの突進によって、その鋭利な翼で切り裂く。それこそが、ワイバーレヨンの奥の手だった。


 それを迎撃せんと新たに出現した光弾は、ワイバーレヨンを、捉え切れない。

 先回りするように、何重にも包囲するように迫る光弾の群れを、しかし翼竜は、突っ切った。先のブリリアントホーンを彷彿とさせる強引な突破で、無視できない負傷をおいながらも、大部分の光弾を、背後へと置き去った。


 超々高速で肉薄し、両者が交錯しようとする、刹那。

 ワイバーレヨンの鼻先の角が、一瞬、またたいた。短く放たれた光線は、ディオレのすぐ足元を狙ったものだった。

 ディオレは縄跳びのような、最小限の跳躍でこれをかわし、同時に、振るわれたディオレの右腕と、ワイバーレヨンの右翼とが、交錯した。


 血と、肉が、舞った。

 ワイバーレヨンの片翼が。ディオレの小指と薬指が。


 切断されたそれらが落ちてくるよりも早く、捨て身の急降下の最中に片翼を失ったワイバーレヨンは墜落し、大地へしたたかに体を打ち付ける。が、それをものともせずして、顔を、否、鼻先の角を、ディオレへと向ける。


 勝利を確信するが故に。


 既にその時、ハタタガミは跳んでいた。

 そして三度目の落雷は、空中のハタタガミ自身を直撃していた。


 これが、ハタタガミの切り札。自ら雷をまとっての、超速度、超威力の落下攻撃。ハタタガミ自身の極めて高い耐電性を持ってしても負担の大きい、やはり捨て身の突進技。


 獣たちの連携は、最後まで高度なものだった。この時、二体の位置関係はディオレを前後から挟み撃ちにし、かつ低所からの光線と高所からの落下攻撃という形をとることで、同士討ちの危険性を最小限に抑えている。


 翼竜と、雷獣。二体の視線が交錯する。

 ハタタガミの奥の手たる落下攻撃は、尋常な手段で切り抜けることは到底不可能。だがこの相手なら、この心から畏怖すべき怪物ならば、尋常でない手段によってそれすらも成し遂げ得ると、最早二体は確信していた。


 だが、後方から、ワイバーレヨンの光線による支援があれば、どうか? この怪物の有するリソースは、後方からの光線に対処してなお、〝尋常でない手段〟の行使を可能とするほどに、底無しなのか?


 取り得る最善手は打った。後は彼我の地力が、極限における強さが、勝敗を別つのみ。


 ――――光線が、落雷が、そして光弾が、世界を白く染めた。






 ◆◆◆






 白く染められた世界の中で、ディオレの思考は光の速さを越えて加速し続けていた。


 後方から放たれる光線は、この距離からでは光弾での防御はともかく、回避することは極めて難しい。一方で上空からの落下攻撃は、尋常な手段では、防御、回避、迎撃の、いずれもが不可能だろう。

 であれば、とるべき手は……。


 ワイバーレヨンの光線に対しては、先程と同様、防御用の光弾を相手との間に敷き詰めることで対処する。この山場さえ越えれば、そのまま攻撃用の光弾でワイバーレヨンを始末することも可能だろう。


 より危険なハタタガミの落下攻撃には、この身一つで、否、それに加えて、己の最大の武器。これまで積み重ね、蓄積し続けてきた経験、それを元に研ぎ澄まされた理論と直観。

 これを総動員して、あの落雷をしのぎ切る。


 まるでスローモーションのようにこちらへと迫り来るハタタガミは、ディオレ自身もまたそうであるように、物理法則をとうに超越した存在である。

 物質は光速を超えられないなどという法則を遥か後方へ置き去って、雷の化身が落ちてくる。


 その速度は、先程まで操っていた超自然の落雷よりも、更に輪をかけて速いことは疑問の余地がない。だが、通常の落雷と比して、どれだけ速いか?

 それこそが、ハタタガミの奥の手を回避するための鍵だった。


 その正確な差を知ることができれば、ディオレの危機察知能力と身体能力をもってして、回避することは不可能ではない。

 だが、知識として聞き及んではいても、今この時初めて自身の眼で見るこの攻撃手段を、そこまで正確に解析することなどできるわけがない。そもそも、通常の落雷の速度さえ、事前の充填時間に左右されるというのに。


 だが、ディオレは諦めていなかった。それは勝算のない精神論ではない。この眼で見るのは初めてでも、それでもディオレは、この攻撃を()()()()()()()


 ――――サンプルから通常の落雷と落下攻撃との速度差を算出。事前の充填時間の違いによる誤差を修正。誤差はサンプル内の全通常落雷を検証することで算出。その速度差を現在戦闘中の個体に当てはめ、個体差を修正。個体差は両個体の全落雷攻撃を比較することで算出。今回の落下攻撃の速度をその充填時間より算出――――


 無茶苦茶というべきだった。

 充填時間による誤差、個体差、どちらも正確な数字を出すには、検証すべき例の数が絶対的に少なすぎたし、それ以外にもディオレの計算には、数多くの無理が存在する。

 だがディオレはそれを、自らの直観によって埋めようとしていた。


 それを最後は勘頼りかと、嘲笑(あざわら)うものもいるだろう。

 だが直()とは、単なる当てずっぽうは勿論、勘や直()とも明確に異なるものである。そこには経験を根拠とした、当人にも言語化できないほどに細密な、無意識レベルでの理が、確かに存在する。


 それは咄嗟に物事を判断しなければならない際に、思考という過程を飛ばして答えを出すための対応策であり、それだけに思考が追い付かない、より細かい部分にまで対応し得る。

 当然、その精度は前提となる情報の質と量、そして当人が持つ、思考を介さないレベルでの判断力に依存するのであり、直観とは決して、理屈と相反するものではない。


 それは集積された経験から導き出される、刹那の理。


 成し得る限りの思考は尽くした。後は己の直観に、極限における理に、全てを託すのみ。


 光の柱が、三度、天と地を結ぶ。


 その時、その場所において、余りにも巨大なエネルギーが瞬間的に行使され、その圧力に惑星が、一つの世界が、恐怖するかのように、震えた。






 ◆◆◆






 膨大な電撃が地上で炸裂し、その中心で、ハタタガミは、雷の化身は、敵手を跡形すらなく消し飛ばした、その手応えの無さと、その意味を、察して――――


 脇腹に拳を受けて、木の葉のように吹き飛ばされた。


 骨が粉微塵となり、内臓が残らず破裂するのを感じながら、理解する。

 敵手は、自身の奥の手をしのいだのだと。ディオレがいかなる手段によってそれを成し遂げたか、それがどれほどの不可能事であったか、ハタタガミには知る由もない。


 分かるのは、戦闘を止める選択肢など、己にはないということだけ。


 膨大な慣性に逆らい、体が千切れるのも覚悟の上で、空中で姿勢を立て直し、大地を爪でえぐりながらも着地する。同時に、視界の隅で、途方もない数の爆発が連続した。


 ――――ワイバーレヨンが、光線を無効化されたまま、迂回して殺到した光弾に呑まれ、爆死したのだ。


 数の差は遂に完全に埋められ、ディオレとハタタガミは、距離を置いて対峙していた。


 共に、満身創痍だった。

 両者は、彼らの主観においてでさえ一瞬としか言えない間、にらみ合った。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 四度、雷が落ちた、その時には、雷の化身は首を絞められ、地にねじ伏せられていた。


 血泡を吹きながら牙をむくハタタガミの(けい)(つい)を、ディオレの左腕がスナック菓子のように握り潰す。だが雷獣はなおももがき、ディオレはその体内で、残る全エネルギーが放出されようとする気配を感じ取った。


 ディオレの右腕がハタタガミの体を鷲掴みにし、その胴と首を引き千切る、それと全く同時に、その体内から、炸裂するように電撃がほとばしる。


 五度目の雷は、地上から天に向かって放たれ、ディオレの身を焼き焦がした。


 雷の化身、ハタタガミ。

 その断末魔の抵抗が、何者かに思考を侵されていたが故のものなのか、本来誇り高き雷獣が持つ、闘争本能によるものだったのか、それを知る術は、ディオレにはなかった。






 ◆◆◆






「ガハッ! はあッ、はあッ、はぁっ、はっ……」


 ディオレの口が、壊れた蛇口のように血を吐き出す。顔中に走る脈が、全力疾走後の心臓のように激しく脈動していた。

 その蠕動(ぜんどう)を抑えようとするかのように、あごから頬にかけてを左手で覆い、押さえつける。その手を、口からあふれる新たな血が汚した。


 滝のように流れる血は、口だけでなく、ディオレの全身からあふれ出すかのようだったが、彼が(ひざ)をついて己のささやかな休息にあてた時間は、十秒にも満たなかった。

 

 彼は、ディオレは消耗していた。今の戦いに乱入する、遥かに前から。

 ディオレにとって、今の戦いはこの日繰り広げたいくつもの戦いの内の一つでしかなく、当然これで、その戦いが終わるなどと考えてはいなかった。


 すぐにでも次なる戦いが、それも向こうからやってくるだろうと予想しており、獣たちが自ら数を減らすのを待たなかったのも、決着を急いだのも、それが理由の一つだったのだ。


 息をつきながら立ち上がると、体の調子を確かめるかのように拳を握り、開く。その小指と薬指を失った右手が最低限動くことを確認し、彼方の空を見上げた。


「……間に合ったか」


 ――――地平線の彼方に沈もうとする夕日、その反対側の空に、もう一つ、恒星が浮かんでいた。


 それはまばゆく輝く巨大な姿を持ち、翼のようなものをゆっくりと羽ばたかせながら、悠然とこちらへと向かって来る。

 その威容は、まさしく大気圏へと降り来たった恒星。


 その放つ光量は、常人が一目でも直視すれば、失明はまぬがれないであろうほどのもの。むしろ何故、その熱量が今この時も地上に破滅的な被害を及ぼさないのか、そのことの方が不思議であったろう。


 その代わりとでも言うように、その時、惑星が再び、揺れた。

 先程のように一瞬のことではなく、不穏な地響きすら伴って、惑星は震え続ける。


 まるで今ここに対峙しようとしている二者の力量に、その激突に恐怖するかのように。

 惑星という一つの世界が、泣き叫ぶかのように震え続けていた。


 大気圏へと降りた恒星はそれを意にも介さず、優雅でさえある飛行を続け、ディオレもまた左腕を恒星へと向け、その手をゆっくりと握り、また開いた。

 長く、異様に筋張った、五本の指を。


 そして。


 惑星を丸ごと消し飛ばさんばかりの巨大な爆発が、世界を揺るがした。


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