Run go run
「いったた・・・」
上空に放り出された私は、この世界にも存在している重力の定義に従って地面に墜落した。
視界の左上に緑色で表示されているHPバーが3割ほど消失している。
落ちた高さから考えると、現実世界なら即死レベルの高さだった。しかしこの世界においてどれだけ高くから墜落したとしても、落下ダメージは最大でも3割。
中にはモンスターの竜の背中に飛び乗ったら、そのまま竜が羽ばたいて上空に連れていかれ、最終的に超高度から墜落した、なんて話もある。
そういう経験をした人たちは口を揃えて、「ダメージ以上に怖い・・・」という旨の言葉を並べる。
何でもそうだ。自分よりも遥かに大きいモンスターに齧られたって引っ掻かれたって、装備が整っていれば一撃で死ぬようなことはほぼない。
だがダメージと恐怖は釣り合わない。
当たり前だ。人間日常生活の中で、怪物に齧られたり引っ掻かれたり、凄まじい高度から紐なしバンジーするなんて経験はまずない。
それも慣れてしまえば大したことはなくなるが、初心者ではその怖さに耐えきれず、そのまま二度とログインしなくなる、なんてことも珍しくない。
だから制作側としては初心者こそデリケートに扱い、いきなり紐なしバンジーさせたり、挙句の果てにモンスターの存在する領域に投げ出す、なんてことはしない・・・はずなのだが。
「これ私のしってるEDEN Linksじゃない」
・・・・・・いつからこんな鬼畜仕様に?
周囲からはギェアアアアア!やらウギイイイイイ!やらのとても人間が発した声ではない怪物の叫び声が聞こえる。
つまりここは普通にモンスターが出るフィールドである。
「え? 私普通にデータ消してたよね・・・」
たしかに以前のセーブデータは削除した。あのときの記憶は忘れることのできない事実として、鮮明に焼き付いている。
ならば今の私は初心者と同じ扱いのはず・・・。
それにいきなりダメージを負わせて、モンスターの巣窟に放り出すとは何事か。しかもチュートリアルの類もない。
「ここからどうしろと・・・」
ひとまず自分の格好を確認した。
外見からして明らかな初期装備。腰には一振りの短剣がついていた。
メニュー画面を開いてステータスを確かめるも、装備による防御力も武器による攻撃力もほぼあってないに等しい数値。
レベルも上げておらず、それに伴って己のステータスポイントも割り振られていないので、筋力値も0。
こんな状態で敵と遭遇すれば・・・、
「──────!!!」
まるでフラグでも立ったように草の揺れる音がして、咄嗟に短剣に手をかけた。
ここは森の中でも開けていて、空が見渡せる。だが見えるのは上だけで周囲は木々や茂みに囲まれていて、見晴らしは良くない。
それでこそモンスターや人が潜む場所なんて無限にある。
まだ視界には何も入ってこない。
だが確かにそこにいる。囲まれている。
その確信があった。
私が油断して近づいていくまで潜みつづけるつもりだろうか? いや、この世界の小型モンスターにそこまでの知能は与えられていない。
やがて音の正体がのそっとそこから姿を現す。
「グルゥゥゥゥ・・・」
低いうなり声をあげて茂みから現れたのは、体長にして私より少し大きいくらいの、恐竜のようなモンスター。
「「グルルゥゥゥゥ」」
・・・かける、ひぃーふぅーみぃ...ろく。
やはり囲まれていたようだ。
モンスターとしての部類においては、完全なるモブ。こんなのに殺されてしまった日には、仲間内で1週間は笑い話にされてしまうくらいのモンスター。
だが、
「もうちょっと優しくしてよね・・・!」
愚痴がこぼれた。冷や汗が顔を伝うような感覚がした。
笑い話ではない。初心者がまともな装備も持たされず今まさにモンスターに蹂躙されようとしている。ゲームの仕様として笑えない話だ。
いくらモブのようなモンスターとはいえ、今の私はプレイヤーの中では「モブ」にさえなれていないのだ。
そんな状態の人が目の前の小型モンスターのことをモブだと呼べるだろうか。いやもう脅威でしかありません。
いちばん最初に姿を現したモンスターが遠吠えのように吠える。それに合わせ、啖呵を切ったようにモンスターが迫ってくる。
「ふっ・・・!」
迫りくる正面の敵に対して、剣を抜いた。
目には映らないが、正面だけでなく背後や横からもモンスターは迫っている。退く場所などどこにもない。
わかりやすいすれ違いざまの噛みつき攻撃を紙一重でかわし、頭部の側面を削ぐように切る。
「ギャゥッ・・・!!」
切られたモンスターは仰け反るようにしてひるんだ。
この手のモブ恐竜モンスターはいくら与ダメージ量が低くても、一撃ごとにひるむ仕様になっている。
逆をとれば、ひるんだとてその攻撃が本当に通用しているかはわからない。
だからここで取るべき手は・・・、
──────逃げる!!!
切ったモンスターの方を振り返ることもなく、すれ違った勢いそのままに駆ける!
さすがに今のこの装備で多数を相手にするのは至難の業だ。なんとか安全圏まで逃げこむか、この森の中で撒くしかない。
というかそもそも新参者は安全圏から、安全にぬくぬくとゲームを始められるはずでは!?
復帰勢は最初から鬼畜仕様? そんなの不平等すぎない?
全速力で走りながら、大声でこの世界への熱い思いを叫んだ。
「ふざけないでよおおおおおおおお!!!」
今は走る。死んでたまるか。