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理想と現実と

気づけば半日は終わっていた。


明日からは夏休みだ。長く、永い、彼女にとっては長すぎるような休み。


普通の人なら何をして過ごすのだろう。


友達と遊ぶ? 部活に打ち込む? 勉強に費やす?


どれも真っ当な過ごし方と言える。一片たりとも時間を無駄にしてはいないのだから。


そんな未来を胸に、今日の学生は希望に満ちているだろう。だというのに私には晴れ間さえも見えなかった。


なぜか重たい足は自然に電気街へと赴く。


まだ昼間で明かりが灯らないネオンも、でかでかと綺麗な女優を映し出したスクリーンも目に入れど、何の感情も湧き起こさぬままに右から左へと流れていく。


どうしても虚しさが晴れない。まるで持病のようにあの日からまとわりついている。


だからこの虚しさに慣れたと思っていた。でも慣れることなんかない。ただ喪失感に駆られるのが当たり前になっただけで、その傷の痛みは鮮明に感じ続ける。


今、消沈しているのが証拠だ。


きっかけは周りの人全てが、上手くいっているように見えたこと。


別に誰かの不幸は蜜の味なんて感じたことはないし、妬む元気もない。


ただ自分が幸せでありたいだけなのだ。


生きてるだけで幸せなんて歌っている歌手もいるけど、そんなの嘘八百だ。


人間は何かを持っていれば、それ以上の物を欲しがらずにいられない。この世に生まれて来なかった人なら生きてるだけで幸せなんだろうが、この世に生きている人はそんなこと思わない。


生まれて来られなかった人よりマシなんて、そんなの穢多非人と同じ考え方じゃないか。人として最低だ。


もちろん人間いつもいつでも不幸な訳じゃない。私にも幸せを感じている時期はあった。


自分の居場所があって、信頼できる友がいて、熱中できる何かがあった。


ビルの壁に備えられた巨大なスクリーンに、アイドルのようにも見える、可愛いらしいシンガーがギターを弾きながら、MVで歌っている姿が映し出される。


テロップで彼女の年齢が紹介される。14。私より2つも年下だった。


それがより一層心の中の虚無感を色濃く滲ませる。


自分より人生を送ってきていない人にも、あんな風に人前に出て、立派に一人の人として活躍している人がいる。


なのにどうして自分には何も無いのだろう。


芸能界にもスポーツ界にも自分と同じ年で活躍している人なんて幾らでもいる。年齢を重ねて、自分は一人の人としてどう生きるかを考えるようになってから、彼らの姿はだんだん輝きを増して、いよいよ眩しすぎて見れなくなった。


惨めだ。自分は活躍どころか自分の生き方さえ見つけられない。


『透き通るような歌声・・・、まだ14歳の少女とは思えないですねぇ〜』


『彼女はきっとこれからの音楽界に新しい風を吹き込むと思いますよ』


並べ立てたような褒め言葉を司会者の2人が述べた。


『それでは次のコーナーに参りましょう! 月刊ゲームスタイルTV!』


『今週は発売から2周年を迎えてもその勢い衰えぬ! 天下のVRMMO、通称「EDEN」。EDEN LINKS特集!』


そのワードに視線がぐっと引き寄せられる。


『いやぁ〜、もう2周年なんですか? まるで1週間前に発売したような勢いがまだ続いておりますけど』


『それがですね! 先日、EDEN内では2周年を記念したイベントがあったそうなんですよ!』


『ほうほう・・・』


『その名も、2 anniversary 最強決定フェスティバル!』


『おぉー!』


『今日はその! 興奮を皆さんに直でお届けしたく! 特別なゲストさんをお呼びしています!』


『なんと!』


『では登場して頂きましょう! 最強決定戦個人戦ではなんとベスト8! そして率いるギルドはなんとなんと2位! EDEN1のカリスマ美人プレイヤーと名高い、ギルド「ZENON」の女リーダー、ラビュリさんです!』


司会者の大げさな盛り上げと紹介とともに、肩までの黒髪を整えた、いかにもやり手という感じの美人プレイヤーが登場した。


『どうも皆さんこんにちは。紹介に預かりました、ギルド「ZENON」リーダーのラビュリと申します』


女プレイヤーは淡々と、それでいて愛想の良い声と笑顔で画面に向けて挨拶をする。


『今日はよろしくお願いします! ラビュリさんといえば紹介文にもあります通り、EDEN1のカリスマ美人プレイヤーと名高いわけですが・・・』


『さすがに買いかぶりすぎですよ。そもそも今のこの姿はキャラメイクで作った姿ですから、現実とは違うかもしれませんしねぇ・・・』


『いえいえそんなそんな! ラビュリさんのことですから、現実でもきっとお美しいのだろうと!』


男の司会者が食い気味でフォローするが、正直気持ち悪い。ラビュリさんも引き気味だ。


『まぁ私は性別こそ現実でも女だと公言していますが、容姿がこれに似ているか否かという質問にはノーコメントで』


『そうですよね。VRでリアルの詮索は御法度ですからね。ね?』


若干セクハラ気味だった男の司会者に、女の司会者が釘を刺し、話題を変えた。


『ではカリスマの方はコメントいただけますか?』


『そうですねぇ。でもEDENにはお二方も皆さんも私もまだ見たことがないプレイヤーの方々が沢山いると思います。それを踏まえた上で少し横暴かもしれませんが・・・、自信があります』


画面に向かって全プレイヤーに宣戦布告するように彼女は言い切る。


『おぉ〜、さすがトップギルドをまとめるリーダー。言葉に風格が漂っていますね』


『ありがとうございます』


『今回の最強決定戦ではギルドを2位に導いたわけですが、その結果には納得していますか?』


『納得はしていますが、満足はしていません。だってまだ上がある訳ですからね』


『今回の1位は昨年と合わせて2連覇を達成した、最強ギルドと名高い、ギルド「ラフォリオ」でしたね・・・』


女司会者が語尾を弱める。まるで話の流れ的に地雷を踏んでしまった、というように。


ラビュリはテレビ的なことを気にしたのかフォローを入れた。


『ラフォリオは確かに最強です。私も正直勝てるビジョンがまだ見えませんから』


そこで、ラフォリオについて話を深掘りしていいと察した女司会者が補足した。


『ビジョンが見えない・・・ですか? ラフォリオはメンバーが4人しかいない超少数精鋭編成ですが、一体何がそこまで言わせるのでしょう?』


『それはもちろん一人一人の強さですよ。ラフォリオのメンバーは各人がトップギルドのエース級かそれ以上です。それでいて超少数精鋭のメリットを活かした機械のような連携・・・、どれをとってもウチより上です』


声のトーンが暗くなったラビュリを励ますように、男司会者が口を開く。


『で、ですが、ZENONは上であるの100名のメンバーを抱えながら、ギルド戦では素晴らしい連携を見せてくれました! そこは胸を張ってもいいと思いますよ』


『そうですね・・・。できる限りのことはできたと思います』


ラビュリは司会者ではなく、画面の前の人たちに向けて言葉を放つ。


『私のギルドでは「誰もが誰かに必要な人」なんです。100人というメンバーはとても多いようで、とても少ない。そのたくさんのかけがえないメンバーが、全力を尽くした結果です。今回の件で私は我がギルドの底力を再認識しました。まだビジョンは見えませんが・・・、いつかはラフォリオを喰ってみせます』


なんて強い声で言い切るんだろう。なんてまっすぐな瞳をしているのだろう。


きっとこの人はすべて上手くいってきた人なんだ。


その途中にどんな努力があるのかは分からない。でも汗水垂らして、血反吐を吐いて、それでも結果に報われてきた。だから綺麗なことが言える。


現実は残酷なんだ。努力がすべて必ず報われるのならば、努力しない人間なんていないだろう。


報われないことを知っているから、人は怠惰になり、一歩を踏み出せない。そして綺麗事を言えなくなる。


漫画の主人公なら、最後は必ず勝つという結末を作者が用意してくれる。しかし現実に生きる人々には、そんなのない。


そんな事実に辟易した。しかし、


『この世界では誰もが主人公になれるんです。頑張れば結果は必ず現れます。結果を出せば、人は必ず集まってくれますし、認めてくれます。そうすれば必然的にこの世界が居場所になる、自分の個性を見い出せる。「所詮」とか「どうせ」とかいう言葉は、この世界を生きる人々には不遜な枕詞です。この世界は、



ゲームであって、れっきとした現実なんですから』



まるで自分に向けて言われているような感じがした。


自分とは違う人間の言葉だ。彼女がたとえ成功者だったとしても、自分が同じ道を歩んで成功するとは限らない。それでも強い光を宿す瞳には、そんな細かいことを吹き飛ばす力がある。


いつの間にかぽっかり空いてしまっていた口を閉じて、ぐっと歯を食いしばった。


また何かよくわからない力が足を進める。


ただ・・・、さっきとは違う、心の奥から湧き出してくる別の何かを感じていた。


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