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この世界で

世界は優しい。


けれど人は優しくないかもしれない。


この世に存在している人間は70億超。使う言語さえ統一されていない。それどころか考えること、感じることには個人差がある。言葉は通じても、心は通じないことがある。


そんな社会の中で、「人は一人では生きられない」。よくそんな言葉を聞くが、私はそんなの欺瞞だと思っている。それは人同士が手を取り合うことが絶対的な正解とされているから、そう言われているだけだ。


極論を言ってしまうと、この世に1人になったとしても資源さえあれば人は生きられる。今の社会ならお金さえあれば、この世界で1人でも生きられる。


なのに、時に人は手を取り合うことを強制される。心が通じないのに、考え方も感じ方も違うのに。


皆仲良く、なんて綺麗事に過ぎない。そんなの子供に悪影響を与えまいとする保育士か学校の先生が言う言葉だ。叶うはずもない。


だから、世界は残酷だ。


けど人は優しいかもしれない。


もし心が通じ合うなら。互いに思い合えるなら。人は手を取り合って、皆で生きることができる。


苦しみを分かち合い、喜びを共有し、楽しく生きることができるかもしれない。


もしそんな人がいるのなら、私は大切にしたい。


優しくしてくれるのなら、来る者拒まず、去る者にはしがみついて離さないかもしれない。


それくらい私の心は傷ついている。


私は臆病だ。自分が誰かに好いてもらう自信なんてないし、誰かを信じることもできない。


けど1人は辛いから、寂しいから、涙が溢れてしまうから、私は探したのかもしれない。


そして私は導かれるように、




明るく輝く月の下に誘われた。







────────────


ジリリリリリリリリリリ!!!


「・・・ううーん」


けたたましく鳴り響く目覚まし時計が、一日の始まりを告げる。


「小晴ー、今日、あなた日直だから起こしてって言ったんでしょー! 遅れるわよー!」


目覚まし時計の音を、下の階で聞き取った母親の怒号が追い打ちをかけた。


これはもうとても二度寝できるほど、意識は朧気ではない。ばっちり覚醒した。


中学で制服登校になってから4年間続けた、ベッドから降りてクローゼットまでの道のりを自然に足がたどり、何も考えずとも着替えが進む。


起きてから1分たった頃にはもうパジャマと別離し、制服姿だ。


「おはよー・・・」


「おはよう小晴」


リビングに入ればいつも早い弟と父が朝食を済ませている。そして父は出勤、弟はバスケの朝練に出た。


箸を取って、皿に出されている卵をご飯にぶち込む。


『今日の運勢2位は水瓶座の方! 思わぬところから昔失くしたものが見つかるかも! ラッキーアイテムはキーホルダー!』


「ふーん、いい日だ」


失くしたものって失くした直後は困っても、時が経つにつれ、ないことに慣れてきたり、新しいものを用意したりして気にしなくなってしまう。


だから昔失くしたものが今更見つかっても・・・ってところだ。


テレビから流れてきた占いが終わる。ということはもうそろそろ時間がない。


卵かけご飯をかき込み、手早く洗顔や歯磨き、整髪を終わらせたら、家を飛び出す。


「いってきまーす」


「あ、待った小晴! 今日、午前授業なんだっけ?」


「そうだよ。二限まで授業であとは終業式で終わり」


時期は7月の末。学生にとっては期末試験も終わり、その結果に一喜一憂する時期も過ぎ、あとは夏休みを待つだけとなる、いわばゴールデンタイム。


もちろん私もその一人だが、期末試験もその結果も心労にはならなかった。


「そう。じゃあどこか寄り道してくれば?」


「えっ、どうしたの急に」


「ううん。あなたいつも真っ直ぐ帰ってくるいい子ちゃんだから、たまにはちょっと冒険してみてもいいんじゃない?って」


考えずとも悟った。母が何を言いたいのか。


だからそれに首を振る。


「ううん。行きたいところもないし、寄り道してまで仲良くしたい人なんていないんだよ」


「あら、母さん誰かと行けなんて言ってないのよ」


「?」


「いい小晴? 世界ってのはね、一人で歩いたとしても広がっていくものなの。そして誰だって最初の一歩を踏み出す時は一人なのよ」


母は柔和に笑ってみせた。その顔に哀れみや心配の表情は見えない。


「そう・・・だね」


爪先を地にうちつけ、靴を履き直した。


そして、


「分かった。いってきます」


「いってらっしゃい」


学校への長くも短くもない道のりを駆け出した。





──────────


学校に着いたのは7時半。


自習室には受験が迫る3年生らしき姿があるものの、ゴールデンタイムを迎えている1.2年生の姿はほぼ見られなかった。


誰もいない1年の教室の周囲は、静まりかえり、朝の神秘的な空間を演出している。


一つ一つ、誰もいない教室を眺めながら自分のクラスへ向かう。きっと自分のクラスにも誰もいないけど。


「なんて静かな朝・・・、いいなぁ・・・・・・」


たまには朝早く登校するのもいいかもしれない。そうしみじみ思う。


たとえ吹奏楽部の演奏であっても、こんな静かで優雅な朝には不要。ましてや誰かの無粋な大声なんて論外・・・、


「よ、よォ、小晴! おはよう!」


スタスタスタ。


何も見ていない。そう言わんばかりの足取りで素通りしておいた。


「お、おい! なんで無視すんだよ!」


「うるさいよ航太。勉強してる人もいるかもしれないんだから少し静かにしたら?」


「お、おお、確かに・・・、じゃねぇよ! おはよう!」


「はい、おはよう」


まるで生徒に挨拶された素っ気のない教師のように、航太と呼んだその幼なじみをスルーしていく。


「ていうか何で航太がこんな朝早くにいるの? いつもは遅刻間際のくせに」


「い、いや? 俺も今日日直でさ〜、あはは」


「嘘ね。あなた日直だったとしても早く来ないでしょ」


図星をつかれた彼はうぐっ・・・、と口篭る。


ただ彼が《《俺も》》、と言ったのが少し気になった。私が今日日直なのなんで知ってるんだろ?


「まぁほら? 気分だよ気分! たまには朝早く来て勉強したくなったりしてさ!」


「じゃあ勉強して。私なんかに構ってないでさ」


「ああ・・・うん、もちろん! それでさ俺分かんないところが多くてさ・・・、よければ──」


スタスタスタ。


「あっ、ちょ、小晴ー!?」


正真正銘の日直である私には、彼に構っていられる時間はない。


「そういえばさ! 今日、午前中で学校終わりじゃん? だからさ午後からどっか遊びに────」


「行かないから」


即答。いや問いを最後まで言わせない。フライング即答だ。


「航太、あなたテストの見直しとかした?」


「過去は振り返らねえのが男ってもんだ!」


航太は胸を張って、かっこをつけたつもりだろうが、まったくの逆効果。いま私呆れてため息をつきました。最も彼がそんなことするはずないと、分かっていたのだが。


「お母さん言ってたけど、今回赤点3個だってね。遊びに行ってる余裕なんてあるの?」


「うぐっ! い、いや、お前と遊びに行く為なら、余裕の一つや二つくらい空けとこうかなーと」


「やめてください。それで更に航太の成績が落ちたら、あなたのお母さんに申し訳ないから」


「えっ・・・」


彼とは小学校からの幼なじみだ。家も近く、家族ぐるみの付き合いがある。当然、その母ともお互いに面識があるわけで。


「じゃ、私本当に日直だから」


「あっ・・・! 小晴────」


「あうっ・・・!」


踵を返し、歩きだそうとした。が、何かにぶつかり、小さな声が漏れる。


目の前にいたのは、女生徒だった。


ブレザーの前をとめず、そこそこ大きな胸がブラウスを突き上げるのが見える。スカートは手を加えているようでかなり短い。そこからすらっと長い、黒ソックスに包まれた足が伸びる。


右手にはいちごオレを持っており、口にはストローを咥えていた。全体的にギャルっぽい印象を受けた。


同じクラスの生徒ではない。ただここにいるということは恐らく1年生だ。


「あ、ごめんなさい。前見てなくて・・・」


「・・・・・・ん、気をつけてね」


謝った私に小さく言葉をかけ、立ち去るギャルは2つ横のクラスへと姿を消した。


「あー、あれ。天野さんじゃん」


「ごめん、誰?」


「入学当初から可愛いって男子の中で噂になってたんだよ。5組の天野(あまの) 詠未(よみ)。んで喋りかけてみたら、誰にでも笑顔で対応してくれるから人気絶頂」


「へー。狙ってるの?」


「い、いや!? 俺は・・・・・・」


航太は一瞬慌てたが、そんな風でもない。気があるわけではないと悟る。


その後、航太は何かを言おうとしたが、言葉が出なかったようでやめた。


「まぁ人気絶頂なんだが・・・、狙ってる人はそんなにいないと思うぞ」


「へ? なんで?」


「注視してみれば分かるよ」


「?」


人気絶頂なのに狙う人はいない。高嶺の花、とかいう感じなんだろうか。そんなことを考えながら、話を切り上げ、日直の仕事をこなし、残った時間をしっかり読書に費やし、いつも通り優等生の日々へと戻った。


そのまま最早やる気のない生徒と教員による、大半が復習だけの授業が2つ終わり、あっという間に終業式が訪れていた。


「えー・・・、暖かい春の季節もとうに終わりを告げ、最近では陽射しが照りつける夏を感じるところとなってきました────」


千人近い全校生徒の前、登壇した校長先生が懐から紙を取り出した途端、周囲から溜め息が聞こえた気がした。


そもそも入学式でも卒業式でもない、ただの終業式でなにを紙に書くほど話すことがあるのか。この場の八割以上が思っているだろう。


たたでさえ今から長期休みが始まる前ということで他の先生や、生徒指導の先生からの話もうんざりするほど長いというのに。


校長先生はそんな生徒の様子など察知する風もなく、つらづらと語り続ける。


正直こんな話に耳を傾けているのは、一部の先生だけだ。だから教室に戻って、「いやぁー、校長先生の話良かったなぁ〜。羊は1匹じゃ────」などと語るが、生徒からすると、「どんな話してたんだろ」ということが多い。


じっとしていると肩が凝るので、少し身悶えをする。ふっと横に目を向けると、こちらを見ていた航太と目が合う。すぐにさっと目を逸らされた。


(なによ、寝たりしないから・・・)


長々とした校長先生の話が終わると、部活動やらの表彰が始まった。


それぞれ運動部や文化部の生徒たちが名前を呼ばれ、登壇していく。その中にバスケ部として登壇した航太の姿を見て、謎の敗北感を覚えた。


大体30人くらい登壇したところで部活動の表彰は終わった。


「それでは次に今学期の優学賞の表彰に移ります」


優学賞とは、その学期で中間と期末テストの総合点数が最も高かった者に贈られる賞だ。


私もまったく縁遠い存在ではなかったが、如何せん中間も期末も学年トップ3に入れていなかったので、表彰されることは恐らくない。


「1年生。1年5組、日南(ひなみ) 秋人(あきひと)。総合点数1868点」


「はい」


彼の名と総合点数が読み上げられたとき、体育館全体がざわついた。


彼の名は聞いたことがなかったが、その点数には私もさすがに驚きを隠せなかった。


この学校では1年の時から、9教科5科目でテストを行う。1回の総合点数は英語のリスニングを加えて950点。そして2回のテストだと1900点。


その中で彼は32点分しか間違えなかった。2回の平均点数はつまり934点。


比較的学習進度のペースが緩やかで、点数が取りやすい1年生とはいえ、この点数はさすがに異例だったようだ。教師陣もざわめいている。


(あんな人を天才って言うんだろうなぁ・・・)


壇上に上がった彼を見て、つくづくそう思った。


しかもよく見ると顔付きも中々いい。天は二物を与えず、という言葉は嘘っぱちなんだと実感する。


その後、2年3年の優学賞も発表されるが、その日南君のインパクトが強すぎて、拍手もまばらだった。


そして彼の残した天才の印象は、その後の生徒指導の先生からの長話も気にならないほどに、この場の全員に残った。


そして各クラスごと並んで体育館を出る時、もらった賞状を眺めて笑い話す日南君と天野さんの姿が目に入った。


イケメン優等生と人気絶頂の美女。


さっきの航太の言葉の意味を、早々に理解することになるとは...。


彼らのように恵まれている人はとことん恵まれる。


何かが苦手な人でさえ、代わりに恵まれた何がある。航太のように勉強がからっきしでも、強豪バスケ部で1年からレギュラーを取るような実力があれば、それだけで救われる。


一番ダメなのは、中途半端。


何に関しても中途半端な者は、どこへも行き着けない。


どこへ行っても上には上がある。どこへ行っても一番にはなれない。


中途半端な私に救いはない。


自分という核がない。


そしてその虚しさに足取りを重くされ、教室までの道のりを歩いた。


その虚しさを感じさせないほど熱中できるものもないし、それを分かち合える友もいない。


きっとあの日あの時から私にはどちらもできない。


あの日あの時から私の歯車は止まったままだ。



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