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第二話



「いやいやぁ~、諦めてもらっちゃ困るわ。マイダーリン」


 金属と金属がぶつかり合う音。

 聞き馴染みのある声。

 どうやら命のともしびは消えていないらしい。

 ゆっくりと目を開くと、僕を庇っていたのは金髪の少女。

 緩やかにウェーブのかかった長髪をしており、サファイアのような瞳を輝かせている。


「邪魔しないでください。俺はその男を殺さなくてはならないのです」

「あらぁ~、マイダーリンを殺そうとするなんて、天誅ですねぇ」

「なんなんですか、貴方は」


 僕はこの少女を知っていた。

 そう、この少女こそかつて僕が愛の言葉を囁き、純潔を奪い、その末に破局へと至った僕の元カノ。


「箱崎ハルトの正妻、赤坂あかさかアカリよぉ」


 アカリはドヤ顔で宣言した。

 それはまるでヒーローの名乗りみたいで、とってもカッコよかった。

 

「そうか、ならば元カノともども死に晒せよっ!」


 激高した少年はアカリめがけて切りかかる。

 しかし、アカリは手に持つ棒状の物体で振り払った。

 ズンと重い金属音がビルの狭間に響く。


「なんですか、その武器は」

「ダーリンから貰った『デラックス55エッジ』だけど」


 アカリはニヘラと気持ちが悪い笑みを浮かべながら答えた。

 道理で見覚えがあるわけだ。


 そう、彼女が持つ工事現場の人が持っていそうな棒状の物体は、ニチアサヒーローが怪人を討ち滅ぼすための武器であり、いわゆる玩具である。

 今から半年ぐらい前、アカリがまだカノジョだった際に僕が戯れでプレゼントしたものだった。

 いや、正確に言うならば、彼女の育ち盛りの弟のために渡したのだけど。


 まさか、このようにフルチューンされ、あまつさえ僕の命さえ救うことになるとは考えもしかなった。人生は塞翁が馬というのはあながち間違えではないらしい。


「というわけでぇ、反撃たーいむっ!」


 わざとらしい猫なで声を上げ、アカリはデラックス55エッジを片手に少年へ襲いかかる。

 予期せぬ事態に驚いた少年は咄嗟に小太刀でガードを試みる。

 しかし少年は不幸ながら知らなかった。

 アカリは剣道の有段者であり、素人の少年など相手にならないという事実を。

 しかし、フルチューンされた正義の武器は小太刀を砕き、そのまま少年を殴打する。

 腹部に鉄の塊をぶつけられた少年はその場で苦痛に表情を歪めた後に、その場に倒れ伏した。すなわち、アカリの勝利である。


「ダーリン、勝ったよっ! 褒めて褒めてっ!」


 アカリはそう言って、僕に抱きついてきた。

 すんでのところで回避する。


「もう、ダーリンったらつれないんだから。でもそんなところが好き」

「そういう軽口はいいから、僕の質問に答えてくれ」

「あら、スリーサイズなら知っているじゃない?」


 きょとんと首を傾げるアカリ。

 こいつと話していると頭が痛くなる。手短に済ませよう。


「なんで、ココにいるんだ?」

「そりゃもちろん、ダーリンがピンチだったからよ」


 ――ヒーローはピンチになれば必ず助けに来るものでしょ。

 アカリはそういって照れくさそうに笑った。

 だが、僕はそのまま尋問を続ける。


「だから、どうしてここが分かった?」

「……位置情報」

「は?」

「ダーリンのスマホにコッソリ監視アプリをインストールしてたの」


 もじもじと恥ずかしげに告白するアカリ。

 どいつもこいつも刑法をなんだと思っているんだ。

 よくもまあこんなことが出来るものだと逆に感心してしまう。

 ため息を吐き捨てて、僕はその監視アプリを削除した。


「ああ、それを削除するなんてとんでもないっ!」

「お前もある種の呪われた装備だから……」

「またまたダーリンったら照れちゃって。本当はわたしのこと大好きなくせして他の女と遊んじゃうんだから」


 いや、その理屈はおかしい。

 僕はコイツに対してちゃんと別れ話をしたうえで別れた。

 なので、もう赤の他人なのだが、どうしてそうもズケズケと彼女面ができたものだ。

 ここははっきりさせないとダメか。


「僕はいまそこにいる千早チトセさんとお付き合いをしているんだ。だから、君とは付き合っていないし、今度とも付き合うことはない」


 僕はキッチリと宣言した。

 仮にもアカリは命の恩人なのでこのような態度を取るのは若干心苦しいけれど、それとこれとは別問題。そのあたりをなーなーにするとあっという間に飲み込まれてしまう。


 ……正直なところ、チトセに対する恋慕というのは今日の一件ですっかり冷めてしまったのだけど。

 そんな宣言に対して、アカリは一言、こう返す。


「なら、そのチトセってやつを殺しちゃえば、ダーリンはわたしのものになるのね?」


 だから、お前の理屈はおかしいんだよ。

 なぜそうなると自信満々で信じられるんだ。

 というかそういう思い込みの激しさが災いして、僕との関係が終焉を迎えたってまだ気づいていないのかよ。全くもって胃が痛いジョークだよ。


「あれあれ? わたし、冗談なんていっていないよ」


 そういうとアカリはご自慢のデラックス55エッジを拾い上げる。

 瞬間、彼女の瞳から光が消え、空虚のみを映し出す。

 そんな視線の先には、ここまで我関せずを貫いてきた千早チトセが立っていた。

 思わぬ形で殺意を向けられたチトセはその場に立ちつくしてしまう。


「た、たすけなさいよ、はると」

「助けに来たら、ダーリンといえども容赦しないよ」


 こちらに助けを求めるチトセ。そのあり方に傲慢さを感じてしまうのは気のせいか。

 デラックス55エッジを赤く発光させながら、アカリはこちらを牽制。

 ちなみに僕とアカリが対等な条件で対決した場合はほぼ互角なのだが、今回は分が悪すぎた。

 彼女だけ長物を持っている状況では勝ち目など、ない。

 くそ、こんな事になるなら親父にハワイで拳銃を習っておくべくだったか。


「ねえ、ダーリン。選ばせてあげる。この女を選んで死ぬか、わたしを選んで、その女と別れるか」


 ――まあ、賢明なダーリンならば、どの選択が正しいかわかるでしょうけど。

 そういって、アカリは頬をゆがめて笑った。

 どいつもこいつも選択を迫るのが好きだな。

 でもまあ、そうして二択を提示してしまえば、相手の返答を絞れるのだから、使い勝手は良いのだろう。

 しかし、そうなれば選択肢など一つしかあるまい。

 それはもちろん――




「せっかくだから俺はこの少年を選ぶぜ」

「「…………は?」」




「だから、チトセの元カレを選んだって言っているんだ」


 そう言って僕は気絶した少年を持ち上げる。

 少年は見かけ通り、小柄で軽く、抱きかかえるのも容易だった。

 衝撃からか動かなくなった()()()()()()を横目に、僕は大通りへと向かう。


「ちょっと待ちなさいよ。私を見捨てていく気なの」

「ああ、そうだよ。だってめんどくさそうだし」

「正気なの? ダーリン」

「お前よりはな」


 面倒な女の問いかけに適当に答える。

 ああ、厄介だ。

 女はとにかく厄介にして奇怪だ。

 お互いに愛し合ったから付き合ったというのに、いつの間にかつけあがる。

 そして、いつしか勝手に僕を勘ぐり始め、やがて勝手に失望する。

 挙句の果てに、蛮行に及んで別れざるを得なくなる。

 ああ、僕の愛する人たちはどうして付き合い始めた当初のありかたを保てないのだろうか。

 やはり、僕はヤンデレメーカーなのだろうか?

 しかし、それもどうでもいい。

 今日は無性に男と絡みたい気分だった。


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