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7話

 

 高等科への編入を決意したのは、シャルと昔のように――せめて正等科の頃のような関係に戻れるかと思ったから。

 ジェイ先生のことは関係ない。

 それはもちろん、ジェイ先生の授業を受けられなくなったのは残念だったけど、高等科にはたくさんの魅力的な授業がある。


 初めの頃は難しかった授業も、今はとても楽しく受けることができていた。

 ただ問題は噂。

 ここでもやっぱりみんな噂に振り回されている。

 ジェイ先生との噂は高等科でも広まっていて、わたしはシャルという婚約者がいながら若い先生に熱を上げて退学になったとされているらしい。

 でも、もしそれが本当だったとしても、シャルはどうなの?

 シャルはたいていステファニーさんと一緒にいる。

 そしてシャルと一緒にいないときのステファニーさんはあの友人二人と過ごしているらしい。


「ねえ、恥ずかしいと思わないの? 婚約者がいながら別の男性に入れあげて。女学院を退学になったからって、今さら婚約者であるシャルロ君にすがるなんて」

「あら、きっと最初からシャルロ君のことは手放すつもりはなかったんじゃない? 爵位をお金で買ったお家だもの。将来のベルトラム子爵との結婚を諦めるわけがないわ」

「それもそうね。だとしたら、その男性教諭のほうが遊びだったの? やだ、下品だわ……」

「……あなたたちは恥ずかしくないんですか? 馬鹿馬鹿しい噂を信じて、こうしてわたしを罵っていることは?」

「なんですって!?」

「無礼よ、あなた!」


 この人たちは自分の言動の矛盾に気付かないのかと不思議に思いながら聞いていたら、お父様のことまで悪く言われてつい反撃してしまった。

 確かこのステファニーさんの取り巻き二人は子爵家と男爵家のご令嬢らしい。

 二人は言い返されると思っていなかったのか、わたしの言葉に動揺している。


 ひと月ほど高等科で過ごして気付いたけれど、どうやらステファニーさんは二学年では女王として君臨しているらしい。

 って、この言い方は行きすぎかな?

 とにかく、二学年の女子のトップってこと。

 それもこういうやり方で他の子を潰してきたのかしら?


 高等科は成績優秀な地方出身の子――一般の子たちが多いから、爵位を持った相手には怯んでしまうのも仕方ないと思う。

 だけど、女の園――女学院で過ごしてきたわたしとしてはこれくらい平気。

 なぜなら花嫁修業色の強い女学院では『社交界で上手く渡る方法(意訳)』なんて授業があるくらいなんだから。


「無礼なのはあなた方でしょう? わたしの父はお金ではなく実力とその功績で、国王陛下より准男爵の位を賜ったのです。それともあなた方は陛下がお金で動かれるような方だとおっしゃるのですか?」

「ま、まさか、そんなこと……」

「お二人とも、言葉は一度口にしてしまえば戻せないのですよ。ですから少し考えておっしゃったほうがよろしいかと思いますわ。この学院が女学院を退学になったからといって編入できるほど簡単ではないことは、ご自身が一番おわかりでしょう?」

「それは……」

「では、失礼いたします」


 軽く頭を下げて、わたしは二人の前で踵を返した。

 あの二人はステファニーさんのことを思ってわたしをやり込めにきたのかしら。

 グレーテからの情報ではレゼルー伯爵家は数年前のちょっとした政争から転落の一途らしく、あまり資金繰りが上手くいっていないらしい。

 それに比べてベルトラム子爵家のここ最近の繁栄は目覚ましいものがあるからシャルが狙われているんじゃないかって。


 前回もシャルは忙しいからって訪問が中止になったけど、このままじゃダメよね。

 一度ちゃんとシャルと話をしないと。

 確か高等科には校内配達っていう便利なシステムがあるはずだから、それでシャルに伝言を送ろう。


(よし! 場所はどこにしようかしら?)


 人目があまりなくて話し合いができる場所。

 まだ高等科に編入してひと月だから、内部のことはよくわからない。

 うーん、と考えて閃いた場所があった。

 数年前に新しい第二図書室ができてからは、第一図書室はあまり使われていないみたいで、わたしにとっては静かに自習ができてお気に入りの場所。

 司書の先生以外にはほとんど人も見かけない。


 本来なら図書室は話し合いの場にはふさわしくないけれど、他に思い当たる場所がない。

 さっそくシャルに短い手紙を書いて、校内配達でお願いした。

 突然だし来てくれるか心配ではあるけど、シャルは部活に入っていないし、放課後なら大丈夫よね?

 そう思いながら放課後に第一図書室の奥の書架――小説が並んでいる場所あたりで待っていると、シャルは来てくれた。


「急に呼び出さないでくれないか」

「だけど最近シャルと全然話ができていないから。一度ちゃんと話したかったの」

「何を話すっていうんだ?」

「何って、その……」


 急に呼び出したせいか、シャルはすごく不機嫌で怯んでしまいそうになる。

 こんなにきついシャルは知らない。

 でも、そうよ。わたしは十歳の頃からシャルを知っていて、優しいシャルをたくさん知っているわ。

 だってわたしはシャルの婚約者だもの。

 だからもっと自信を持っていいはず。

 ステファニーさんの取り巻きさんたちにだって立ち向かえたんだから。


「も、もうすぐサマーパーティーでしょう? わたしもここの生徒になったのだから、今年は一緒に――」

「悪いけど、今年もステファニーのパートナーを務めるって約束しているんだ」

「……え?」

「もうずいぶん前からの約束だから、彼女を優先させるよ。まさかリュシーが編入してくるなんて思わなかったんだから」

「でも……」

「話がそれだけなら、僕はもう行くよ」

「待って!」


 色々な言葉が頭の中に浮かんできたけれど、口にする前にシャルは背中を向けてしまった。

 慌てて引き留めたら、思いのほか大きな声が出てしまって焦る。


「大きな声を出すなよ。ここは図書室だぞ? そもそも図書室を話し合いの場に選ぶなんて、そんな常識もないのか」

「ご、ごめんなさい。でも人目がなくて話ができる場所を他に知らなくて……」

「人目のない場所で二人きりで会おうとすること自体おかしいだろ?」

「でもここには司書の先生だっていらっしゃるし、わたしたちは婚約しているのよ?」


 たくさんある自習室の一室でもよかったけれど、あそこはガラス張りだから中が見えてしまう。

 わたしと二人で話しているのを見られるほうがシャルは嫌なんじゃないかって配慮だったのに。

 それが裏目に出てしまうなんて。


「婚約だけで結婚しているわけじゃない。リュシーはそんな考えだから、変な噂が立つんだろ? それとも事実なのか?」

「変な噂?」

「女学院の教師とできてたって噂だよ。その話を聞いたとき、どれだけ恥ずかしかったか……。僕はまだ許していないからな」

「あんなの嘘よ」

「だとしても、火のないところに煙は立たないだろ? この状況がいい証拠だよ。とにかく、これからは僕に恥をかかせないでくれ。じゃないと、それなりの措置を取らなきゃいけなくなる」


 この高等科でも噂になっていることは知っていた。

 だからシャルも聞いているかもしれないとは思っていたけれど、何も言ってこないから信じていないんだと思っていたのに。

 それなりの措置って何? 

 そもそもずっと前からステファニーさんと約束していたって、わたしとの婚約はもっと何年も前からの約束なのに?


 高等科に編入すれば、少しはシャルとの仲も元に戻ると思っていた。

 だけどもっと悪くなったみたい。

 わたしはこれからどうすればいいんだろう。




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