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5話

 

「高等科に、編入ですか……?」

「そうなの。もともとあなたは正等科を首席で卒業したんだから、本来なら高等科に進学すべきだったのよ。いくらあなたが良家の子女であっても、時代は変わっているのですからね。皇太子妃殿下も中退されたとはいえ、高等科での功績は計り知れないほどですよ」

「ですが……」

「あなたに婚約者がいることは知っています。ベルトラム子爵家のご子息でしょう? だからこそ、あなたには編入を勧めているの」


 二学年ももうすぐ終わろうという頃。

 いきなり学院長室に呼ばれて何かとおそるおそる伺えば、驚くべきことを言われてしまった。


 高等科に編入ってことは、シャルと同じ学院に通うってことで、でも学年は違って、興味深い授業はいっぱいあって、不安もいっぱいで、何よりジェイ先生の授業が受けられなくなってしまう。

 それにシャルがいるから編入したほうがいいってどういうこと?


 色々なことが頭の中をめぐって上手く考えられない。

 そんなわたしに、学院長は言い聞かせるように続けた。


「過去に、女学院を卒業してから王立学院の研究科に進んだ生徒はいたわ。そんなこと前代未聞で、しかも彼女には立派な婚約者までいたものだから、世間はかなり驚いたものよ。でもね、彼女を一番に応援していたのが当の婚約者の方で、あれこれ噂していた周囲も次第に黙るようになったわ。そして素晴らしい功績を彼女は今も上げているの」

「そうなんですね……」


 そういえばそんな噂も聞いたことがあったなと思い出す。

 女性研究者の草分け的存在で……そう。そうよ。

 彼女の名前はオリヴィア・カルヴェス女史。

 薬草研究の第一人者で、魔法と薬草との相乗効果についても彼女が最初に発表したのよね。


「残念ながら、ベルトラム子爵家の方々はそこまで進歩的な考えを持っていらっしゃるとは思えないの」

「はい?」


 女史の論文のことに気を取られて、学院長の話を聞いていなかった。

 だから慌てて意識を目の前に向ける。


「あなたの婚約者のお家を悪く言っているわけじゃないのよ。貴族の方々にとっては、当然の考えですからね。ただやはりこのままあなたの力を眠らせておくのはもったいなくて……。女学院で教えられることはもうないけれど、高等科ならたくさんの教授陣がいらっしゃって、一年でもきっと実り多いものになると思うわ。それにあなたの婚約者もいらっしゃるんだから大丈夫でしょう?」

「で、ですがわたしはジェイ先生が……先生の授業がとても興味深くて……」


 思わず口をついて出た言葉に、学院長の表情が厳しくなる。

 特定の先生の名前を出すべきではなかったと思ったわたしに、学院長は静かに告げた。


「ジェイ・アレル先生は今年度でお辞めになります」

「え? どうしてですか?」

「……今手掛けている研究のためにメイアウト王国にいらっしゃるそうよ。もともとアレル先生は臨時だったの。本来教鞭をとっていただく予定だった先生がご病気でね……。でもすっかり完治されたらしいから、アレル先生は退任されることになったの」

「いつ……いつ出発される予定なんですか?」

「さあ、そこまでは……。でも今年度は最後まで授業してくださいますからね。あと一回かしら? とにかく、あなたは高等科への編入を考えてみてちょうだい。ご両親とも相談して、ね?」

「……はい、わかりました。失礼します」


 やっぱりたくさんのことがありすぎて、何をどう考えればいいのかわからない。

 ただジェイ先生はいなくなる。

 それは確かなことで、あと一年はあると思っていた猶予がなくなってしまった。


(猶予? いったい何の?)


 自分の考えに驚いて、思わず足を止めた。

 あんなにシャルと早く結婚したいと思っていたのに、それも遠い昔のように思える。

 そのとき足音が聞こえて顔を上げると、グレーテが心配顔で近づいてきていた。


「学院長に何を言われたの? 大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと予想外のことで驚いちゃって……」

「予想外?」

「うん。三学年からは高等科に編入しないかって」

「高等科に編入!?」


 グレーテは驚いて声を上げ、慌てて自分で自分の口を押えた。

 それから誰かに聞かれなかったかときょろきょろしてる。


「大丈夫よ。聞かれても平気だし」

「でも……」

「何? どうかした? また変な噂があるとか?」


 いつもは冷静なグレーテの態度がおかしくて、わたしは茶化すように訊いた。

 それなのにグレーテは真面目な顔をして頷く。


「実は……ちょっと前から、リュシーとジェイ先生の仲が怪しいっていう噂があったの」

「は……?」

「うん。その反応はわかるわ。わたしも最初聞いたときはそうだったもの。でも他の子からも本当なのかって訊かれて、冗談じゃすまされなくなるんじゃないかって思って心配してたの。でもリュシーに忠告しても無意味でしょう? 授業以外では接点のない先生と噂があるから気をつけて、なんて」

「それは……うん。確かに忠告されても困る」


 授業では何度も質問をしたりして、真剣に取り組んでいたけど、まさかそんな噂が出るほど先生と接してなんていない。

 そりゃ、何度か放課後に先生に特別に話を聞いたりはしたけど、あのときはグレーテに同席してもらっていたし、しかもかなり前のことよね?

 あとは、少し前に慰めてもらったくらい。

 それなのにどうして?


「おそらくだけど、噂の出所は……」

「誰なの?」

「……下級生っぽい。あのレゼルー伯爵家と繋がりのある子たちが流したんじゃないかと思えるの。それにジェイ先生は人気があるから、成績優秀で目をかけてもらってるリュシーに嫉妬した子たちがいるんだと思う」

「レゼルー伯爵家……」


 それってシャルと高等科で噂になっている子よね? 

 確かステファニーっていう子。

 でも友達がいないって……あ、そうか。高等科にはいなくても女学院には家の繋がりでいたんだ。

 もう何をどうすればいいのか、何が正解なのかわからない。




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