4話
サマーパーティーのことは、同情的な子もいれば噂話をして楽しんでいるような子もいたけど、気にしないようにしていた。
きっと時間が解決してくれるから。
みんなすぐ新しい話題に飛びつくもの。
そう思っていたのに、あれからもシャルはレゼルー伯爵令嬢のステファニーさんとよく一緒にいるらしく、時間が経てば経つほどに噂はひどくなっていった。
「リュシール君、聞いているかい?」
「はい? え、いえ……すみません」
せっかくのジェイ先生の授業なのに、ぼんやりしていて聞いていなかった。
他の子たちがくすくす笑ってる。
だけどそんなことより、魔法石の作用の話を聞き逃してしまった自分が馬鹿で悔しい。
ちょうどそのとき終業の鐘が鳴って、ジェイ先生は大きくため息を吐いた。
「では、今日の授業はここまで。リュシール君は少し残るように」
「……はい」
居残り宣告に情けなくなる。
いつもなら居残りは大歓迎だけど、今回ばかりは喜べない。
他の子たちがチラチラ見ながら教室から出ていく間、わたしは黙ってそのまま席に着いていた。
グレーテはこの授業を取ってないからいなくて心細い。
って、今までそんなこと思ったことなかったのに、叱られるからって一人が心細いなんて情けないにもほどがある。
「ジェイ先生、先ほどは申し訳ありませんでした」
「ん? 何が?」
叱られるより先に授業態度を謝るべきだと席を立って頭を下げたのに、ジェイ先生は何のこと? って感じ。
ここだけの話、先生も意外とぼうっとしてることがよくある。
「その、先生のお話をちゃんと聞いてなくて……」
「違う、違う。別に注意しようとしたわけじゃなくて、むしろ面白い授業をできなかった僕にも非はあるから」
「いえ、そんなことないです! 先生の授業はいつも面白いです! ただわたしが……」
ぼんやりしていた理由なんて先生に言えるわけない。
そう思ったわたしに、ジェイ先生は困ったような笑みを向けた。
「噂っていうのは本当に無責任だよね。嘘ばかりとまではいかなくても、面白おかしく誇張されてしまう。そんな噂に苦労してきた女性は多く見てきたのに、僕はこういうときに何て言えばいいのかも、行動すればいいのかもわからなくて……ごめんね」
「いえ、そんな……。先生が謝罪なさる必要なんてありません」
どうやらジェイ先生はわたしがぼんやりしていた理由を知っていたみたい。
それで慰めようとしてくれているんだ。
それはそれで恥ずかしいけど、嬉しくもある複雑な心境。
「リュシール君にとっては迷惑かもしれないけれど、それでも君の力に少しでもなれればと思う。だからもし何か僕にできることがあればいつでも言ってほしい。授業の内容だってもう一度繰り返すよ?」
わたしが重荷に思わないようにか、最後の言葉を冗談っぽく言って先生は笑った。
こうして先生が笑うと少年ぽくて、十歳も年上なんて思えなくなる。
でも先生は先生。
ジェイ先生は生徒であるわたしを心配してくれているんだから、きちんと線引きは大切。
「ありがとうございます、先生。でもおっしゃるとおり噂ですから。この次の休みには……いえ、とにかく先生がご心配くださっているってわかっただけでも元気が出ました。本当にありがとうございます」
「……そうか。なら安心したよ。でも無理はしないように。あと、授業はちゃんと聞くように」
「はい」
穏やかに微笑んだ先生は、今度は大人の男性に見えてどきりとする。
うん。やっぱり先生は先生だわ。
ジェイ先生に心配をかけないためにも、噂の件はきちんとシャルと話をしてみよう。
最近のシャルはちょっと冷たいけど、話せば伝わるはず。
だって、もう七年も付き合ってきたんだもの。
そう思っていたけれど、次の約束の日にシャルが訪問してくれることはなかった。
どうしてもやらなければいけない課題があって、時間がないからって。
仕方ないわよね。
高等科は身分に関係なく、全国から優秀な生徒が集まってきているんだもの。
うかうかしていると留年してしまうこともあるみたい。
「やっぱり、高等科に進学すればよかったかな……」
そうすればシャルの勉強している内容もわかったかもしれないし、学院生活だってわかったわよね。
って、それじゃあ束縛してるみたい。
どうしよう。
最近はシャルのことを考えると悲しくなってしまう。
気にしていないつもりだったのに、噂に振り回されているのかな。
そこまで考えて、ジェイ先生が言っていたことを思い出した。
先生は噂に苦労してきた女性を多く見てきたって言ってたけど……。
それって友達として? それとも恋人として?
どうしよう。
何だかもやもやするわ。
まるで嫉妬してるみたいでおかしくなる。
ジェイ先生だって私生活があって、わたしよりも八歳も年上で、たくさんの経験があるはずで……当たり前のことなのに。
以前おっしゃってた薬草に詳しい方というのもたぶん女性。
しばらく授業をお休みしていたあのときは、その女性と一緒にいたのかな?
なんて、わたしには関係ないし。
わたしはシャルと婚約していて、シャルのことが好き。
たぶんジェイ先生に対する気持ちは他の子と一緒で憧れのようなものだわ。
もうすぐわたしは三年生になって、一年経ったら卒業。
卒業したら社交界デビューをして、ジェイ先生とも会わなくなる。
さらにもう一年経ったらシャルが卒業して、結婚。
その頃にはジェイ先生のこともいい思い出となっているでしょうね。
わたしはこのまま療魔石の勉強を頑張ろう。
本当はもっとしっかり研究したいけど、それはベルトラム子爵家の嫁には必要ないことだから。
でも療魔石の知識があれば、将来家族の誰かが病気や怪我のときに助けになるかもしれないものね。
その気持ちでわたしはジェイ先生の授業を――もちろん他の授業も真剣に聞いて勉強に取り組んだ。
あと一年間頑張ろう。
わたしはそのつもりだったから、まさか――。