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3話

 

「ねえ、リュシー。高等科のサマーパーティーでのこと、聞いた?」

「いいえ、特には。何かあったの?」

「……じゃあ、誰かが言う前に教えておくわね。あなたの婚約者……シャルロ様が別の女性をパートナーにして出席されたんですって」

「……え?」


 グレーテが深刻な表情で話しかけてきたから、何か大変なことが起こったのだと思った。

 けど……。

 大変なことはわたしに起こっていたみたい。


 シャルはサマーパーティーには出席しない。

 だからわたしもパートナーとして必要ない。

 そう思っていたのに……。


「な、何か理由が……う、ううん。お相手は……知ってるの?」

「レゼルー伯爵家のご令嬢だそうよ」

「伯爵家? そんな方が高等科にいらっしゃるの?」


 上流階級の令嬢で高等科に進学する子はほとんどいない。

 せいぜい一学年に五人いれば多いほう。――というのは数年前までで、エリカ様が高等科に進学されたことで上流階級の令嬢の進学率も増えたのよね。

 ただし、二学年に進級するときに脱落する子――女学院に転入する子が多くて、高等科の二学年からはやっぱり五人ほどらしい。

 なぜなら授業についていくのが難しいから。


「その……レゼルー伯爵令嬢は何年生なのかわかる?」

「一年生よ。正等科にはいなかったから、それまでは家庭教師についていたんでしょうね」

「それなのにいきなり高等科に入学ってことは、かなり成績がいいのかしら……」


 もやもやするのは嫉妬かな。

 それはシャルが他の女性をパートナーにしたから? それとも高等科に進学した女性に対して?

 でも高等科に進学していたらジェイ先生には……あの授業は受けられなかったもの。

 だとしたらやっぱりこのもやもやはシャルのことでの嫉妬?


「リュシー、大丈夫?」

「え? う、うん。そりゃ確かにショックだけど、たぶん何か事情があったんだろうし、今度シャルに訊いてみるわ」

「ごめんね、こんなこと言って」

「やだ、グレーテってば。教えてくれてありがとう、よ。他の子から聞いてたらもっとショックだっただろうし、嫌な気持ちになってたと思う」


 本当はまだもやもやした気持ちは続いていたけど、グレーテに心配をかけたくなくて笑った。

 大丈夫。

 きっと何か理由があるはずだから。

 噂を聞いた他の子の視線なんて気にしない。


「リュシール君、元気がないようだけど大丈夫?」

「ジェイ先生? いいえ、元気ですよ。……そうじゃないように見えました?」

「どうかな? いつもより気を張っているように見えたから。でも元気なら安心したよ」


 違う授業を受けていたグレーテを待ってラウンジで一人でいたとき。

 ジェイ先生に声をかけられてびっくり。

 そんなにわかりやすかったかな? それとも先生は医学の心得もあるから?

 笑顔で去っていく先生を見ていると、わたしまで本当に元気になってきた。

 うん。くよくよしても仕方ないもの。

 明日はシャルが訪問してくる日だから、思い切って訊いてみよう!


 そう考えていたわたしの元気も、シャルに会ってその表情を見て消えてしまった。

 何だか少し機嫌が悪い?

 わたしは別に何もしてないわよね?


「ねえ、シャル。今日はどうかしたの?」

「何が?」

「何がって……いつもより落ち着かないっていうか……」

「遠回しなこと言ってないで、訊きたいことがあれば訊けばいいじゃないか」


 いきなりケンカ腰な答えが返ってきて驚いたわたしは、何て言えばいいのかわからなかった。

 やっぱりわたし、何かした?

 でもせっかくだから、勇気を出して訊いてみる。


「サマーパーティーで別の女の子とパートナーになったって本当?」

「ほら、やっぱり訊きたいことがあったんじゃないか。それなのに愛想よくお茶なんか勧めて。回りくどいんだよ」

「ご、ごめんなさい……」

「ステファニーは高等科からの進学組だからまだ友達が少ないんだよ。それでサマーパーティーで少しでもみんなと仲よくなれたらって言うから、俺がパートナーになってあげたんだ。文句あるなら言ってみろよ!」

「べ、別に文句なんて……。でもそれなら先に教えてくれてれば――」

「何でいちいち高等科でのことを報告しなきゃいけないんだよ? リュシーは僕の友人関係まで口出しするのか?」

「そんなことは――」

「もういいよ! 今日は帰る!」


 あまりの急展開についていけなかった。

 どうしてシャルはこんなに怒ってるの?

 レゼルー伯爵令嬢のステファニーさんのことで責めたりしたように聞こえた?

 驚きすぎて部屋から出ていくシャルを見送ることもできなくて、あとからお母様に何があったのか訊かれてしまった。

 ありのままを説明すると、お母様は小さくため息を吐いた。


「シャルロさんは気まずかったのね」

「気まずい?」

「あなたという婚約者がいながら別の女性をパートナーにしたことに後ろめたさを感じていたのよ。だからきっと今日は責められると思いながらいらっしゃったんじゃないかしら?」

「でもわたしは何も言わなかったわ。そりゃもちろん、どういうことかは訊きたかったけど……」

「シャルロさんは最近ちょっと……プライドが高くなってきているのかしらね。もちろん子爵家の方ですもの。必要なことでもあるけれど、まだ上手くバランスが取れないんだと思うわ。それで親しいあなたに八つ当たりしてしまったのよ」

「でも、それって理不尽だわ」

「そうね。パートナーの件はさすがにルール違反だし、お父様に報告しておくわね」

「お父様に?」

「それはそうよ。婚約については家と家との約束だもの。このまま放置しておくわけにはいかないわ」


 思っていたよりも事が大きくなりそうで、わたしはちょっとだけ後悔してしまった。

 シャルが怒られてしまうんじゃないかしら。

 ううん。きっと子爵ならシャルのことを怒らない気がする。

 お母様との話を終えて、部屋に戻ってからもあれこれとわたしは考えてしまった。


 この不釣り合いな婚約は、わたしの魔力をベルトラム子爵家に取り込みたいということ以外に、我が家が子爵家に援助していたから。

 ただお父様の援助とアドバイスがあって、子爵家も立て直したばかりか、最近では潤ってきているらしい。

 数年前にベッソン商会という大きな商会がケインスタイン国内で不祥事を起こし、それ以来お父様が経営する商会が国一番と言われるほどに成長したのよね。

 それに伴って、子爵家も経営の幅を広げることができ、領地運営がうまくいきだしたって聞いたわ。


 子爵家はもうお父様の援助を必要としていない。

 そしてお父様はもう子爵家の人脈を必要としていない。

 だとすれば必要なのは、子爵家に強い魔力の血筋を取り込むこと。


(だったら、わたしじゃなくてもいいってことじゃ……)


 レゼルー伯爵家の令嬢はいきなり高等科に入学できるほどの実力があるってことよね?

 でも、お母様がおっしゃっていたように、家と家との約束だもの。

 簡単に反故にできたりなんてしないわ。


(だって、シャルはわたしと結婚するって、約束したもの……)


 先ほどのシャルの態度を思うと悲しくなってくる。

 胸のあたりがもやもやして気分が悪い。

 これは療魔石では治せないのかな?

 ジェイ先生なら答えを教えてくれるかもしれない。

 そう思うと安心して、少しずつ気分もよくなっていった。




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