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2話

 

「それでね、それ以来ジェイ先生の授業はしばらくお休みになっちゃって。どうやら研究に没頭しているみたいで、なんだか損した気分なの」

「ふ~ん」

「だけどもし、今回のことが病気や怪我の治療に活かされるようになったら素晴らしいことよね。そう考えると楽しみで! シャルもそう思わない?」

「そうだね。そうすれば療魔石の価値もまた上がるからね。リュシーの家も僕の家もまた儲かるわけだ」

「そうじゃなくて……」


 シャルは最近変わった気がする。

 こういう考え方はよくないのはわかってるけど、高等科に進学してからやっぱり変わったと思う。

 わたしが正等科に入学するときはあんなに可愛く引きとめてくれて、女学院に進学するときだって、高等科なら一年後に同じ学院に通えるのに、って言ってくれてたのにな。

 高等科に進学したシャルは新しい友達もできたみたいで、わたしと会う回数もかなり減って、会話も上の空のことが多くて、こうして話を聞いてくれてもすぐに違う内容に逸らされてしまう。


「そ、そういえば、もうすぐ高等科ではサマーパーティーがあるんでしょう? わたし、シャルのパートナーになりたいな」

「いいよ、恥ずかしい」

「……そっか。うん、そうだね」


 恥ずかしいのはいわゆる思春期男子としてなのか、わたし自身が恥ずかしいのかは聞けなかった。

 高等科のサマーパーティーは皇太子ご夫妻のご成婚を祝って催されたのが始まりで、それから毎年恒例になったのよね。

 歴史はまだまだ浅いけど、皇太子ご夫妻にあやかってサマーパーティーでパートナーになると幸せな夫婦になれるとか色々な噂がある。

 だから女学院でもみんな憧れてて、婚約者が高等科に通っている子はちょっと鼻が高いみたい。

 何より婚約者のいない子は昔の同級生にパートナーに誘われないかってそわそわしているし、婚約者がいても高等科に通っていない相手の場合はがっかりしてる。


 去年のわたしはそんな子たちを横目に見ながら、来年はシャルに誘われるんだってわくわくしてたのに。

 もうすぐパーティーなのになかなか誘ってくれないから、勇気を出してお願いしたけどダメだった。

 かなりショックが大きいよ。


「じゃあ、シャルはサマーパーティーには出席しないの?」

「……たぶんね。それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。宿題がたくさん出ててさ、大変なんだ」

「宿題なら持ってくれば一緒にしたのに」

「子供じゃあるまいし、いちいち教えてくれなくてもいいんだ」

「……そっか」


 高等科と女学院では授業内容も違うので教えられることは少ないんだけどな。

 ただ一緒に勉強したかっただけなのに、シャルはたぶん正等科の頃のことを思い出したらしい。


 短時間だけ滞在して帰って行くシャルを玄関で見送りながらため息を吐いた。

 まるで婚約者への義理の訪問みたい。

 それとも今のシャルの中でわたしは口うるさい姉のように思われてる?


 最近は一緒にいても少し気詰まりしてしまう。

 でもそれってシャルだけのせいかな?

 わたしも変わってしまったのかもしれない。

 でも……サマーパーティーには行きたかったな。


 って、仕方ないわ。落ち込んだときには甘いものを食べよう!

 うん。それならいっそ自分で作ろう。


 さっそく汚れてもいい服に着替えて調理場に向かう。

 わたしがお菓子作りをすることは秘密。

 子爵に知られたらきっとベルトラム子爵家に相応しくないって嫌悪されるだろうから。

 本当なら甘いものが大好きなシャルにわたしが作ったお菓子を食べてもらいたいけど、無理だろうなあ。

 昔は内緒が苦手だったシャルだけど、今はいつもちょっとイライラしているみたいだから。

 そういえばお兄様にもそういう時期があったような気がするわ。

 確か正等科に入ってすぐくらいのとき。


 最近はちょっとぎくしゃくしているけど、きっと今だけ。

 また以前のように仲良くなれる。

 そう思いながら作った焼き菓子は我ながら美味しく出来上がった。

 家族にも好評で、わたしの秘密――趣味を知っているグレーテにも食べてもらおうと学院へもっていくことにした。


「あら、本当にいつも以上に美味しいわ」

「ありがとう、グレーテ。今回はちょっと自信作だったのよね」

「婚約者様にも差し入れとかって持っていってみたら? それくらい美味しいわよ?」

「ありがとう。でもシャルはたぶん、手作りのものは嫌がるんじゃないかな」

「手作りって……料理人が作ったものだって、いうなれば手作りじゃない。しかも婚約者が作ったなんて喜ぶべきじゃないの?」

「うーん……どうかなあ?」


 昨日の態度を思い出せば、嫌がるのは間違いないから。

 少なくとも迷惑がるわね。

 婚約者がいないグレーテは、ちょっと婚約とかに夢見てる気がする。

 って、わたしってば何を考えてるんだろう。

 小さい頃は早く結婚したいって思ってたのに、最近はシャルだけじゃなくてわたしまでそっけなくなってる。

 これって、もしかして――。


「倦怠期ってやつ?」

「……え?」

「ほら、リュシーと彼って付き合い長いんでしょう? 最近の話を聞いてると、そうなのかなって思って」

「そっか……。そうよね、うん。倦怠期なんだ……」


 グレーテに言われて腑に落ちた。

 そうよ。倦怠期ってやつよね、これ。


「楽しそうだね?」

「ジェイ先生!?」


 ここのところシャルに対してもやもやしていた気持ちの正体がわかって、思わず声に出して笑った。

 すると背後からジェイ先生に声をかけられてびっくり。

 グレーテは気付いていたみたいだけど、それなら教えてほしかった。

 まあ、目くばせされてもわからなかったし、何か見つかって困ることもないんだけど。

 でも心の準備ってものがあるわよね。


「お久しぶりです、ジェイ先生。戻られていたんですね?」

「うん、久しぶりだね? リュシール君、グレーテ君。先ほど学院に戻ったばかりなんだけど、リュシール君にここで会えてよかったよ」

「わたしですか?」

「ああ。今回しばらく留守にしていたのはリュシール君が提案してくれた薬草と魔法石との相乗効果について研究していたからね。ある程度のめどが立ったから戻ってきたんだけど、そのことについてリュシール君にも報告したかったんだ」

「そうなんですか!? わざわざありがとうございます! 研究がもっと上手くいくといいですね!」

「ありがとう、リュシー君。それで、よかったら今回の成果を話したいんだけど、明日の放課後にでもどうかな?」

「ぜひ、お願いします! あ、でも……」

「わたしも付き合うわ。いいですよね、先生?」

「もちろんだよ」


 ジェイ先生の嬉しい提案に喜んだわたしだったけど、二人きりでは難しいことに気付いた。

 するとそれを察したグレーテが一緒に付き合ってくれると言う。

 持つべきものは友達!

 本当にわたしって幸せだと思う。

 気になっていた薬草と魔法石の研究成果を聞けることも嬉しいけど、グレーテの優しさも改めて感じることができたんだもの。


「ところで、先ほどから気になっていたんだけど、その焼き菓子美味しそうだね?」

「もちろん美味しいですよ。よろしかったらどうぞ」

「いいのかい?」

「はい。と言っても、これを作ったのはリュシーなんですけど」

「リュシール君が? それはすごいね!」

「あ、ありがとうございます」

「では、遠慮なく頂くよ」


 そう言って、ジェイ先生は焼き菓子を一つ摘まんでパクリと口に入れた。

 わたしの手作りってことに抵抗はないみたいでよかった。


「うん、美味しい! すごいね、リュシール君」

「いえ、その……いつも料理人が手伝ってくれますし……」

「いやいや、それでも手作りのお菓子だなんてすごいよ。婚約者どのは幸せ者だね?」

「……そうですね」

「じゃあ、また明日」

「はい。よろしくお願いします」


 ジェイ先生に褒められて嬉しかったのに、シャルの名前が出た途端に胸がチクリと痛んだ。

 こんなのおかしい。

 だから今のは気のせいってことにして、去っていくジェイ先生の背中を見送った。





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