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1話

 

「リュシーは本当に高等科に進学しないの?」

「ええ」

「もったいないなー。正等科一の才女なのに」

「何を言ってるの。女学院でも十分勉強はできるわ。それにわたしの目標は――」

「シャルに相応しい女性でしょ?」


 言おうとしたことをグレーテに先に言われてしまってわたしは笑うしかなかった。

 そんなに口にしているつもりはなかったけどグレーテは、いつも一緒にいるからかしら。


「グレーテこそ高等科に進めばいいのに。本当に女学院なの?」

「そうよ。わたしは特に勉強が好きなわけでもないから。女学院で花嫁修業しながら社交界デビューして、旦那様をゲットするつもり」


 グレーテは冗談めかして言うけど、本気になればグレーテならすぐに旦那様なんて見つかると思うのよね。

 でも本気にならないのはたぶんまだ恋とか愛とか、ましてや結婚に興味がないから。

 それはわたしも一緒だからわかる。


 子供のころは早くシャルのお嫁さんになりたいって思ってたけど、今はまだ友達とわいわい楽しくしていたい。

 子爵家に嫁ぐことがどれほど大変か、大人になるにつれてわかってきたから。

 ただシャルが好きって気持ちだけでは難しいのよね。


 シャルは子爵家の嫡子としてはちょっと頼りない。

 もう少し自分に自信を持ったらいいのに。

 だってシャルはとっても優しくて身分を嵩に威張ったりしないし、魔力が弱くて実技は苦手でも座学は優秀だもの。

 だけどわたしがたくさん褒めても最近のシャルには通じない。

 グレーテが言うには、厭味に感じてるんじゃないかって。

 わたしはシャルのお嫁さんになっても恥ずかしくないようにって、今まで頑張ってきたのにな。

 お父様に相談したら、思春期だから恥ずかしがってるんだって答えだったけど……。

 男の子って難しい。


「でも本当はまだ結婚とか考えずに友達と楽しくおしゃべりしたり、お買い物に行ったりしたいの。いずれ社交界にデビューすれば、マナーとかうるさく言われるでしょう? 今のうちにやりたいことはやっておきたいの」

「それは言えるわね」


 やっぱりグレーテも同じ考えだったと知って嬉しくなったけど、生真面目に頷いて同意。

 すると、グレーテがにやりと笑う。


「本当なら学生といえど淑女らしくしないとダメなんでしょうけど、エリカ様のおかげで少々なら大目に見てくれるようになったものね。それだけでもエリカ様を支持するには十分だわ」

「支持どころか敬愛してるわ。エリカ様がまだ高等科にいらっしゃったら、絶対に進学するのに。ご結婚を機に退学なさったのは本当に残念」


 このケインスタイン王国の皇太子妃であるエリカ様は若い女性たちの憧れ。

 名門アンドール侯爵家のご令嬢だったエリカ様は高等科の同級生だったヴィクトル殿下――皇太子殿下と一緒に、国の危機を救った英雄でもあるのよね。

 それが何かはよくわからないんだけど、とにかく光魔法を使ってすごかったらしい。


「光魔法って、すごく魔力を使うのよねえ。一度使うと、他の魔法は一日は使えなくなっちゃうから不便だけど、もっと体力つけたら違うのかしら」

「十分すごいわよ、リュシーは。光魔法が――レンブルが正等科で扱えるようになったのは、この学年でリュシーだけだもの。やっぱり女学院に進むのはもったいない気がするなあ」

「レンブルを扱えるようになったってだけで、シャルもベルトラム子爵もすごく喜んでくれたから、それでいいの。それに女学院では魔法石を病気などの治療に利用するための授業が昨年から始まったらしいから。それを学べるのが楽しみ」

「その授業って、教授がすごくかっこいいらしいわね?」

「もう、グレーテってば!」


 笑いながらグレーテを睨みつけたが、内心ではちょっとそれもあったりする。

 だってどうせ授業を受けるなら、かっこいい先生のほうが嬉しいもの。


 そんなことを思っていたけど、実際に女学院に入学して希望の授業を履修できたときには自分の幸運が信じられなかった。

 〝病体に及ぼす魔法石の効果〟という授業はグレーテの言う通り、教授がかっこよくて女生徒たちがみんな希望したから抽選になったのよね。

 でも運よく授業を受けられることになったときにはちょっとだけ邪な気持ちも湧いたわ。

 噂通り教授のジェイ・アレル先生はとってもかっこよかったから。


 だけどそんな邪心は授業が始まったら吹き飛んだ。

 授業内容があまりにも面白くて興味深くて、大して役に立たないと思っていた光魔法で病気を治す助けになるかもしれないと知ったときは誇らしくもあった。

 わたしの魔力の強さはシャルの――ベルトラム子爵家の後継者のために役に立つと思っていたけど、せっかくならもっと多くの人の役に立ちたい。


「ジェイ先生、先日の授業でおっしゃっていた魔法石――療魔石の光魔法での影響なんですけど、昨日自宅で試してみたんです」

「え? あ、そうか。君の――リュシール君のご実家は確か魔法石を取り扱っているんだったね?」

「はい。普段は父も魔法石を自由には使わせてくれませんが、宿題だと嘘吐いて……」


 本当は宿題ではなかったので、嘘を言ってしまったことをうっかり漏らしてしまったことに気付いた。

 失敗した。

 でも言ってしまったことは仕方ないし、と思ってジェイ先生を見ると、笑いを堪えているみたい。


「先生?」

「いや、うん。ごめん。そんなに堂々と教師の前で噓を吐いたと言われると叱るべきなのかなと思って。でも実は、その結果が――療魔石を試した結果のほうが知りたくてうずうずしてるんだ」


 ばつが悪そうに答えた先生は、それから子供のように顔を輝かせ、またしまったという顔になった。

 普段は落ち着いていてとっても大人な先生も、研究に関してはすごい熱意なのよね。

 だから授業も本当に面白い。


「昨日、メイドの一人が腕に包帯を巻いているのに気づいたんです。それで――」

「ええ!? 大丈夫だったのかい!?」

「……そうですね。彼女はよくある火傷だからと。薬も塗っているので大丈夫だと言ってました」


 会ったこともないメイドのことなのに、本気で心配するジェイ先生は本当に優しい人だと思う。

 それでいて、生徒たちを叱るときは厳しくてちょっと怖いときもあるのよね。

 そういうところがお父様に似ているかも。


「それでも、ちょっと見せてもらったんです。先生に習ったばかりの療魔石を試したかったというのが本音で申し訳ないんですけど……心配だったのも本当です! 彼女にはお世話になってるし……」

「わかる。わかるよ、すごく。だから弁解する必要はないよ。僕たちのような人間は時には面倒がられたり、邪魔者扱いされたりするんだけど……って、ごめん。リュシール君を同類にしてしまった」

「いいえ、先生と同類というのは嬉しいです。わたし、魔法石で今まで治癒できなかった病気や怪我が治せるってわくわくするんです。それを研究されているなんて……尊敬します!」

「ありがとう、リュシール君。それで、どうなったか教えてくれるかな?」

「はい」


 先生に自分本位な人間だと思われたくなくて弁解したら、伝わってよかった。

 それどころか、同類と――似てると思ってくれるなんて嬉しい。


「彼女の火傷は中度のものだったんですけど、やっぱり痛そうで……。ただ火傷に効く薬草をたっぷり塗っているから痛みもほとんどないって言ってました。それが本当かどうかはわたしにはわからなくて……。しかも実験するようで申し訳ないと思いつつ、療魔石をあてがって、先生に教えていただいた呪文を詠唱したんです。すると、びっくりするくらい……本当にびっくりするくらい綺麗に怪我が治ったんです。痛みどころか、傷跡までも!」

「傷跡も!?」

「はい。彼女もびっくりしていました。それでわたし、てっきり治癒石を使ったのかと、お父様が間違えてわたしに渡してくれたのかと尋ねたんですが、それはないときっぱり言われました」

「そうか……」


 治癒石というのは、魔法石の中でも最上級で最高級の万能薬と呼ばれるもの。

 エリカ様が発見されたものらしく、死病と言われた流行り病に襲われた村を救ったことで広く知られるようになったのよね。

 でも本当に治癒石は希少で、保持しているのは王族くらいと言われているもの。

 それに比べて療魔石の効果はかなり劣るけど、それでも一般ではまだまだ手に入りにくい。

 だからメイドの彼女はすごく恐縮してたけど、実験させてもらったんだからお礼を言いたいのはわたしのほうよね。


「わたし、考えたんですけど、ひょっとして療魔石と一定の薬草は相乗効果があるんじゃないかなって……それで予想以上に効果を発揮したんじゃないかと思ったんです」

「なるほど! それは確かにあり得るね!」


 わたしの考えを述べると、ジェイ先生は今まで以上に目を輝かせた。

 それから「薬草となるとあの人の協力が……」なんてぶつぶつ言いだす。

 だけどしばらくしてわたしのことを思い出したのか、またばつの悪そうな顔をして謝ってくれた。


「ご、ごめん、リュシール君。それに、ありがとう。すごく有意義な情報だよ。これから研究の幅を広げてみようと思う。本当にありがとう!」

「い、いいえ……。お役に立ててよかったです」


 先生はわたしの両手をぶんぶん振って嬉しそうにお礼を言ってくれたけど、ちょっと注目を浴びてます。

 それに気づいたジェイ先生はまたまたばつの悪そうな、申し訳なさそうな顔になって手を離してくれた。

 本当に子どもみたいな人。




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