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16話

 

「ちょっ、アンドールって、あのアンドール侯爵の!?」

「えっ、嘘!」

「いや、でもさっき……」


 一拍遅れてシャルたちがようやく反応したけれど、ちょっとしたパニックみたい。

 うん。本当にわかるわ、その気持ち。

 わたしにとってもアンドール侯爵家の方にお会いするなんて、夢にも思わなかったから。

 そもそもレルミット侯爵家のギデオン様と踊ったことさえ未だに夢だったんじゃないかって思えるもの。


「ど、どうして!? どうしてアンドール卿がリュシールさんのパートナーに!?」


 周囲にざわめきが広がっていく中、ひときわ甲高いステファニーさんの声が響いた。

 途端ににぎやかだった会場が静かになる。

 正確には楽団の曲だけが流れているけれど、踊っていた人たちまでも何事かと動きをとめてしまった。

 ど、どうしよう。

 こんな騒ぎになるなんて、ジェラール様を巻き込んでしまったわ。

 そう申し訳なく思うわたしを励ますように、ジェラール様は改めてわたしの手を優しく握ってくれた。


「先ほども言ったように、わたしはリュシールさんを崇拝している。そして今は求愛中だから、少しでも可能性があるようにと、このパーティーのジンクスに賭けたんだ」

「き、求愛中……?」

「アンドール卿がリュシールさんに?」

「じゃあ、わたしたちは失礼するよ。さあ――」

「お待ちください!」


 信じられないといったシャルやステファニーさんたちに、ジェラール様は挨拶をされてわたしに声をかけようとした。

 そこにステファニーさんの切迫した声が割り込む。

 わたしたちだけでなく、シャルたちもどうしたのかとステファニーさんを見た。


「アンドール卿はリュシールさんのあの噂をご存知なのですか!?」

「……あの噂?」

「リュシールさんは女学院で男性教師とただならぬ仲だったらしいんです。それで退学になって高等科に編入されたそうなんですよ? ねえ、シャル。だからあなたもリュシールさんとは結婚できないって婚約破棄したのよね?」

「そ、それは――」

「もしあなたが男だったら、私は今すぐあなたを殴っているだろう」

「そんなっ!?」


 いつも穏やかなジェラール様のこんなに険しい表情は初めて見た。

 だけどそれも仕方ないわ。

 こんな人前でパートナーの不名誉な噂を口にされるなんて、ジェラール様を侮辱しているのも同然だもの。

 それがわからないなんて、ステファニーさんはまだ子供なんだわ。

 ジェラール様の静かな怒りに蒼白な顔で怯えているのはステファニーさんだけじゃない。


「ジェラール様、わたしのためにありがとうございます。ですがもう参りましょう」

「しかし……」

「噂は噂です。わたしにはわたしのことを信じてくださるジェラール様や友人など多くおります。ですから、大丈夫です」

「リュシールさんがそう言うなら……」


 答えたジェラール様の声はいつもの穏やかなものに戻っていて、途端にその場の緊張がふっと解ける。


「ステファニーさん、わたしたちはまだ学院に守られているけれど、噂というものは本当に厄介なものなのよ。どうかこれからは気をつけてね」

「余計なお世話よ」

「……そうね。では失礼するわ。さようなら」

「リュシー!」


 別れの挨拶をして背を向けたわたしに、ずっと黙っていたシャルが急に声をかけてきた。

 どうしたのかと振り向けば、シャルは久しぶりにわたしをまっすぐに見つめる。


「ごめん」

「……遅いわよ」


 思いがけない一言だったけど、わたしの顔には笑みが浮かんだ。

 シャルはやっぱり鈍くさい。

 たった一言なのにね。

 もっと早く言ってほしかったな。


 昔の楽しかった思い出が浮かんできて悲しくなってくる。

 もうパーティーどころではないわたしの気持ちに気付いてか、ジェラール様はそのまま会場の外に連れ出してくれた。


「ありがとうございます、ジェラール様」

「何に対してのお礼?」

「先ほどの全てです。わたしの名誉を回復してくださるために、あのようにおっしゃってくださったのでしょう?」


 しばらくは無言で歩いていたけれど、研究科棟に入って呼吸も落ち着いてきたのでわたしはお礼を口にした。

 するとジェラール様は立ち止まる。


「回復させなければいけないほど、リュシールさんの名誉は傷ついていないよ」

「ですが……」

「今回のことは全部僕の願望で我が儘だよ。卒業パーティーでリュシールさんがギデオンと踊ったと聞いて悔しかった」

「ギデオン様? あの方は立場のなかったわたしを助けてくださったんです」

「知っているよ。あいつは昔から白馬の王子様みたいなやつで、女性にもてるんだ。エリカだって、本物の王子様が現れるまではギデオンのことばかりで……」

「お友達なんですか?」

「腐れ縁だよ」


 ギデオン様の話になると、先ほどまでの大人っぽさが嘘のように子供っぽくなってしまっている。

 そんな姿が可愛らしく思えて小さく笑うと、ジェラール様ははっと我に返ったようだった。


「いや、とにかく……その話を聞いてから僕はこんなところで何をしているんだと思った。それでもどうすればいいかわからず、まずは手紙を書くことにしたんだ。だけどやっぱり距離がもどかしく、サマーパーティーをきっかけにできればと――せめて一度だけでも踊ることができればと思って帰ってきたんだ。それからジンクスのことは後で知ったけど、俄然やる気が出たよ」

「ジェラール様……」


 まさかジェラール様が帰国されたのは、サマーパーティーをきっかけにわたしに会うためだとは思ってもいなかった。

 さらに驚くことに、ジェラール様はわたしに向かっていきなり頭を下げた。


「リュシールさん、ごめん!」

「あの……?」


 誰もいない校舎にジェラール様の声が響く。

 でもそのことよりも、突然ジェラール様に謝罪されて訳がわからない。

 謝罪が必要なのはわたしのほうだと思うわ。


「今日はパートナーとして参加できるだけで充分だと思っていたんだ。だけど、彼のリュシールさんを見る目つきに腹が立って、つい度が過ぎたことを言ってしまった。そのせいでリュシールさんを追い詰めることになってしまったかもしれない。本当に申し訳ない」

「そ、そんな! わたしは感謝しています。あのようにわたしの名誉を回復していただいて。それなのにジェラール様こそ追い詰められてしまうのではないでしょうか? ですからどうかわたしのことはお気になさらず、これからはジェラール様の思うようになさってください」

「……本当に?」

「はい」


 このままわたしの名誉のために本当に求愛を――プロポーズをしなくてはと思われないようにちゃんと言えたと思う。

 ジェラール様はわたしの言葉を聞いて考えるようにわずかに沈黙し、確認してきた。

 もちろん確認は大切よね。

 わたしがはっきり頷けば、ジェラール様は嬉しそうに微笑む。


「今日のことではっきりしたよ」

「何がですか?」

「僕は絶対リュシールさんのことが好きだって」

「絶対……」

「間違いなく」


 わたしに対しての好きの気持ちが「たぶん」だったのに「絶対」になったみたい。

 そんなことをぼんやり考えているうちに、ジェラール様はわたしの両手を握った。


「リュシールさんも僕のことを『絶対に好き』だと言ってくれたよね?」

「は、はい」

「だったら、僕の願いは……」


 確認は大切。

 だけど改めて気持ちを確認されるのは恥ずかしい。

 たぶんわたしは耳まで真っ赤になっていると思う。

 それぐらい顔も体も熱いわたしの両手を握ったまま、ジェラール様は真剣な眼差しを向けてくる。


「僕はこれから一生、リュシールさんと一緒に研究を続けたいんだ」

「はい。それはもちろん喜んでご一緒します」

「ありがとう、リュシールさん。それじゃあ、さっそく今からご両親に結婚の許可をもらいにいこう」


 これからずっとジェラール様と一緒に研究ができるなんて、これ以上の望みはないくらい。

 そう思って即答したわたしだったけど、ちょっと待って。

 

「けっこん……って、えええええ!?」


 びっくりしたわたしの絶叫に、警備の人たちが駆けつけてきたのは後の笑い話。

 確かに「一生」とは言われたけれど、まさか一緒に研究を続けるってことがプロポーズだとは思わなかったんだもの。

 そしてあまりに色気のないプロポーズにはアンドール家の女性陣からブーイングが起こったらしく、後日素敵なプロポーズをやり直してくれたのもまた少し後の話。




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