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15話

 

 サマーパーティー当日。

 年々大掛かりになっていくパーティーに研究科生が参加することは珍しいことでもなくなっていた。

 美味しいものも食べられるから、ちょっと研究を抜けてきたなんて人も多くいる。

 それにこの日は高等科生も制服ではなく正装したり、踊るつもりのない人たちはちょっとラフな格好だったりと様々で、研究科生だからって目立つことはない。――普通ならね。


 ただ高等科で一番に目立つ二人――シャルとステファニーさんに声をかけられたのはまずかった。

 それは一曲目のダンスを踊って、飲み物を取りに会場の隅へと移動したときのこと。

 ステファニーさんに声をかけられたわたしの気分は一気に急降下した。

 せっかく楽しい時間を過ごしていたのに、もう関係ないんだから放っておいてくれたらいいじゃない。


「リュシールさん、お久しぶりね。最近はちっともお姿が見えないから、もう退学されたのかと思ったわ」

「……お久しぶり、シャル、ステファニーさん。研究科は棟も違うからお会いする機会はこれからもほとんどないと思うわ」


 二人は何人かのグループで行動しているらしく、全員がわたしを見ていた。

 彼らはみんな、これから何か面白いことが始まりそうだっていうような好奇心いっぱいの顔をしている。

 その中にはステファニーさんのお友達二人の顔もあって、彼女たちは蔑むような表情。

 そちらから声をかけておいて、それはないんじゃないかしら。


「まさかリュシールさんが研究科生になってまで、サマーパーティーに参加されるとは思わなかったわ。それほどに参加されたかったのね」

「ステフ……」


 不躾なステファニーさんの言葉には、シャルも気まずそうにしている。

 だけどわたしにはあれほどズケズケ文句を言っていたのに、ステファニーさんには言わないのね。

 そんなシャルを見ていると、怒りがふつふつと再燃してきた。


「ねえ、シャル。あなたとは八年間も婚約関係にあったのに、あれから一度も目を合わせてくれようとしないのね? お互いの父親が話し合った結果じゃない。シャルは何も悪くはないのでしょう? せめて友人になれないかしら。それとも何か後ろめたいことでもあるのかしら?」


 これみよがしにステファニーさんにちらりと視線を向ける。

 わたしとジェイ先生という曖昧な噂よりも、婚約解消前からのシャルとステファニーさんの関係のほうが高等科の生徒たちにはしっかり記憶に残っているはずだもの。

 責められるべきはわたしじゃないわ。


「い、いや、僕は……」

「ちょっと、リュシールさん。あなた何が言いたいの? シャルは何も悪くないわ。でもあえて悪いというなら、あなたのことを好きになれなかったことね。お気の毒に」

「では、シャルにとっては、あなたは約束を破ってしまうほどに心惹かれる方だったのね?」


 シャルの答えを遮って反撃してきたステファニーさんの言葉は、わたしにそれだけの魅力がなかったという意味ね。

 きっとそうなのだと思う。

 だからといって、約束を破っていい理由にはならないわ。

 それならそれで、きちんとけじめをつけてほしかった。

 だけど今さら言っても仕方ないことで、しかも今この場にはふさわしくない言葉だったわ。

 せっかくの王太子両殿下ご成婚記念のパーティーなのに、水を差して関係ない人たちの気分まで下げてしまってる。


「ごめんなさい。せっかくのパーティーなのに盛り下げてしまったわ。わたしは別の場所に移動するから、どうか皆さん楽しんでくださいね」


 ドレスの裾を軽くつまんで挨拶したのは、目の前にいる人たちがみんな貴族の方だから。

 学院内では身分の貴賤は関係ないけれど、もう同じ立場にないことを示すため。

 そろそろ飲み物を取りにいってくださったジェラール様が戻っていらっしゃるから、その前にわたしから捜しにいこう。

 そう思ったのに、少し遅かった。


「リュシールさんのお友達かな?」


 そう言いながら現れたジェラール様は、わたしに飲み物を渡すと空いた手でわたしの腰をそっと抱き寄せた。

 ダンスとは違う密着度にわたしの鼓動が跳ねる。

 今までにないジェラール様の行動はおそらく状況を察したんだと思う。

 守られているって、きっとこういう感じなんだわ。

 そんなわたしたちを――正確にはジェラール様を、シャルはキッと睨みつけた。


「友達というより僕は彼女の――」

「こちらは幼馴染のシャルロ・ベルトラム卿。彼女は彼の婚約者のステファニー・レゼルー嬢です」


 シャルの口から「元婚約者」だなんて馬鹿な言葉が飛び出そうで、慌てて遮りジェラール様に紹介した。

 どうやらシャルはジェラール様に対抗意識を持ったらしくてちょっとイラっとするわ。

 ほら、ステファニーさんがわたしを睨んでるんですけど。


「ああ、あなたがあのベルトラム卿ですか。そしてその婚約者のあなたのことは噂で耳にしたことがありますよ。なるほどね」


 微妙に緊迫した空気を意に介さないように、ジェラール様はにこやかに二人に声をかけられた。

 その姿は堂々としていらして、わたしたちとは違う大人の余裕が見える。

 ただでさえかっこいいのに、他の女の子やステファニーさんまで頬を染めているんですけど。


「そ、それで、あなたはリュシーの何なんだ? 名前くらい名乗るのが礼儀じゃないのか?」

「ああ、これは失礼。わたしの名はジェラール・アンドール。リュシールさんの崇拝者ですよ。このパーティーにも無理をお願いしてパートナーになってもらったんだ」

「ジェラール・アンドール……?」


 シャルがジェラール様の名前を繰り返したけど、いまいち飲み込めないみたい。

 わかる、わかるわ。その気持ち。

 ジェラール様をちらりと見れば、いつもの優しい微笑みが返ってくる。

 それからジェラール様は近くのテーブルにグラスを置くと、わたしの手を取り口づけた。

 まるで本当に崇拝している女性にするように。


 まったくらしくないジェラール様の行動に驚いたわたしだったけど、わかったわ。

 ジェラール様はご自分の名前の持つ偉力を利用して、わたしの名誉を回復してくれているのよ。




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