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14話

 

 驚きすぎて声が出せないんじゃない。

 今にも泣きそうで堪えているから声も出せない。

 だってまさか、ジェイ先生がアンドール侯爵様のご子息だったなんて。

 ベルトラム子爵家との縁組だけでも分不相応だとあんなに身にしみていたのに。


「すまない、リュシール君。学院を辞めてからすぐに伝えようと思ったんだが、手紙ではなかなかうまく説明できなくて、打ち明けるのがこんなに遅くなってしまった」

「……名前を偽っていらっしゃったのは、なぜですか?」

「女学院の教師を引き受けることになったのは、もともと予定されていた方が病気になってしまったからなんだ。その方も学院長も、高等科だけでなく女学院の生徒たちにももっと魔法石について学ぶ機会を与えられることを楽しみにしていた。そこで研究に区切りがついていた僕が頼られたんだ。ただアンドールの名前は影響力がありすぎる。だけど幸い僕は研究室にこもってばかりで顔は知られていない。だから母方の祖母の旧姓を使うことにしたんだ」


 どうにか出せた声は情けないことに震えていた。

 本当は理由なんてどうでもいいのに。

 何がどうあろうと、ジェイ先生はアンドール侯爵家の方なんだから。

 この国の最有力貴族と言っても間違いない――あのエリカ皇太子妃殿下のご生家だもの。


 ジェイ先生は――アンドール卿は申し訳なさそうに、だけどとても丁寧に説明してくれた。

 その内容は納得できる。

 むしろアンドール卿ほどの方が教師なんて職を臨時でも引き受けてくれたことのほうが驚き。

 ううん。もちろんわたしの知っているジェイ先生なら快諾したことはわかるわ。

 ただアンドール卿に頼んだということが信じられない。


 今の学院長が生徒たちの教育に熱心なのは知っている。

 ただの花嫁教育だけでなく、これからの女性は知識も身に付けなければと新しい授業が近年多く取り入れられたもの。

 わたしを高等科へと推薦してくれたのも学院長だけど、あれはジェイ先生と――アンドール卿との噂が立ってしまったからだと思っていたけれど自惚れだったみたい。


「それでは、本来教師になる予定だった方のご病気は治られて、先生は――アンドール卿は本来の研究職に戻られたのですね?」

「そのとおりではあるんだが……」


 ようやく落ち着いてきたわたしは笑顔さえ浮かべられていたと思う。

 ちょっと引きつっているかもしれないけど。

 それなのにアンドール卿は悲しそうに微笑んだ。


「できればジェラールと呼んでくれないかな? それが難しければ、今までどおりにジェイと呼んでほしい」

「ですが……」

「無理を言っているのはわかる。アンドールの名の影響力は強大で、姉さんも長年苦労しているから。次兄のレオンスは家を捨てる覚悟までしていた。それでも僕はリュシールさんにジェラールと呼んでほしいし、できればアンドールの名を受け止めてほしい」

「そんな、受け入れるとかそんな……わたしには身に余るお言葉で――」

「リュシールさん」


 本当はまだまだ冷静になれていなかったらしい。

 わたわたと答えるわたしをジェイ先生は遮った。

 その碧色の瞳は射貫くほどにわたしをまっすぐに見つめている。

 そこでふと、ジェイ先生がわたしのことを「リュシール君」ではなく「リュシールさん」と呼んでいることに気付いた。

 しかもわたしは聞き間違いをしていた気が……。


「リュシールさんには、アンドールの名を――僕の家名を受け止めてほしいんだ。ずっと教師として接してきたのに、いきなりこんなふうに言うのはずうずうしいというか、怖がらせてしまっているかもしれない。だけど、その……今度のサマーパーティーのパートナーになってくれないか?」

「……え?」


 やっぱり聞き間違えていたみたい。

 でも受け止めるってどういうこと?

 サマーパーティーのパートナーにわたしが?


 少し考えて何となくジェイ先生のおっしゃっていることが理解できた。

 ジェイ先生はきっとサマーパーティーのジンクスをご存知ないんだわ。

 それにジェイ先生が高等科に通っていらっしゃったときには、まだサマーパーティーがなかったから参加されたいのかも。


「――わかりました。わたしも参加したことはありませんが、話には何度も聞いておりますから任せてください」

「……いや、ちょっと違う」


 アンドール卿のパートナーになるのはかなり勇気がいるけれど、受け止めるってそういうことよね。

 わたしの答えにジェイ先生は困ったように微笑んだ。

 それからかすかに俯き、次いで顔を上げたときには赤くなっていた。


「ごめん。遠回しな言い方しかできなくて。その、どうやら僕はリュシールさんのことが好きなようなんだ」

「……はい?」

「いや、たぶん、きっと、好きだと思う」


 ジェイ先生に好きだと言われて、わたしは信じられなくてぽかんと口を開けてしまった。

 間違いなく間抜けな顔をしている自信がある。

 するとジェイ先生は念押ししているのかしていないのかわからない言葉をさらに続けた。


「もちろん、八歳も年上の僕がこんなことを言うのは負担をかけるだけだってわかっている。研究馬鹿の引きこもりだってレオンス兄さんにもよく言われるし。だから一度だけでいいんだ。高等科のサマーパーティーのパートナーなら公式な場でもないから」

「一度だけですか?」

「うん、一度だけ」

「……ジンクスはご存知ですか?」

「ジンクス?」

「いえ、ご存知ないのならいいんです」


 首をひねるジェイ先生にわたしは微笑んで答えた。

 わたしも本当はジンクスなんて信じていないから、馬鹿な夢を見たりはしない。

 だけど、ジェイ先生のパートナーになれるなんてチャンスは二度とないわよね。


「ジェイ先生」

「――はい」

「サマーパーティーのパートナーをお受けいたします」

「本当に?」

「はい。だってわたしも……わたしはジェイ先生のことが絶対に好きですから」

「……え?」


 今度はジェイ先生が信じられないって顔でわたしを見た。

 わたしも告白するつもりはなかった。

 だって身分違いの関係はとても苦しいことを知っているから。

 それでも、ほんのわずかな時間さえも幸せなものになれるのが恋なのね。




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