11話
「まさかリュシーが研究科に進学することになるなんてね……」
「私も未だに信じられないわよ。そもそも進学試験に受かるなんて。でも頑張るわ」
「そうね。応援してる。だから私のこと、忘れないでね?」
「もちろんよ。手紙もたくさん書くわ。だからアンネットこそ、素敵な恋人を見つけたからって私のことを忘れたりしないでね」
あの日――オリヴィアさんの研究室を訪ねた日から、私の人生の目標は大きく変わった。
悩んだのはほんの一瞬。
家に帰ってから一晩、気持ちを落ち着けたあとで、お父様とお母様に研究科に進みたいと希望を伝えた。
反対されることを覚悟していたけれど、二人ともあっさり賛成してくれたのにはびっくり。
シャルとのことがあったから気を使われているのかなとも思ったけれど、そういうわけでもなかったみたい。
理解ある両親を持てて、私は幸せ。
珍しく家にいたお兄様には「頭でっかちになるなよ」なんて言われたけれど、研究に大切なことは固定観念を捨てることよ。――たぶん。
そしてダメ元で受けた進学試験にも無事に合格し、研究科に進むことが決まった私に、また嫌な噂は流れていたらしい。
なんでも「シャルに未練があって学院を離れたくないから研究科に進むんだ」って。
ちょっと気分は悪かったけれど、馬鹿馬鹿しいと笑っていられたのは、理解してくれる人たちがたくさんいるから。
生半可な気持ちで研究科には進学できないもの。
高等科の何人かの先生からの特別補習を受けて、さらに推薦状ももらって、ようやく進学試験が受けられたのよね。
高等科からの進学でこれだったんだから、女学院からの進学だったオリヴィアさんは本当に大変だったと思う。
「リュシー、大丈夫?」
「え? 何が?」
「何がっていうか……」
言い淀むアンネットを不思議に思って見れば、アンネットは別の方向を見ていた。
それは私がぼんやり向いていた方向で、そこにはシャルとステファニーさんが一緒にいる。
どうやさっきまで私の視線の先には二人がいたらしい。
「ち、違うわ。二人を見ていたわけじゃなくて、ちょっと考え事してて……って、ごめん。気を使わせちゃたね」
「ううん。リュシーが平気ならいいの」
今日は在校生が卒業生のために催してくれているパーティーで、それこそ高等科の伝統行事。
だからサマーパーティーとは比にならないくらいパートナーは重要な意味を持つ。
これから社会に出る卒業生にとってパートナーは人生のパートナーの意味があるから。
まあ、ほとんどの卒業生のパートナーは家族が務めてて、私も今日はお父様にお願いした。
アンネットも明日の卒業式のためにいらっしゃったお父様がパートナー。
で、その二人ともそれぞれ娘を放って大人同士で話してる。
卒業生も在校生も全員が出席しているわけじゃないけど、シャルは出席していてパートナーはステファニーさん。
そんな二人の関係は卒業生じゃなくても明白。
最近正式に婚約した二人は今まで以上に親密に見える。
それは喜ばしいことではあるけれど、私への同情の視線はちょっと邪魔くさい。
あとステファニーさんとそのお友達からの優越に満ちた視線にはイラっとしてしまうのも仕方ないわよね。
ちなみに名門ではあるけれど近頃は陰りを見せるレゼルー伯爵家と、勢いを取り戻したベルトラム子爵家の結びつきは社交界では歓迎されているらしい。
お母様が肩身の狭い思いをしていなければいいけれど。
心配した私にお母様はけらけら笑って「大丈夫よ」なんて言ってくれたけれど、やっぱり申し訳ない気持ちがいっぱい。
意地もあって出席したパーティーだけど、そろそろ抜けてもおかしくないわよね?
そう思っていたら、アンネットのほうをちらちら見る視線に気付いた。
前から思ってたけど、彼はたぶんアンネットのことが好きなんだと思う。
でもなかなか踏み出せないみたい。
アンネットも故郷に帰れば郷士のお嬢様だものね。
「アンネット、私ちょっと挨拶したい人がいるから失礼するわね」
「え? リュシー?」
いきなりの私の行動にアンネットは驚いたみたいだけれど、それは許してほしい。
余計なお世話だとは思うけど、ほら。
戸惑っているアンネットに彼が近づいたわ。
明日が卒業だもの。少しくらいいいわよね?
おせっかいだとは思いつつもちょっといい気分。
さて、お父様を探さないと。
中心で踊っている人たちを横目に、会場のあちこちで飲み物片手に多くの人たちが歓談している。
その間を縫って進んでいた私は、しまったと気付いたときには遅かった。
「あら、リュシールさん。お一人?」
「……こんにちは、ステファニーさん。シャル、ご婚約されたそうね? おめでとう」
大失敗。
うっかりシャルとステファニーさんの前に出てしまうなんて。
シャルは気まずそうではあったけど、もごもごと「ありがとう」と答えてくれた。
ステファニーさんは何て言うか……鼻高々?
まあ、好きな人と婚約できたら――邪魔な前婚約者を目にしたんだから仕方ないかも。
とにかく、この場から上手く立ち去りたい。
って、いつの間にか注目浴びてるし。
「えっと……私、そろそろ――」
「リュシールさんのパートナーはどなたなの?」
「――父ですけど?」
わかっていて聞いてくるこの根性!
腹立つ~!
絶対、今の私の笑顔は引きつってる。
「ステファニー、次の曲が始まるよ? もう一度踊ろうよ」
この状況はさすがにまずいと思ったのか、シャルがステファニーさんに声をかけた。
だけど私に向けて睨むように微笑むステファニーさんは動きそうにない。
私は気が強いほうで、それがシャルの好みではなかったのかな、なんて考えたりもしたけど違うみたいね。
ここは私がステファニーさんにダンスをどうぞと促さないと終わりそうにない。
悔しいけれど、ここは余裕を見せて――。
「ちょっと失礼。そちらの彼女にダンスを申し込みたいんだけど、いいかな?」
突然割り込んだ男性の声にみんなが一斉に視線を向け、はっと息を呑んだ。
それも当然。
その方はギデオン・レルミット子爵――研究科生の中でも超有名人なんだもの。
彼女っていったい誰? って誰もが思ったけれど、ギデオン・レルミット様の視線はまっすぐ私に向けられていて……って、私!?