どうして彼女はこの部活に惹かれたのだろう。
「今日のHMは学級委員長選出です!」
学級委員長。俺は輝かしい高校生活を送るために立候補しようと思っているけど、俺で勤まるのかな?と少し心配だ。
そもそも、対立候補がいると困る。俺のスピーチ力じゃ絶対対立者が勝っちゃう。
「おい、神子戸、結局どうするんだ。」
後ろから声が聞こえてきた。
五月日だ。
「俺、立候補するかな。でも、対立者いたら100%負けるよ……怖いよぉ!」
俺が弱音を吐いていると五月日が意外にも男らしいことを言ってきた。
「最初からそんなんじゃダメだろ?自信持て、お前なら行ける。」
「はっ!?五月日格好よかった!惚れた!」
俺は五月日の手を握って上下に大きく揺らす。
「あーもう。男に惚れられても嬉しくねぇよぉ……」
「そんなんだから五月日はモテないんだよ?でも、まあありがとう。頑張るよ!」
「良いってことよ。ってか最初の方なんか言ったか?」
「いや、なんも。」
無表情で五月日に告げ、文句を言う五月日の事は流して、俺は1度大きく深呼吸をする。
「じゃあ、立候補した人は挙手してねー?」
結縄先生の声を合図に、俺は真っ直ぐ、真上に手を挙げた。
周りからおぉ……という声が漏れる。
そりゃそうだよね。俺がこういうのやるの、意外だもんね。
でも、それが青春チャンス!
他に挙手してる男子は......
辺りを見渡す。
手を挙げていたのは俺と、早乙女音乃だけだった。
立候補すると言っていた水主村は手を挙げていない。
「他にいませんかー?……はい、じゃあ締め切るよ!」
クラスメイトに拍手される。
え、嘘。決まったの?
「学級委員長は、早乙女さんと、神子戸くんで決定ね!」
黒板に俺の名前が書かれる。
丁度ホームルームが終わって、一時間目前の10分休みになった。
「ねえねえ水主村。」
俺は前の席の水主村の背中を突っついた。
「どうした?」
相変わらずの爽やかな笑顔で振り返ってくる。
「水主村、立候補するんじゃなったの?」
「ああ、覚えてないか?僕は対立候補がいなかったらって言っただろ?」
「じゃあ、水主村、俺の為に......?」
水主村優しい!ありがとう!感謝感謝感謝!
感動のあまり、俺の目には涙が溜まり始めていた。
「水主村、ありがとう!」
「ああ、気にしなくて......」
水主村がなにかを言いかけた時だった。
「おい、神子戸ってああいうことやる奴だったんだな!」
「お前、中学の時からそういうのやってたのか!?」
「あの場で手挙げれるとか勇気あんなー。」
クラスメイトが俺の席の周りに集まってきた。
「おお!神子戸、人気者だなー。良かったじゃんか!」
空気の読めない五月日がそんな事を言ってくる。
嬉しいけど、今じゃないよぉ!
俺の水主村への涙を返せぇ!
キーンコーンカーンコーン
一時間目のチャイムが鳴り、俺の周りにいた人達も席に戻る。
ふぅ......やっと静かになった。
「ねえ、神子戸くん。」
前の水主村が俺の方に振り返った。
「何?」
「さっきの事なんだけどさ……
僕、生徒会に立候補しようと思っただけだから。」
「ふぇ?」
不意の事に変な声が出てしまった。
生徒会もあったの?そっちの方が格好良いじゃん!
本当、俺の水主村への涙返せよ!!
「遅れてごめんねー!」
前方のドアから担任、結縄先生が入ってきた。
あれ、なんで結縄先生が?
「初授業だね。英語科担当の結縄です!よろしくお願いしまーす!」
えぇ!結縄先生、英語科なの!?
そういえば、英語1回も授業してなかったな。
先週、英語科の先生休んでたし、
担当の先生も休んでたし、
うわぁ、馬鹿だ!なんで気付かなかったんだよぉ!
俺の鈍感さがわかった所で、俺は授業に挑んだ。
◇◆◇◆◇
_____放課後
部活に向かう為に、俺と水主村は放課後で騒がしくなっている別学年の廊下を歩いていた。
「そういえば、神子戸くんも部活入ったってね。」
「まあ、一応ね。」
俺は頬を触る。
_____「これでも、入らないって言う?」
昨日の三廻部先輩のキスが頭を過る。
今後絶対気まずくなるやつだよな......
なんで三廻部先輩はあんなことまでして俺を入部させようとしたんだろう。
まあ、いっかな。部活入ったんだし気にしないでおこうっと。
「おお!神子戸、水主村!待ってくれよ!」
後ろから五月日の声が飛んでくる。
「ごめんね五月日くん。」
「大丈夫だ!そんなことより聞いてくれよ!」
「「何かあったの?」」
五月日の声は高揚していたから、普段はどうでも良いと思う五月日の話だけど少し気になった。
水主村も同じだったのだろう。
「俺、どうせ部活やるなら沢山可愛い子いたらいいんじゃね?って思ったわけよ。」
「五月日くん。そんなことなの?」
「ごめん五月日、先行ってる。」
「あー!ちょっと!二人とも聞いてくれよ!絶対お前らも喜ぶ情報から!」
五月日が必死に止めてくるので仕方なく話を聞くことにする。
「わかったよ、何?」
「あのな、さっきの続きだけどもっと可愛い子誘おうって思ったわけよ。」
「五月日くん、あれでも満足いかないんだね。」
水主村がちょっと意外な事を言うので俺と五月日は目を大きくした。
「水主村、可愛いとかそういうのあったんだな。」
「何言ってるんだよ。僕だって男だ。綺麗な方だなとかくらい思うよ。」
「お前、そんなんで満足してるのかよ!」
いや、そこなの!?
五月日のあまりにもおかしい質問に、流石の水主村も戸惑いを露にする。
「え、え、ちょ、ちょっと五月日くん?あ、その、な、なんのこ、事か、な?」
いや、水主村焦りすぎだよ!落ち着け水主村!いつもの水主村はどうしたんだ!
「おい、水主村、お前そんな奴じゃなかっただろ!」
五月日が恰も水主村を昔から知っているかのような口調で水主村の肩を揺する。
「わー!ちょっと、五月日くんやめてよ!」
「水主村、中学生の頃のように女の子たらせよ!」
五月日がなぜか熱くなって水主村の肩を揺する。
え、今なんて?
「もういいや。実は僕、いや俺、ナルシストなんだ。」
「ええっ!?」
「わぁっ!?なんだよ神子戸!ビックリした!」
「ビックリしたもなにも、これは驚くよ!なんでお前は驚かないんだよ!」
「だって、俺ら同じ中学だもん。」
五月日がしれっと言う。
ええっ!?じゃあ俺だけ仲間外れってことか?
なんだよそれぇ!
俺がショックを受けていると当事者の水主村が俺の肩をポンポンと叩く。
「まあまあ落ち着いてよ神子戸くん。気にしなくていいよ。」
「あ、うん、わかった。」
「でも、」
その瞬間だった。
水主村が俺の体を壁に押さえ、俺の頭のすぐ横に手を勢い良く叩き付けた。
壁ドン!?格好良い!
いや、違う!今そんな場合じゃないっぽい!
「このこと他の誰かに言ったら、ダメだからね。」
ちょっとかなり怖いよぉ!(どっちだよ)
絶対水主村、裏あるかもしれないよ!(どっちだよ)
怖すぎて文法がおかしくなるほど水主村は裏があり怖かった。
恐怖のあまりに目を逸らすと、廊下にいた別学年の生徒達がこちらを見ているのに気が付いた。
「水主村くん、見られてるよ。」
震えながら水主村に告げると水主村はすぐに俺から離れた。
「ま、まあ、別学年だから大丈夫だよ。」
「そ、そっか。」
もう一度さっきの生徒達の方を見る。
あれ、早乙女さんいるよね?見てたよね!?
「あの、早乙女さんいるんだけど。」
俺の言葉で水主村は顔を赤くして「恥ずかしい恥ずかしい!」とゴロゴロその場で転がり始めた。
「あ!早乙女さん!」
Mr.空気読めないこと五月日が手招きをする。
バカだ。こいつ、正真正銘バカだ。
「実はね、早乙女さん部活見学に誘ってみたんだ!」
と思ったが、意味があったらしい。
「そうだったんだね。ってええ!?」
またまた俺は驚きのあまりに声を出してしまった。
今日だけで何回驚いてるんだろうってくらい驚いている気がする。
いや、でもこれは驚くよ。なんで早乙女さんだよ。早乙女さんみたいな真面目な人がこんなぬるぬるの部活入るかな?
そもそも他にもっと声掛けやすい人いるでしょ。手出すの高すぎだろ!
なんて事を本人の前で言える訳もなく、俺は黙っている事にした。
「見学に来ました。早乙女音乃です。よろしくね!」
と、煌々とした笑顔で俺達に言ってくる。
「よろしくね。じゃあ部室に入るか。」
「うん!」
水主村が優しい爽やかな笑顔で早乙女さんに声を掛ける。
くっ!二人の笑顔が眩しいっ!
って本当ならなるはずなんだろうけど、さっきの水主村を見てからだと水主村が黒く見えて、闇と光にしか見えない。
水主村怖い......
そんな二人を爪をかじりながら見ている男が一人。
そう、恋多き少年(一方的)の五月日だ。
「水主村だけ良い思いしやがって!」
なぜか水主村に対抗心を燃やす五月日がわかりやすいじけると、五月日は二人を抜かし部室のドアを開ける。
「早乙女さん。レディーファーストです。」
五月日が格好つけて手を指す。
これまたちょっと格好良く見えるのが腹立つ。
「わぁ!ありがとう五月日くん!」
「名前覚えててくれたんですね!」
「そうだよ。五月日くんは印象に残ってるから。」
その言葉を合図に五月日は顔をこれ以上にないほど赤くし、蒸気機関車のようにポッポーと蒸気を出した。
本当にこんなんなるんだ。
それを見た水主村が悔しそうな顔をする。
大丈夫だよ、水主村。悔しがらなくても五月日はハイスペックだから。......ナルシストな所を除いて。
心の中で水主村を励ましていると大事の事に気が付く。
先輩達に見学来るの言ってないじゃん!
部室の中を見ると戸惑っている先輩達が見えた。
特に戸惑っているのは久遠先輩で......ってあれ?
教室の中の久遠先輩は、顔を赤くして口をぽかんと開けていた。
俺はこの時、人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。
久遠先輩のキャラがわからなくなる!
久遠先輩がある意味戸惑っていたので俺がすぐさま教室に入る。
「えっと、今来た彼女は早乙女音乃さんで、今日部活見学に来たんです。」
「「え、彼女?」」
部員全員が口を揃える。
そう、久遠先輩も。
恋って、人を変えるんだね。
って違うよ!
「あの、なんか誤解してませんか?特に、久遠先輩。」
「ええっ!?ぼ、僕!?」
「恋人とかの彼女じゃなくて、三人称の方の彼女って意味ですよ。」
俺の言葉にみんなよかったぁと胸を撫で下ろす。
「なんですかそれ!?俺が彼女のいるってなったらかなしくなるんですか!?」
それは酷いよ。俺自身でも俺なんかが彼女を作ることは出来ない事は自覚してるんだから。だって、俺普通の人だもん。
……うわぁーん!
心の中で号泣していると早乙女さんが俺の肩を叩く。
「何?」
「私は別に神子戸くんの彼女でもいいけどね。」
「え?」
「なんでもないよ。」
......
「おいおい神子戸......」
「ちょっと神子戸くん?......」
「「なんでお前に取られるんだよ!」」
五月日と水主村がなぜか俺に牙を向けてきた。
「だから勘違いしてるよ!俺、好きな人いないし!っていうか恥ずかしいからそんか大声でそういうこと言うな!」
「「お前がな。」」
全員が口を揃えて俺に言ってきた。
......あっ
「ううっ!恥ずかしい!」
俺はその場に踞った。
「あ、あははっ!と、とにかく見学生も来てるし、気にしないよー!」
三廻部先輩の声に「そうだなー」とか「なにしよー」とか口々に言い始める。
「俺は筋トレするか。」
とか。
それは一人だけだね。
まいっか。
「ねね、今日はどうする?ごg......」
「「覚えとけよ......」」
「ああ!なんで!?なんもしてないのに!」
むうむうと言いながら五月日と水主村が部室に入っていった。
さてと、今日は何しようかな。
三廻部先輩、一番合戦先輩、琉川先輩、五月日は昨日と同様に談話を交わしていた。
時々女子勢は引きぎみの表情を見せる。
おいおい五月日、変なこと話してないよね?大丈夫だよね?
久遠先輩、水主村もまた、昨日と同様に何かを話していた。
ん?なんか、「早乙女」とか「可愛い」とか聞こえてくるけど気のせいだよね。
水主村はまだしも、久遠先輩はそんなタイプじゃない。
じゃないと思いたい。
うん、気のせい。
......だよね?
京極先輩はというと、腕立て伏せをしながら英単語を覚えるという謎の行動をとっていた。
俺と早乙女さんはただ立っているだけで、特に何もしていなかった。
「早乙女さんって、こういう部活興味あるの?」
見学といっても流石に来てもらってるのに何もさせない訳にはいかないので話しかける事にした。
「私、こういうゆるーい感じの普通の生活、してみたかったんだよね。」
「え、えっと普段じゃできないの?」
俺の問いに早乙女さんは表情を曇らせる。
「あ!なにか気に触るような事言ったようだったらごめん!」
「うーん。いや大丈夫だよ!ちょっとしんみりした話になるかもだけど、大丈夫かな?」
「そういう話なら、無理して話す必要はないよ!」
「大丈夫だよ。そこまでの話じゃないから。」
「そっか。じゃあ、話して貰って良い?」
「うん。あのね、私のお父さん政治家でね。ほら、聞いたことあるでしょ?早乙女将男。」
早乙女さんは、淡々とした口調で早乙女さんの過去を話してくれた。
早乙女さんのお父さんは有名な政治家、早乙女将男だ。
早乙女将男は早乙女さんを理想の娘に育てるべく、早乙女さんを自由には育てなかった。
いつも行動を監視され、時間を決められ、普通の日常が出来なかったらしい。
度々お母さんが止めてくれた事があったらしいのだが、娘を守ってやれない無念さに耐えきれず早乙女さんが12才の時に自殺したらしい。
お父さんとの二人暮らしになり、余計に行動は限定された。
そんな時にこの高校で、この部活を見つけた。
「本当、五月日くんには感謝だよ。五月日くん。きっと私の事わかってくれてるんだよ。」
いや、それはない。
「で、この部活に見学に来たと。」
「そういうことになるね。一度、こういうのしてみたかった。」
「でも、お父さんにこの部活の事バレたらヤバイんじゃないのか?」
「文化部っていう名前だったら、お父さん喜ぶと思うよ?活動内容知らなかったらね。」
「そうだね。活動内容知らなかったら。」
そういって、俺達は笑い合った。
この時間が、早乙女さんにとって楽しい時間になるように。
そう思い、俺は早乙女さんをこの部活に歓迎した。
◇◆◇◆◇
_____活動終了後
「で、音乃ちゃんは部活入る?入らない?」
三廻部先輩が早乙女さんに笑顔で問う。
「はい、入ろうと思います。」
早乙女さんの声に、一同が湧く。
特に五月日と水主村と久遠先輩。
久遠先輩、本当にキャラがわからない!
「じゃあこれ、入部届。名前、記入しといてね!」
「はい、わかりました。よろしくお願いします!」
その笑顔は偽りがなく、心の底から滾った本心からの笑顔だというのが、さっきの話を聞いてからだとわかる。
「じゃあ明日からよろしくね。」
三廻部先輩は手を振り、部室をでていった。
昨日のキスが過る。
未だにわからない。
俺にキスした意味。そこまでする理由。
三廻部先輩が何を考えているか。
「おーい神子戸ー帰るぞー!」
五月日の健気な声が耳に入る。
「わかった。」
俺は五月日と共に、部室を出た。
あれ?水主村は?
水主村は久遠先輩と仲良さげに話していた。
あれはあれで良いか。
「神子戸どうした?」
「ん?何も?」
「いやーなんかあるだろう!」
「だからないって!」
こうして、俺のずれた青春は、また1ぺージ捲られた。
「神子戸真琴。やっと見つけた......」
そして、その青春のページ数は多そうだ。