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8・ 伝えたい事

 アリスローザら一行は三日かかる行程を二日ほどで駆け抜けて、モンド州の州都エリアルに入った。州境の関所もダニアンのおかげで難なく通り過ぎることができたのだ。

 この中年の魔道師を仲間に引き入れることが出来たのは本当に幸運といっていいだろう。州城内の敷地に入るのには今まで以上に何かと面倒だ。と、するならばとアリスローザはダニアンに手を合わす。

「ダニアン、お願い」

「これだけこき使ってるんですからペンダントの件はよろしくお願いしますよ」

 魔道師は渋々印を次々組んでレーン文字を唱えた。

 州城の門番が目の前にいる魔道師に型どおりの質問をしていく。

「何の用でここに来た?」

「州公代理のダリウス様にお会いしに」

「何者だ?」

「さて、何でしょうか」

「よし、入れ」

 聞いている事に適当に応えているのにも関わらず、門番は三人をそのまま通した。ダニアンが澄まして入って行くのを見て、アリスローザとステファンも慌てて遅れまいと小走りして後を追う。

「やっぱり魔道師に権力なんて持たしたら大事になるわね。おそろしいわ」

「利用するだけ、利用してそんな事を言うあなた方のほうがよっぽど怖いですよ」

 アリスローザの言葉に鼻息荒くダニアンが返したところで、三人は主城を見上げる。そして彼女の視線はこんもりとした小さな森に目を向いた。

「この森の奥にイーヴァルアイの住んでいた城があるのよね」

「先に行ってみよう」

「さ、さようでございますね」

 今までとは打って変わり、期待に目を輝かせるダニアンがわれ先にと足を進める。思いのほか歩いた先に灰色の武骨な外観を見せる館が姿を現した。

 ダニアンが扉に手をかけると耳障りな音を辺りに響かせながら扉はあっさりと開く。

 暗い室内に足を踏み入れると、放っておかれた家が大概そうであるように埃と蜘蛛の巣が室内をこれでもかと覆っている。

「贅沢な品ばかりだな。だが魔術に関する物なんかどこにもないけど。本当にここが魔道師の祖、イーヴァルアイの住まいだったのかな?」

「ユリウスというのがイーヴァルアイだったんだからそのはずだわ」

 ステファンの問いにアリスローザが答えた後、手分けして三人がてんでに屋敷内を捜し始めて半刻ほど経った頃。

「ありましたよ、痕跡が」

 何ということもない壁に手をあててダニアンが二人を呼ぶ。

「どこに?」

「ここですよ。ここに呪がかけられております。しかしあたしにはここを開けることなど出来はしません」

「出来ないの?」

「何でもかんでも出来ると思ってらっしゃるんなら大間違いですよ、アリスローザ様」

 憮然とするダニアンの横から同じように壁に手を触れようと身を乗り出したアリスローザの首からかけたペンダントが淡い光を出すと壁にうっすらと模様が浮かび上がった。

「こ、これは」

 アリスローザが模様だと思った物にダニアンは手を触れながら口に出していく。それは範字とよばれている大陸の東で使われている文字だ。

 特に古代バラナシで使われていたという古代文字はその字、一つ一つに力がある。レイモンドールの上級魔道師はそれを学ぶことは必須だった。

 それを読みながらそれの示唆する印をダニアンは慎重に組んでいく。最後の印が組まれた後、壁はいきなり抜けたように大きな穴が開いた。

「あたしが降りて見てまいります」

 ダニアンの言葉にアリスローザが続ける。

「わたしも行くわ。ペンダントの力で開いたようなものでしょう? 何かあったらこれがいるわ」

「じゃあ、ペンダントをあたしに貸してくださればいいでしょう。自分の身もどうなるかわからないのにご一緒なんて嫌ですよ」

 手を出した魔道師の手をアリスローザはぱんっと払う。

「だめよ、ペンダントが欲しいならわたしを連れて行きなさい」

「わかりましたよ、むやみにそこら辺触らないでくださいよ。まったく」

 壁際にあった燭台に呪で火を点けるとダニアンは足を慎重に進める。燭台の明かりが照らす足元以外はまるで見えず、アリスローザは彼の肩にしがみつくように階段を降りて行った。

 下についてそこにある燭台全部に明かりを点けると、その部屋の様子にダニアンは声を上げて書棚に走った。

「おお、ここにある書物はどれも大変に貴重な物ばかりです。これは、物質移転の……これは多重結界ですよ。ここはまったくお宝の山です」

 興奮して次から次へ本を取り出しては喜びの声を上げるダニアンの横で、アリスローザは部屋の雰囲気にのまれて暫く立ち尽くした。

 この地下室は上と違って塵一つ落ちてはいない。天井にはびっしりと円が何重にも描いてあり、その円の中に彼女にはわからない言葉や記号がびっしりと描かれている。

 四方の内、三方までが天井まで届く書棚になっている。その中には丸められた巻物や立派な装丁の書物がぎっしりと詰められていた。

 書棚の前の長椅子に薄い絹のシャツがふわりと置かれている。

「これはクロードのかしら」

 広げて見て大きさを見るとちょうど覚えているクロードの体に合うくらいものでアリスローザはそれを持ったまま離せなくなってしまう。

 ここでクロードは魔術の勉強をしていたのか。急にこの見覚えの無い部屋に愛着が生まれ、アリスローザはぐるりと部屋を見回した。

 書棚の無い一方の壁には広い机がぴったりと付けるように配置され、その上には外国語で書かれた本が開かれたまま置いてあった。

 そこに挟んだようにある一枚の便箋に流麗な筆跡で走り書きがあるのを見つけてアリスローザはその本を引き寄せる。



『もし、おまえを置いてわたしが居なくなることがあっても悲しまないでほしい。クロード、わたしの弟。いつまでもおまえと共にいたかった。

死ぬことを望むのと同じくらい、わたしはおまえと一緒にいたかったんだよ。送ったペンダントはおまえの支えになるように大事に呪を込めたからね。いつまでも君を思う。

   愛をこめて、ユリウス・ヴァン・ハーコート』


 読んでアリスローザは胸が詰まって立ち竦む。あのいつも冷静な顔を見せていたユリウスと名乗っていたイーヴァルアイ。

 その彼のこんなにも感情の吐露された文を見て、自分の過去の言動に居たたまれなくなる。クロードに対して無遠慮にわたしはイーヴァルアイの死について嬉々としてしゃべっていた。

 その時のクロードの心中を察するとアリスローザは、心臓が硬く握られたかのように感じられた。



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